episode15 雅楽川リリアという少女 (後半)
そうして気がつけば時は流れ、あの日から1年の月日が経っていた。小学生の僕を置いて、リリアはひと足先に中学生になる。しかし、進級しても僕たちの関係に特に変わりはない。
いつも通り、何も言わず集まって遊ぶだけだ。
しかし唯一変わったことといえば……
『ねえ陽斗ぉ、このゲーム難しくてよくわかんないよぉ』
『リリアがやりたいって言ったんだろ……それに、僕は勝てるから気分がいい』
『ぐぬぬぅ……』
変わったこと。
それは他界の家に行き来するようになったことだ。
周りの環境が変わっても相変わらず不登校を貫いていた僕たちは、いつしか公園だけでは物足りなくなってきたのである。今日はリリアが僕の家に遊びにきたのだが、どうやらゲーム操作(プレイヤー同士が戦うタイプのやつ)がうまくいかないらしい。悶えている。
『ああああああ!! 動かなくなっちゃった!この子動かなくなっちゃったよ?!』
『そりゃ、死んだからね』
『あなたが殺したんでしょ!私見てたんだから!せっかく今回は勝てそうだったのに………あ、そうだ陽斗!あなたの力でこの子を生き返らせてくれない?』
『無茶言うな。僕の力は3次元の物にしか効かない。それにほら、このボタンを押せば………おい、生き返ったぞリリア。おめでとう。てことでお祝いに一撃失礼』
『ちょ、なんで!? 今の一撃いる!? 絶対いらない!』
まるで画面とリンクするかのようにぴょこぴょこ跳ねるリリアを横目に、僕は冷静に彼女にダメージを与えていった。いやでも、あまりにも不規則に動きすぎてちょっと攻撃が当てづらいな。………あ、リリアが自分の攻撃で自滅した。南無阿弥陀仏。
『あぁぁぁ、死んじゃだめだよリリアぁ!!』
彼女が叫ぶ。僕はドン引き。
『え、リリア、あのキャラに自分の名前つけたの?』
『どうして? だめだった?』
そう言って首を傾げるリリアの汚れなき瞳を見て、僕は苦笑い。キャラの呼び方を気にするのはやめよう。日本国民ならば保障されて当たり前の、表現の自由ってやつだ。
『いや、別に………』
『よかった。 あ、そうだ、私陽斗のキャラクターのことも陽斗って呼ぶことにするわ。その方が戦える気もするの』
『君は僕に恨みでもあるのか』
そうして、二次元僕と二次元リリアの戦いは次第に激しくなっていった。なんだかんだで、リリアも操作の飲み込みが早い。僕も手加減を気にせず闘えるくらいになってきた。楽しい。
『あっ、ちょっと陽斗!私のお腹を蹴らないで!痛いでしょう?!』
『二次元のリリアに痛みなんかないよ』
『でも攻撃されたら『ゔっ!』って言ってる』
『録音された声優の音声だからね。プロってすごいだろ』
『い、痛いものは痛いのよ! いたたた! 陽斗が私のことを蹴り上げて飛ばしてくる!』
『語弊のある言い方をしないでくれ!』
その後も、陽斗にやられた、陽斗に殴られた、などのワードを連呼するリリア。困ったな。変に母さんあたりに聞かれて勘違いされても困る。せめてもう少し小さい声で言ってくれないかな。
突然、後ろで爆発音かと思わせる豪快な音が響いた。振り返ると、鬼のような形相の母さんがいる。
『ちょっと陽斗ぉ!黙って聞いてればあなた、リリアちゃんに暴力なんて最悪!見損なったわよ』
ほらみろ。恐れていた事態が起こった。
まあでも……この状況なら大丈夫か。
『あら?』
母さんは僕の両手がコントローラーによって塞がれ、リリアが画面に食いついている様子を見ると全てを悟ったようで、そっと扉を閉めた。流石の母さんも目の前に広がるこの光景を見れば、僕がリリアをいびっているなんて解釈にはならないだろう。
『ねぇ、陽斗』
『なに』
一体何時間経ったのか。
カチカチカチカチと無言でキャラを操作しているとリリアがまたいつものように一人で話し始めた。
『あのねぇ、あのね』
『うん』
『実はねぇ』
『うん』
どうしたんだ、かなり勿体ぶるな。いつもは何も聞かなくても一から十まで話すのに。
普段と違った様子に疑問を持った僕の意識は、だんだんと手元から耳へうつっていった。
そして、その耳はとらえる。
リリアの一言を。
『私、来月引っ越しするの』
どかーーん。
そんな効果音と共に、二次元リリアの一撃で二次元僕が画面外に飛んでいった。
ついでに、三次元僕の思考も停止する。
『やったやった!陽斗を倒せた!やった!』
衝撃の告白よりも、僕を倒せたことが嬉しいらしいリリアは今までで一番高く跳ねている。こちらにむけてピースをする姿が、二次元リリアの動きと重なった。一方の僕も、唖然と立つ姿が次元を超えて一致している。
『えっと……どこに引っ越すの?』
『わかんないの。でも、日本じゃないどこか遠いところ。お父さんのお仕事の都合で仕方なくね』
『外国!?…………そっか、寂しくなるな』
『あははは、やっぱり薄い反応ね、陽斗』
『これでも一応悲しんではいるんだけど』
『そうなの? もっと泣いて抱きついてくれてもいいのに』
『しないよそんなこと。リリアじゃあるまいし』
『あら、失礼しちゃう』
リリアがいなくなる。
格好つけて平気なフリをしたけど、本当は胸が引き裂かれるような思いだった。でもだからと言って、ここで行かないでなんて言っても彼女を困らせるだけだ。決まったことに文句を言っても仕方がない。
リリアは僕が黙り込んでいるのを見て、また話し始める。
『でも安心して陽斗。私、たくさんお手紙出すから』
『手紙? メッセージでよくない?』
『手紙もメールもするの! そしたら寂しくないもん』
『通知が鳴り止まないなんてことないよな……』
『あはははは』
『何とか言ってくれよ……』
僕はリリアの顔を見た。
確かに別れは悲しかったけれど、別にこの時僕が左を向いたことに特別な意味はない。
ちょっと喉が乾いたなからお茶でも飲もうか、と言った具合の意識だった。
でもだからこそ、不意に目に入った彼女の表情が心を抉る。
リリアは、瞳に溢れんばかりの涙を溜めて笑っていた。
『寂しいね、陽斗』
いよいよ溢れた雫が、そっとラグの上に落ちて音もなくシミになる。
『寂しい、私、とっても寂しい』
『……うん』
僕は、あの日と同じように固まったままだった。
リリアが笑っていないと、僕はどうしたらいいのかわからなくなる。声をかけることも、励ますことも、背中を撫でることも、抱きしめることも、今は正解とは思えなかった。
『陽斗、私、たくさん会いにいくから』
『うん』
『電話もメールも通知が鳴り止まないくらい送っちゃうかも』
『うん』
『新しい学校で新しい友達に、陽斗のことをたくさんお話しするの』
『うん?』
『オレンジ色見たら、陽斗ーって叫んじゃう』
『うん??』
『私はそうやってあなたのことを思い出す。だからね』
リリアは僕の目をまっすぐ見つめた。
『陽斗は、何を『見て』私を思い出してくれる?』
そういったリリアはどこか震えていて、心の奥の恐怖や不安が伝わってくる。
リリアは学校に行くことを決意したあの日、僕がいると思えば頑張れると言っていた。勇気を出せると。
でも、その結果、深い傷を受けた。
いくら髪が元通りになったって、彼女が受けた痛みがなくなるわけじゃない。あの経験があってから友達が誰一人いないところに飛び込んでいくのは、辛いだろう。
リリアのような辛い経験はないけど、何も言わずそばにいてくれる友達の存在が必要だという思いは、僕にも少しだけわかる。
だって、僕もあの日、リリアに救われたから。
〜〜
彼女の髪を治した後の帰り道。
僕たちは何を話したのか思い出せないほど、どうでもいい話題について語っていた。
次の日も、その次の日も。
やはりいつも通り、僕は彼女の話を聞いているだけ。
能力のせいで嫌われたら、などと考えていた時間がバカらしくなるほど、リリアが僕の力に言及してくる日は何日経ってもこなかった。
どうして?
彼女の考えがわからなかった。
普通気になるだろう、こんな不可思議を目の当たりにしたら。
なぜこんな力が使えるのかとか、もう一度見せてほしいとか言いたくなるところだろう。
『ねぇリリア』
だから僕は彼女に聞いてみることにした。
この力についてどう思っているのか。
平凡な僕はてっきり、怖いとか、すごいとか、気味悪いとか、素敵だとか、そういう返事が返ってくると思った。
でも、リリアはいつも僕の想像を超えてくる。
彼女は照れくさそうに言った。
『えっと……うまく言葉にできないんだけど、『陽斗らしい』って思ったよ。すごくすごく優しい力。陽斗がこの力を使えることに、私納得したもの。ほら、解釈一致、ってやつ』
リリアのだ言葉にだんだんと熱がこもり始めたと思ったら、今度は少しだけ表情が暗くなる。
『でも、私のために力を使ってくれた時、陽斗すごく苦しそうだった。それで思ったの。私にとっては憧れだけど、あなたにとってその力はあまり良いものじゃないのかな、って。だから深掘りするのはよくないと思った。私も、その……陽斗が何も言わずにそばにいてくれたことが嬉しかったから』
聞いているこっちが恥ずかしくなるような言葉を、最上級の笑顔で彼女は告げた。
そこには何のお世辞も、嘘偽りもない。
そこからもリリアはしばらく僕の良さなるものについて語っていたが、能力を話している時間は全体の1割にも満たなかった。
まるで、能力なんて気にもしていないような素振り。
このとき。
僕は、一人の人間として、月ヶ峰陽斗個人として自分を見てくれる彼女に、救われたような気分になった。
いや、実際に救われたのだと思う。
だから僕にとっては。
ニュースでよく見るMessiahなんかではなく、この不思議な少女こそが、本物の救世主だったのだ。
〜〜
そして今、そんな彼女が泣きながら、僕に答えを求めている。
『陽斗は、何を『見て』私を思い出してくれる?』
それはきっと、リリアの中にあった不安、その全て。
できる限り、安心できるような、精一杯の気持ちで応えたい。
応えたいのに、僕は頭に答えが見つからなかった。
『何を見て』?
何を、なんて答えられない。
だって僕は、君に救われたあの日から、何もなくたってその笑顔を思い出すのだから。
でもきっと、彼女が求めているのはそんな答えじゃない。
明確な何かが欲しいのだ。
僕は頭をフル回転させて考えた。リリアとの思い出を全て思い出して、一番彼女のイメージに近いものを…………
『………花、かな』
『花?』
そう、花だ。
僕たちが遊んでいた公園にはたくさんの花があった。リリアと遊んでいる時の記憶には、いつだって花が映り込んでいる。
『ふうん。陽斗、花を見て私を思い出すなんて、案外ロマンチストね』
こそばゆい気持ちを隠したいのか、髪をいじりながらリリアが言った。途端に僕も恥ずかしくなる。
『はっ!? ち、違うよ! リリアがいつも花の話とかしてたから記憶に残ってただけで……』
『というか、花を見て思い出すとか言って、枯れた花を見たらどうするの? 悲しくならない?』
『能力を使ってもう一度咲いてもらうから問題ない』
『何それ羨ましい! じゃ、じゃあ公園の花とかたくさん踏まれちゃってるかもしれないけど、全部助けてくれるのね!?』
『え、いや、そこまでしたら僕の命が危なくなるというか…』
『やだ、善処して?』
『……善処します……』
ずいっと詰め寄ってきたリリアと至近距離で目が合う。
『くくっ』
『ふふっ』
お互い耐えきれずに吹き出した。
『あはははは!』
友達との突然の別れは寂しいけれど、今の僕たちなら大丈夫だと思えた。もともと僕たちは少し互いに依存気質なところがあったし、神様あたりが一度記念にでもと、自立の機会を設けたのかもしれない。
まあ、とんでもなく余計なお世話であることに変わりはないのだけれど。
〜〜
『それじゃあ、またね』
『ああ、また』
僕とリリアの別れは案外あっさりしたものだった。お互いの親たちは泣きじゃくって別れを惜しむとでも思っていたのか、少し意外そうな顔をしている。
泣いてやるもんか、と僕は思った。
多分彼女も同じことを思っていたのだと思う。
最後の最後まで、僕たちは笑っていた。
数日後、リリアから新居に着いたとの連絡があった。ちなみに通知が鳴ったのは真夜中だ。僕は重い頭を持ち上げて半目で文章を読みながら返信する。
しかし、これが間違いだった。
その日から宣言通り鳴り止まない通知が僕の睡眠を妨げるようになった。こんなに早く届くはずもないのに何故か家に手紙もある。
それを見た僕の中にある感情は、寂しいでも嬉しいでめなく、ただ『呆れ』だった。
リリアがいない生活は、思っていた100倍、辛くなかった。
離れ離れになって、僕たちには大きな変化が起きた。
不登校からの脱出だ。
僕は、少し離れた中学校を受験した。小学校から繰り上げられるメンバーと同じ中学校に通うのは気まずいからである。
そして、同じ悩みを持っていたリリアは、外国という知り合いゼロの環境に置かれたことで、一か八かの登校を決意。するとどうだろう。外国に彼女の髪色を笑う人間などおらず、非常に楽しく通っていると言うことだった。
絵文字いっぱいの文章でメールが真夜中に十件ほどうるさく送られてくるので、嫌と言うほどエンジョイしているのが伝わる。睡眠を妨害されてむかついた僕は、絵文字たっぷり返してやった。もちろんリリアたちが寝ている時にだ。
以前と変わりない騒がしい日々が、そこにはあった。
そう、『あった』のである。
今から、3年前までは。
〜〜
その悲劇は遠い遠いところにある国で起こったけれど、日本でも大きく報道された。
水を操る力を発現させた感染者が、大規模な津波を引き起こし、何千人にものぼる犠牲者を生み出した大災害。二次感染も凄まじく、実際の被害額は一つの小国の国家予算一年分近くに及ぶというほどだ。
当時は、歴史上でも滅多に見られない特大感染被害として、世界中がその話題で持ちきりだった。
もちろん僕も当たり前にその報道を目にする。
雨の日だった。
少しジメジメした嫌な気分の日。
僕は、その場に崩れ落ちた。
この時の絶望は今でも忘れられない。
被害地区の見覚えのある名前。
鮮明の蘇る彼女からの手紙に書かれた住所。
数日前からぴたりと止まった連絡。
そう。
一番の友達で、僕の救世主だった彼女は。
雅楽川リリアという少女は、その日
感染被害の波にのまれて、消えた。




