表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅世界の死神と。  作者: 真束
本編
16/20

episode14 雅楽川リリアという少女(中編)



 次の日、リリアは公園に来なかった。

 だから僕は、彼女が学校に行ったことを悟る。

 少しだけ、嫌な予感がした。

 リリア、うまくやれてるといいけど。

 




 彼女がおらずとも、この公園に来るのはもはや僕の日課のようなものなので、家にいるという選択肢はなかった。お気に入りの遊具から順番に制覇していく。


 しかし、やがて全てが退屈に感じるようになってくる。

 しばらく遊んでいたけれど、これ以上一人で公園にいても静かすぎてつまらないと感じてしまうので、僕は一旦家に帰ることに決めた。時刻はお昼を少しすぎたくらいで、まだリリアはここに来ないだろうし。




 そう、リリアはまだここには…………

 




 〜〜





 ………………何やってるんだ僕は。



 それでも何となくリリアのことが気になって仕方がなかったのか、気がつけば僕は無意識に彼女が通っている小学校に向かって歩き始めていた。学校を知っている理由は、前にリリアが話していたから、ただそれだけ。我ながら本当に雅楽川リリアについて詳しくなったと思う。


 5分ほど歩いた時だった。

 目の前から見知ったオレンジ髪の少女が現れる。

 もう帰ってきたのか。学校が終わるには随分早すぎる時間だと思うけれど。




『リリ……』

 


 

 僕は特に何も疑問に思わず、彼女に声をかけようと手を上げて………………止めた。





 


 リリアの髪が、明らかに短い。







 というのも、彼女はいつもおへその少し上くらいまである長い髪をおさげにして結っているのだ。このオレンジ髪は自分の誇りだから伸ばしているのだと、だから切らないのだと、そう言っていた。

 にもかかわらず、今の彼女の髪は耳たぶの下ほどしかないベリーショートで、長さもどこかチグハグ。免許を持った大人に切ってもらった様ではないと、すぐにわかった。




『リリア!』




 なんだかたまらない気持ちになって、僕は彼女に駆け寄る。しかし、リリアは俯いたまま顔を上げようとしない。肩を揺すっても何も話さない。

 学校に行って友達を作って、笑顔で帰ってくるんじゃなかったのかと、聞きたい気持ちを必死に抑えた。

 だって、それはきっと彼女を傷つけることだから。




『陽斗』



 

 僕の名前を呟きながら彼女はようやく顔を上げる。

 話を聞くために目を合わせようと、僕も視線をリリアの方へ向けたが、その顔を見て絶句した。


 もし、今日リリアが友達を作れたのなら、その顔には笑顔が。

 もし、今日リリアが拒絶を受けたのなら、その顔には涙が。

 もし、今日リリアが嘲笑を受けたのなら、その顔には怒りが。


 あったはずだ。


 僕は、今日がどんな結果になろうともリリアには何かしらの『表情』があるだろうと思っていた。



 でも、何もなかった。 



 リリアは笑っても、泣いても、喜んでも、悲しんでも、怒っても、嘆いてもいなかった。



 そこにあるのは、ただ無だけ。



『リ、リリア……』



 ここにいてはいけない。


 そう思った僕はリリアの手を引いて、来た道を引き返した。あの公園までつくとベンチにリリアを座らせ、僕もまたその横に座る。

しばらくの間、そこにはただ静寂だけがあった。




『ねえ、陽斗』





 やがて、リリアはポツポツと話し始めた。



 

 リリアは今日、やはり宣言通り学校へ行っていた。

 友達を作るという確固たる意思があった彼女は、周りから奇怪な目で見られても、勇気を出して近くの席の女子から順に話しかけたらしい。はじめは拒絶されてばかりだったけれど、根気強く声をかけていたら何人かに一人は話を聞いてくれた子もいたのだという。


 すると次の休み時間、今度はなんと女子たちの方からリリアに話しかけてきた。

 彼女たちはリリアの髪や目を『綺麗』だと褒めた。リリアはそれがたまらなく嬉しかったのだろう。彼女たちとなら友達になれる、そう思ったのだ。


 すると女子の中の一人が、「友達同士で髪を結いあうのが流行っているからやらないか」とリリアに提案した。自分の髪に躊躇いなく触れ、接してくれていることを喜んだリリアは快くそれを承諾した。



 そう、髪に触れられることを、許してしまった。



 そこからを話すリリアの声はどこか沈んでいた。

 まず女子たちはリリアの方や腕を掴んで動けないようにしたらしい。明らかに友達に接する態度ではないことを不審に思ったリリアが辺りを見回すと、彼女たちが持ってきたポーチが目に入った。可愛らしいリボンのポーチから取り出されたのは髪を結ぶためのヘアゴムでもヘアピンでもなく、ハサミやカッターなどの刃物だった。


『リリアちゃん、今可愛くしてあげるねぇ?』


 そう言って、女子たちはリリアの髪を切り刻み始めた。抵抗しても人数差分の力には敵わず、髪はみるみる短くなっていく。


 やがて解放されたリリアが慌てた様子でトイレに駆け込み、鏡を見ると、今の姿になっていたのだという。

 あまりの仕打ちに絶望した彼女は荷物も何もかも置いてきて、僕のところへ走ってきたようだった。



 その時のことを思い出してしまったのか、リリアは語りながらだんだんと震えていった。


『私が……私が間違っていたのかも……友達になんて、なれなかったんだよ…………だから切られちゃった、奪われちゃった。お父さんたちとお揃いの、私の、オレンジの髪………ぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』



 断末魔のような彼女の叫びがあたり一体に響いた。 僕はいてもたってもいられずに抱きしめた。

 強く強く、彼女の心の痛みを少しでも紛らわせるように。

  

『陽斗っ、陽斗ぉ、……うっ、ぅゔっ、うぅ…』


 なんなんだよ、あんまりじゃないか。

 勇気を出した人間が、どうしてこんなに傷つかなくちゃいけない。



 いや、待てよ。



 胸の中で泣きづけるリリアを見て、僕はとある解決策を思いついた。

 それは相当な覚悟を要する選択だったけれど、意を決して口を開く。



 このままそばにいるだけの僕は、今日で終わりだ。



『泣かないで、リリア。僕が君のオレンジを取り戻してあげるから』 



僕の言葉に、リリアが驚いたように顔を上げた。



『ぐずっ……うゔ………ぇえ?』



 僕は安心させるように微笑むと、静かにゆっくりと目を閉じる。

 今まで蓋をしていたそれを、そっと解放するように。

 まだ制御は完璧にできないけれど、この際そんなことはどうでもよかった。

 救世主だとか、自分の死だとか、そんなものはこの時の僕の頭にはなくて。

 あるのはただ、たった一人の友達の『大切』を取り戻したいという思いだけだった。

 


 これを行う手順は三つ。



 一、まずは大きく呼吸をすること。

 ニ、次に実現したいイメージをしっかりと持つこと。

 三、最後に、彼女との日々と強い感情を思い出すこと。



 そうすれば、魂が答えてくれるから。




『見ていて、リリア。これが、僕だ』



 腕の中にいるリリアが、眩い光に包まれた。当の本人は困惑したように目を瞬かせ、涙を流すことすら忘れている。

 そんな中僕は、ただひたすら彼女の髪が戻ることを願った。


 するとどうだろう。

 まるで塔の上のお姫様のように、リリアのオレンジ髪はみるみる元の美しさを取り戻していくではないか。溢れる光もまた白からオレンジに変わって、彼女の周りを漂い始める。今まで一緒に遊んできた花たちは大丈夫だとリリアを慰めるように風に揺れて優しく踊り、陽の光もスポットライトのように僕たちを照らした。



『……………陽斗…………?』




 けれど、彼女の瞳にが映しているのはせっかく元に戻った自信の髪でもなく、僕の右頬にあるそれ。


 知られてしまった、と僕は静かに思った。

 その裏で思いのほか冷静な自分に驚いたりもする。

 誰かにこの力を暴かれることをずっと恐れていたはずなのに、いざその時が来てみれば案外ショックは少なかった。相手がリリアで、こんな状況だからというのもあるだろうけれど。


 自分の髪と、僕の頬を何度も往復するように見つめてキョロキョロしているリリアを、震える手でそっと離した。彼女の涙が止まっといることに安堵しつつも、僕は僕が行ったことについての説明をしようとする。


『ずっと黙っていてごめん、リリア。……僕は』

『ありがとう!!!』

『うわっ、ちょ、リリア?!』


 しかし、なんとこの少女は僕の話を遮った。

 それどころか離した手を強く掴み、自分の方に引き寄せ僕を抱きしめたのである。ふわふわとした髪が首や顔にあたって、なんだかくすぐったい。

 恥ずかしさと、こそばゆさと、苦しさに悶えながら暴れる僕を彼女は決して離そうとしなかった。

 ただずっと、抱きしめて感謝を言い続ける。


『ありがとう!ありがとう!!ありがとう!!ありがとう!!!!』

『いたたたたた! わかったからもう離して、痛い、痛いよリリア!? もうちょっと力を弱めて…………うぐぅ?!』

 リリアが僕を抱きしめる力がより一層強まる。苦しくて、息もしずらかったけど、別に悪い気はしなかった。むしろ、思っていた反応と違って困惑する。


『陽斗!あなたって本当に素敵な人ね!!素敵な人は、持っている力も、その使い方も素敵なのね!ほんとにほんとに、あぁ私、感謝してもしきれない!』 

『で、でもリリア。変だと思わないの? こんな力を持ってるなんて、感染者なんじゃないかって思わないの?』

『へ…………?』

 

 僕を持ち上げてクルクルしていたリリアの動きが突然止まった。同時に手も離されて、僕はそのままドサっと地面に落ちる。とても痛い。

一体何事なのかと頭をかきながら顔を上げると、そこにはかつてないほど顔を青ざめ絶望したようなリリアがいた。冷や汗もすごいし、様子がおかしい。


『はははははは陽斗、もしかして感染したの?!』


 思いがけない発言に、今度は僕が硬直した。


『は?!』


 そして、大きな声をあげて驚く。

 どうやらリリアは僕がウイルスに感染したと勘違いしたらしい。数秒のラグののち、再び動きを取り戻したと思えば、ひたすら僕を励ましどうやって匿うかを念入りに計画し始める。


『だ、大丈夫、大丈夫よ。私が絶対あなたを生かしてみせる!……そ、そうね……えっととりあえず逃げましょう!Messiahに見つかっちゃったら大変だもの!』

『あの、リリア。僕なら大丈夫………』

『いいの、いいの陽斗!何も喋らなくても。私の恩人であり友達であるあなたを死なせたりなんてしないから。だから安心して!……それじゃあまずは私のお家へ………いや、陽斗のご家族に知らせたほうがいいのかな?』


 まずい、リリアが暴走してる……!

 髪が戻った興奮と、衝撃の事実にもともとおかしい脳が更におかしくなってるんだ……!

 このままでは、勢いのまま僕を変なところに誘拐しかねない。そんな焦りを覚え、気がつけば僕は叫んでいた。


『だからっ! 生まれつきなんだよ、この力は。もう慣れてるし、体に異変もないから大丈夫、僕は死なない。というか、死んでたまるかよ!!!』


 ゼエゼエと息を切らし精一杯出した声は、ようやく彼女に届いたようだった。


『あら、そうなの?』


 すると彼女はすぐにいつものケロッとした顔に戻って、安心したように笑った。その様子を見て、僕はやれやれと呆れた素振りでため息をつく。


『当たり前だろう、でなきゃ君の髪を元に戻すなんてことできない。…………ま、まあまだ制御が不完全で、ちょっと伸ばしすぎちゃったかもしれないけど………』

『え? あ、そういえば前よりも頭が少しだけ重いかも? いや、変わらないかも? う〜ん?』


 そういって髪を触って確かめても、いまいちピンときていなさそうなリリア。しかし僕から見ればその違いは一目瞭然だ。

 復活した髪は、元々おへその上あたりまでしかなかったのに対し、今のオレンジはがっつり腰まで届いている。やはり久しぶりに力を使ったから制御が完全ではなかったらしい。

 美容院で元の長さに整えてもらうように進めたけれど、彼女は断固として首を縦に降らなかった。どうやらリリアは今の髪がお気に召したようだ。

 

『とにかく、髪が元に戻ってよかったよ………』

『うん!陽斗、本当にありがとうね。私、陽斗と友達になれてよかったよ』


 ………友達。


 その言葉が、僕の心に一際強く響いた。



 

 ………………………そっか。



 …………そっか。



『全く、手のかかる友達を持つと大変だよ』


 チラリと横を見ると、友達の姿が目に入る。

 その顔は口角を限界まで上げて笑っていて、とても嬉しそうだった。

 ……ニヤニヤしすぎて気持ち悪い気もするが。



 一体、何がそんなに嬉しいのだろうな。



 

『あ!!ていうか陽斗、今の発言は聞き捨てならないよ? 私、これでもあなたより2つもお姉さんなんだから!』

『ははっ。そうだったっけ? 忘れてたよ』

『んなにぃ〜?!酷い!酷すぎる!』

『だってリリア、びっくりするほど子供っぽいから。お菓子とかすぐに僕から奪おうとするし』

『ぎくっ。……で、でも実際に奪ったことはないじゃん!』

『ああ。僕がリリアにあげたからね』

『ほら!私悪くないよ?!』 

『そうかなぁ』


 ああ、なんだろう。

 この少女と過ごす時間は、1日の中で一番騒がしくて、慌ただしてくて、落ち着かない。けれど、誰と過ごすよりも心地がいい。



 ……楽しいな。



 この時僕は、こんな時間がずっと続けばいいのに、などとらしくもないことを思った。



『………ねえリリア』


『なぁに?』




 夕暮れは人を惑わせる。

 だからこの時の僕は、雰囲気に飲まれてらしくないことを言ってしまったのだ。






『………ありがとう』






 掠れるような小さな声だった。

 それでもちゃんと彼女には届いたようで。

 視線を横に向ければ、心の底から嬉しそうな満面の笑みを浮かべてリリアがいた。



 この日から、僕とリリアは正真正銘の。


 『友達』になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ