episode12 僕の見つめる先
「それでは最終面接を開始する」
その言葉に僕は一層気を引き締めた。
目の前にいるのは国内最高の救世主、つまり命主の立場にある、館厳學様だ。
館厳様は、71歳と高齢にあるにも関わらず、現役を退いた今でも隊員の育成や組織をまとめる代表として活躍されている。加えて、細身の体格から溢れるオーラは凄まじく、一般人の老人のそれではない。白くなった髪や髭ですらも、彼の貫禄を引き立たせている。
メディアなどでも時たま姿を見かけるけれど、こうして実際に会うと『救世主』という存在を意識せざるを得ない。
この方が、Messiahが誇る救世主の最たる形なのだ。
一体、どんな面接が始まるのだろうか……
「ではまず、事前に渡してあった書類を貰おう」
僕は手に持っていた封筒を手渡した。
これは、今回僕がこの面接を受ける上での経緯や保護者の許可が示されたもので、一般的な受験でいうところの受験票みたいなものだ。
しかし、それらと違うのは基本情報だけではなく、僕の能力の詳細が記入されていること。もしこの面接に通って第零部隊に入隊した暁には、当然個々の能力を活かす場面が出てくる。能力の詳細は個人情報だと橘隊長は言っていたが、この面接はそこを伏せたままでは成り立たない。僕や母さんもそれを理解して、なるべく詳細に書いたつもりだ。
館厳様は封筒を開き、ゆっくりと中身に目を通していった。
「ふむ、なるほど。命を癒す力か……」
正直、Messiahにとって僕のこの力は魅力的だと思う。少しでもこの力が加点になってくれればありがたい。
が、館厳様は表情どころかシワひとつ動かさずに書類を読み進める。
能力はあまり期待できそうにないのか…
「月ヶ峰殿!!」
突然名前を呼ばれ、僕は飛び上がりそうになったのを必死に押さえて「はい」と短く返事をした。
ドクン、ドクンと鼓動が早まる。
何か不備でもあっただろうか……た、館厳様のお顔が険しい……!
こ、こうなったら謝る準備を……
「すんごいね、君の力。儂、感動しちゃった」
…………する必要はなかった。
「…………はい?」
館厳様、さっきまでの厳しいオーラはどこへやら。今はその瞳から、憧れのヒーロー目の前にした少年のような輝きを放っている。興奮がおさまらないのか、館厳様はそのまま言葉を続けた。
「だって月ヶ峰くん、傷とか治せるってことじゃろ? すごくない? 超かっこよくない? 儂ちょっと羨ましいまであるよ。それに君、奇跡の花畑の人なんだよね。儂あの場所大好きなの。毎年行ってるの。ほんとありがとね、復活させてくれて。とりあえず握手しても良い?」
「………えっと、はい。ありがとうございます?」
僕は半ば流されるように命主様と握手を交わすと、ぽかんとした顔のまま椅子に座る。
館厳様のテンションは相変わらずマックスなようで、僕と握手した手を嬉しそうに顔にすりすりしていた。飛び跳ねる動きに合わせて、結われた長髪の白髪がふさふさと揺れる。
館厳様が言葉を発するたびに、僕の命主様のイメージが崩れ落ちていく音がした。
しかし、館厳様のマシンガントークは止まることを知らない。
「いやね、また第零部隊の入隊面接希望があった、って聞いて儂すごい嬉しかったのよ。もう大好きなんだよね、覚醒者と第零部隊。この面接のために3日分の仕事片してきたのよ、こんなに頑張ったのいつぶりか覚えとらんわ。どう、儂、偉くない?」
「は、はあ……」
「和良ちゃんの能力はもう聞いたんだっけ? あの子もまたすんごいかっこいいのよ。覚悟もあっぱれだし。あ、くいなちゃん? くいなちゃんの能力も素敵じゃから…………っとおっといかんいかん。儂としたことが、熱くなりすぎてしまった。面接しないと儂怒られちゃうんだった。あ、『儂』も禁止じゃったかな? まったくMessiahは厳しいのう、息苦しいわい。…………………うゔん……………………では、月ヶ峰殿。改めて、そなたの面接は私、館厳學が務める」
嘘でしょ、その感じで続行するの?
どうやって切り替えたの、今。
もはや数分前の世界に置いてけぼりにされた僕は、館厳様の見事な切り替えについていけない。
しかし、すでに完璧な命主様モードに戻ってしまったらしい館厳様は、構うことなく面接を再開する。
お願いです、少しだけ時間をください。
「それではまず、そなたが第零部隊に入隊したい理由を教えて貰おうか」
館厳様は僕の思考が復活するのを待ってはくださらなかったが、幸い、聞かれたのはありがちな質問だった。
これについては、僕も対策をしている。
「はい。僕が第零部隊に入隊したいと思った理由は、僕が持つ力を轟音さんたちのように他者に使いたいと思ったからです。失礼ながら僕は今まで、Messiahと関わりを持つことを避けていました。Messiahの行う救済行動が、自分に向けられたら、と怖かったのです。でも、轟音さんと出会って、初めて自分と、家族と向き合って、僕も前へ進みたいと思えました。そのため、僕の個性であるこの力を最大限活かすことができる、第零部隊に所属したいと考えています」
「なるほど」
僕は、僕が思っていることを館厳様に伝えた。轟音さんが言っていた通り話している間、彼は一瞬たりとも僕から目を逸らすことはなかった。真剣に聞いてくれている。
しかし。
「浅いな」
返ってきた返事は良いものではなかった。
「えっと………」
突きつけられた言葉に、僕は思わず声を漏らす。
そして、館厳様の目を見た時、僕はゾッとした。
見ている。
僕の心の中、気持ちの背景、その全てを彼は見ていた。
「すまない月ヶ峰殿。そなたの決意を踏み躙りたいわけではないのだ。ただ、今の言葉はあくまで君の一部でしかない」
見透かされる。
僕ですら気が付かないような、奥の奥の思考まで。
「雅楽川リリア殿」
それは、決して忘れることのない、体に刻み込まれた僕の大切な人の名前。
どうして、館厳様がリリアのことを…
「この面接を行うにあたって、少々そなたについて調べさせてもらったのだ。その過程で、リリア殿の事故を知った」
……事故……
僕の中に、封印していたはずの記憶が流れ込んでくる。
梅雨が近づく春の終わりの頃だった。
電話をとる母の絶望混じりの声。
報道される感染被害のニュース。
送られてきた最後のメッセージ。
それら全てが、途端に僕の心を容赦なく抉って破壊していく。
「リリア殿のそれは、私の調べのつく中で君が感染者に関わった唯一の一件だ」
必死に動悸を抑える僕の目を、館厳様は相変わらずまっすぐ見つめていた。しかし、今の視線はまるで僕をこの場に縫い止めるかのように鋭い、刺すようなものだった。
「第零部隊に入るということは、このような一件を間近で受け止めなければならないということ。ましてや、第零部隊が正式に第七部隊へ昇格することが決まれば、自らの命の保証すらない」
「月ヶ峰殿、私は常に自らを『見ている』し、今はそなたを『見ている』。それを踏まえて、もう一度問おう」
感情を感じさせない声で、館厳様は淡々と告げた。
「月ヶ峰殿は今、いったい誰を『見ている』?」
誰……?
僕は一体、誰を…………
ふと、懐かしい声が聞こえた。
『どうしてあなたは、あなたを否定するの?』
その瞬間。
僕の『見る』先で、見慣れたワンピースが、ひらりと揺れた。
登場人物読み方紹介です。
館厳 學→たていわ がく
雅楽川 リリア→うたがわ りりあ




