episode11 必ず届く
「月ヶ峰くん、おはよう!ふふ、制服姿は初めてだからちょっと新鮮な感じだね」
「おはようございます、轟音さん。今日はよろしくお願いします」
四葉シェアハウスまで行くと、約束通り轟音さんが出迎えてくれた。現在の時刻は集合時間5分前程度だが、早いに越したことはないのですぐに出発する。
李鶴さんや十六夜さんはおらず、どうやら今回の付き添い人は轟音さん1人らしい。
僕たちは道中たわいもない会話をしながら歩いた。
歩いていたのだが……
会話中、僕にはずっと気になることがあった。
チラリ、と気付かれないように横を見る。
隣にいるのは、いったい何年に1人の確率なのかわからないほどの美少女。そんな生きる国宝のような彼女は白を基調としたシンプル可愛いな服を着て、ところどころ袖についているリボンを歩くたびに揺らした。
適切な距離を保っているはずなのに、なぜかこのあたりには花より甘い女の子特有香りが漂っている。
天使かのような何かが存在するこの空間をさらに浄化するのは、恐らく緊張をほぐそうとしてくれているのであろう、小悪魔さを微塵も感じさせない優しすぎるささやかなボディータッチ。
軽いコミュ障を患う僕にとって、本来ならこれは面接とは違う意味で緊張する状況のはずだが、心拍はかえって安定している。
恐るべし、轟音和良の癒し力。
全身からマイナスイオンが出ているのではないかと思わざるを得ない。
「そういえば月ヶ峰くん、ご家族の方にはちゃんとお話しできた?」
すれ違う人々の視線を気にするそぶりもなく、会話が終わるたび轟音さんは話題を変えながら絶えず僕に話しかけてくれる。
ありがたいかぎりだ。
僕は気まずくならない程度にほどほど詳しく、それに答える。
「はい、母さんにはきちんと話しました。書類に承諾のサインもしてもらってます」
「そっか……なんだか、ちょっとだけ安心したな。実は私、月ヶ峰くんのご家族を困らせちゃったらどうしようって思ってたの。やっぱり第零部隊の目指す活動はきっと反対意見も多い内容だと思うから」
「たしかに、そうですね…………………ん?」
僕の中で一つの疑問が生まれた。
そういえば僕は、母さんに詳しい活動内容を説明しただろうか。書類はあの後渡したけれど、話し合いの中でそれについて触れた覚えはない。
どうして承諾してもらえたんだっけ……?
「月ヶ峰くん、どうかしたの?」
「あ……いえ、すみません。大丈夫です、たぶん」
「た、たぶん……………」
「はい、たぶん…………」
「「……………」」
本日初めての沈黙だった。
今まで轟音さんがせっかく会話を繋げてくれていたというのに僕はそれを断ち切ってしまったのである。
さて、どうする。やはりここは僕から話題を切り出すべきか。
「轟音さ……」
「あのさ、月ヶ峰くん!」
「はい!?なんでしょう?」
考えたのも束の間、勇気を振り絞ったコミュ障の掠れ声は轟音さんの美しい声の方に隠れて消えた。
ま、まあ、努力賞くらいはもらえるだろう。
「その制服、彩雲高校だよね?四葉シェアハウスから結構近いところにある学校。月ヶ峰くんはもしかしてそこの一年生?」
なるほど、そうきたか。
今の流れから「好きな食べ物」などの全く今日に関係ない会話をするのは不自然だ。その空気を読み、今朝すこしだけ触れて軽く流されていた制服の話題を持ってくるなんて。
僕には出来ない高レベルテクニックすぎる。
いったいこの人の頭には、どれほどの話題転換パターンが詰め込まれているのか気になるくらいだ。
よかった、あの時声が被って。
「制服だけで学校がわかるなんてすごいですね。えっと、轟音さんの言う通り僕は彩雲高校の一年で、ちなみに三組です」
「やっぱり!制服のネクタイの色が赤色だったからそうだと思った!学年カラーだもんね」
「はい………そうですけど………でも轟音さん、どうして学年カラーのことまで……」
「え?…………どうしてってそれは……」
轟音さんがくるりと向きを変え、こちらに振り返る。
無言で見つめられるので変なことを聞いてしまったのかと心配になっていたが、すれ違う人々が思わず振り返るような整ったそのご尊顔は、突然ふにゃりと崩れて柔らかな笑みを見せた。
「四葉シェアハウス中にも彩雲高校に通ってる子がいるんだよ!」
………なるほど。てっきり、「私も彩雲高校生なの」などの衝撃の事実が告げられるのかと思ったが、現実はそうそう物語のように上手くは出来ていないようだ。
というか、四葉シェアハウスって結局何人住んでるんだろう……。
十六夜さんは明らかに高校生じゃないし、轟音さん姉弟も学校で見かけたことはない。とすれば、轟音さんが話しているのは僕の知らない住人ということになる。あのシェアハウスに住んでいるということはその人も、覚醒者だったりするのだろうか。
………会ってみたい。
僕の中に、まだ姿すら知らないその人への興味が芽生えた瞬間だった。
〜〜
「轟音様、月ヶ峰様、確認が終わりました。中へどうぞ」
数十分の移動の末、目的地に着いた僕たちは前回と同じように裏口から建物内に入った。2回目とはいえ、Messiahの本部に入るというのは慣れない。
また誰にも出会わないかと思ったが、通っている道が違うのか、今回は数人とすれ違った。
Messiahの本部に入ることができるのは、組織の中でもそれなりに位の高い者だけだと聞く。
第零部隊のことも当然知っているのか、すれ違った人々の中に僕たちについて怪訝な視線を向けるような素振りはなかった。
やがて応接室と書かれた部屋に案内される。
「ここが待機室ってことになっているから、月ヶ峰くんは座ってて大丈夫だよ。命主様の準備が整ったら私に連絡が来るはずだからそれまではリラックスしててね」
言葉通り、僕は空いている席に座らせたもらい、轟音さんは部屋の隅で紅茶が入った棚と睨めっこをしていた。
部屋に入った瞬間どっと溢れてきた緊張を抑えつけるように僕は轟音さんに話しかける。
「あの、少し聞いてもいいですか」
「もちろん、私でよければなんでも聞いて」
「では一つ…………轟音さんは面接、緊張しましたか?」
紅茶を淹れてくれていたその手がぴたりと止まった。しかし、すぐに動きを取り戻し、いざ振り返った彼女の顔はいつもとなんら変わらない。
「緊張………はしてない、かな。どうだろう、してたのかな。あんまり覚えてなくて。あの時はなんというか……必死だったから…………でもね、月ヶ峰くん」
僕の目の前に、ティーカップが一つ置かれる。
つられて下がった目線には轟音さんの白くて細い美しい手がうつった。
そして、頭上から続きの言葉が降ってくる。
「命主様は、私たちの想いをちゃんと聞いてくださるよ」
顔を上げると、そこにはやはり変わらない笑顔で佇む彼女がいた。
「月ヶ峰くんの想いは、必ず届く。それがあの方が欲するラインに達するかどうかは分からないけどね」
僕はずっと、Messiahに怯えて生きてきた。
彼らの救済が怖くて。
僕という存在を認めてもらえないような気がして。
それはまるで生存本能のようで、僕の心から消えることはない。
今回の最終面接に異常なほど緊張を感じるのも、きっとその恐怖が大きかったのだろう。
でも、轟音さんは言った。
必ず届くと。
ピコン、と通知音のようなものが鳴った。
轟音さんのスマホから聞こえたので、恐らく面接開始を知らせるものだろう。
「……………どうやら時間みたい。頑張ってね、月ヶ峰くん。しっかり届けてきてね」
轟音さんの言う通りだ。
僕はただ、伝えることに専念すればいい。
思っていること、感じていること全てを、言葉にするだけでいい。
その想いが本物なら、きっと救世主の心にだって届くはずだから。
〜〜
僕は自分の身長の何倍もある扉を、丁寧に3回叩いた。
「失礼します。第零部隊の最終面接にきました。月ヶ峰です」
「入りたまえ。入室を許可する」
重そうな扉は、少し押せば簡単に開いた。
正面にある窓から光が差し込み、足元を照らす。
向かい合うように置かれた席の空いている方に立った僕は、相手の許可を得て静かに礼をして着席する。
僕が顔を上げる。
彼がこちらを見る。
二つの視線が交差する。
そして、目の前にいる救世主は、堂々たる声で宣言した。
「それでは最終面接を開始する」




