episode1(前編) 巡りて出逢う
『休日ですが仕事に行ってきます。ご飯を用意しておいたので、あっためて食べてください。あと洗濯物を干しておいてね。きっと出かけると思うけどその時は鍵閉めも忘れずに』
朝起きてリビングに行くと、母さんが残したであろうメモが置いてあった。
横のキッチンに目を向けると、少し大きめのおにぎりが二つと、鍋に入ったままの味噌汁が用意されている。
僕は、覚めきっていない体をなんとか動かしながらコンロに火をつけ、流れでテレビのリモコンを手に取った。
ピッ、と無機質な音が響き、いくつかのCMの後ニュース番組が始まる。
……眠い。
『〇〇動物園でホッキョクグマの赤ちゃんが生まれたそうです』
『これはかわいいですね。朝から元気をもらえました』
おにぎりを齧る。具は特にない。塩味だった。
『この動物園では七月まで赤ちゃんのお披露目をしているそうですよ』
おにぎりを飲み込む。あまり噛まなかったせいで少し喉に詰まりそうだった。
『続いてはMessiah第三部隊に関するニュースです。先日、名古屋市で発生した感染者の救済に当たった第三部隊ですが…』
二つ目のおにぎりを頬張る。こっちはふりかけが合えられていた。ご飯の量が多いのか少し味が薄い気もするけれど。
『橘隊長率いる第三部隊は人気も高いですよね。何より仕事が的確ですから』
『いやはや。さすがは救世主ですなぁ』
二つのおにぎりを食べ終え、味噌汁も飲み干すと同時にテレビを消した。 大きく伸びをすると少しだけ視界がチカチカとしたが、またすぐに元に戻る。
……あとは…洗濯か……。
机の置いてある紙を見て母の伝言を思い出し、なんとなく窓に目を向けてみる。
カーテンは開いたままで柔らかい日差しがフローリングを照らしていた。耳をすませばスズメか何かの声も聞こえてきそうな爽やかな光景だ。
………えっと。
つまり何が言いたいかと言うと、今日という日はとても平和だと言うこと。
そう、まるでここが、破滅世界だなんて思えないくらいに。
〜〜
誰もいないはずの家に「いってきます」と告げ、僕は家を出た。
向かう場所は家から数分の位置にある行きつけの花屋。
心地よい風のおかげか、寄り道もせずただひたすら足を動かしたからか、いつもより早く着くことができた。
心なしか気分も上がる。
「こんにちは」
そう言って店内に入ると甘い花の香りが鼻腔を掠めだ。同時に、同じ香りを纏った人物が近づいてくる。
「あら、いらっしゃい。そろそろくると思っていたのよ」
そういって僕に微笑みかける女性は、撫子さん。この花屋の店主をしている女性だ。会釈をした後、僕の視線は彼女の手元に引き寄せられる。
長年花の世話をしてきたであろう年季の入ったその手には、可愛らしくまとめられた一つの花束があった。
それは、僕がいつも買うものと同じだ。
「撫子さん、これ……!?」
「ふふふ。あれだけ毎年通っていつも同じものを頼むのよ。私だってそろそろ覚えるわ。それとも、あなたがお望みなのはこれじゃなかったかしら」
勝ち誇ったような強気な笑みに僕は苦笑した。
どうやら彼女の目は誤魔化せないらしい。
「………いや、ありがとうございます。助かります」
撫子さんに手を振って僕は次なる目的地へと歩き始めた。
風がそばを通るたびに、甘い香りがあたりに漂う。綺麗にラッピングされた花は、まるで枯れることなど知らないような生命力を放ち、それを束ねる明るいオレンジ色のリボンもまた、大切な人に贈るためのものだということを主張している。
まあ、そもそもなんの特別でもない普通の日に花だけ買って満足するなんて余程の花好きくらいだろうが、あいにく僕はそうではない。
だから、渡すまでは終われない。
しばらく経った後、目の前の景色を見て足を止める。さっきまでの喧騒が嘘みたいにここはとても静かで、それでいて心地よい。
綺麗に舗装された道を今度は噛み締めるようにゆっくりと歩いていた。
ここは僕が住む街にある大きな公園で、毎年満開になる花畑が有名だ。
いや、正確には有名だった、というべきだろう。
数年前、美しかったこの花畑の評判を地にまで落とした出来事がある。
それが『感染被害』と呼ばれる現象だ。
『感染被害』はその名の通り、感染者が暴れたことで生き物以外の何かに影響が出ることを指し、具体的には建物の崩壊や交通渋滞などが挙げられる。
この公園では感染者が暴れた被害により土が死んでしまい、名物だった鈴蘭の花畑が全滅するという悲劇が起こったのだ。感染被害は、感染者が暴走させた能力によっては全回復するのが難しいケースが多々ある。
不幸なことに、これもそうだった。
復興時、自治体が花をもう一度植えても別の品種を用意しても芽すら出ず、専門家にももうこの土地に植物は育たないと言われている次第。
人々は嘆き、悲しみ、いつしかここは死の土地とまで言われるようになったのだが………転機が訪れた。
いつからか、までは正確にわからないが毎年何故かこの時期だけ、枯れたはずの鈴蘭が見事満開に咲き誇るようになったのである。
『死の土地』から一転、『奇跡の花畑』へと変貌をとげたこの公園、その中央で僕はゆっくりと周りを見渡した。
そこには、咲いている花なんて一輪もない。
正直に言えば、見窄らしかった。
足元にある全てが枯れて萎れた鈴蘭で、なんなら花がうわってさえ無いとところもあるのだから。僕が手に持つ花束とは対極にあるような存在。
死の土地という言葉がまさしくよく似合う場所。
でも、ここは『奇跡の花畑』だ。
なにより『彼女』との大切な約束の場所だ。
たとえ土地が果てようとも、せめてこの時期くらい咲き誇ってくれなければ、他の誰でもなく、僕が困る。
だから。
「久しぶり、リリア」
僕は今年も、儚い『奇跡』を演出する。




