episode8 第零部隊
不可思議に不可思議で対抗する。
そう言った橘隊長の言葉を、僕は冷静に分析しようと試みる。つまり、毒を毒で制すといったところか。
確かに力を操り生きてゆける僕たち覚醒者と力に飲まれ死んでしまう感染者、その違いがわかれば彼らが目指す『救い』の鍵になるかもしれない。
しかし、この話には少し疑問点がある。
それは…
「失礼ながらこの計画、実現可能なんでしょうか…?」
「というと?」
「………Messiahという国民の希望の象徴が、わざわざ覚醒者という………その、国民の不安を煽るような存在を世に出すことは危険だと思います。今のこの国に対する不可思議への拒絶は異常な程に強い。僕はそれを誰よりわかっているつもりです」
そう。
確かにこの計画は、長年ウイルスに頭を抱えていた日本のMessiahにとってはこれ以上ないチャンスだ。
しかしそれは、決して国民の総意ではない。
亡くなった感染者と同じような力を持ちながら、今も生きている僕たちのような異例を認めたくない人だっているはずだ。
「確かに、いくら俺たちが声をあげたからと言って、君たち覚醒者を嫌う者は一定数いるだろう」
やはり彼らはわかっていた。
この挑戦がどれだけ厳しいものかということを。
でもそれなら尚更、どうしてと思わざるを得ない。
「あのな月ヶ峰、だからこそ第零部隊なんだよ………………言っただろう、秘密裏部隊だと」
橘隊長の返答に僕は静かに目を見開いた。
彼が何を言いたいのかわかったからだ。
でもそれは僕の中の救世主像からは到底想像できない答えで、思わず聞き返す。
「まさか……………公表しないつもりですか?」
正直に言って仕舞えば、僕はそんな事が許されるとは思えなかった。
国の信頼を一心に受けるMessiahが国民に隠し事をしていたなどと知られれば、この国の政治が崩壊しかねない。それほどまでにMessiahとは今の日本になくてはならない存在なのだ。
しかし、橘第三部隊長は、はっきりと答える。
「ああ」
その言葉の続きとともに。
「覚醒者がMessiah内での実績を得るまでは、な」
言っている意味を理解できず、僕は首を傾げた。
「それはどういう……」
「月ヶ峰君も感じていると思うけど、覚醒者はまだ未知数。だからMessiahが出す条件を満たしていって1部隊として認められれば、私たちは第零部隊から、正式な7番目の救世主…………つまり、第七部隊を名乗れるようになるの」
「和良の言う通りだ。それまでは、第零部隊が国民の前で救済を遂行することはない。簡単にいうと、お試し期間ってことだ。何事もきちんと試さなければ良いか悪いかすらわからないだろう?」
確かに訓練期間と称せば、実際に国民の目にこの力が触れることはなく、僕たちの日常も保たれる。
やはりMessiah側も最新の注意を払っているのか、計画に抜かりはないようだ。
………なるほど。
つまり、僕が懸念すべきことはもう何もないということか。
「………あの、すみません皆さん。最後に一ついいですか?」
「ああ、もちろんだ」
僕の発言に橘隊長は笑顔を返す。
ということで、僕はそのお言葉に甘えて思っていることを素直に話すことにした。
「僕、第零部隊に所属したいです」
「なるほど、詳しい活動についてか。それなら…………………………………は?」
数秒遅れて、橘隊長の動きが固まる。
後ろに控えていた轟音さんたちも、これでもかというほど目を見開き、驚いている様子だった。
「月ヶ峰くん、それ本当?」
確認するような問いかけに僕は首を縦に振る。
おそらく轟音さんたちは、僕がなんの説明も聞かず決断したことに戸惑いを隠せないのだろう。
でも、僕の心は決まった。
というより、決まっていた。
「冗談でこんなこと言うわけないじゃないですか」
「た、確かにそうだけど。私は嬉しいけど………」
「それに、そもそも僕は、僕の周りの人の平穏が約束されているのであれば、轟音さんの提案を飲むつもりでここに来ていましたから」
そう、覚悟はとっくにできていた。
轟音さんの能力を知ったあの瞬間から。
ただ、僕はまだ未成年でどうしても親の元を離れられない。
仮にこの計画が、僕たちの……母さんの日常生活に支障をきたすようであればどうしようかと思っていたが、その心配もないようなので快く承諾する他ない。
一方Messiah陣は僕の返答が相当意外だったのか、何やらボソボソと話している。
まあ、丸聞こえだけど。
「おいおい、さすがのあたしでもこんなにあっさり事が運ぶとは思ってなかったぞ」
「悔しいが今回は十六夜先輩に同感だな。しかし、こちらとしてはありがたいだ」
「てことは、第零部隊、隊員一名新たに獲得?」
「いやいや待て待て、飲み込みが早すぎるだろお前たち。俺はいまだに覚醒者の考えが掴めないぞ。轟音姉弟といい、十六夜といい、なぜ説明を聞かずしてこんな大切な提案を承諾できる?」
不意に聞こえてきたその言葉を聞いて、僕は驚きながら轟音さんたちの顔を見た。
向こうも僕を見たのか、視線が交わる。
3人ともどこか照れくさそうにしていた。
もしかして、この人たちも即決して第零部隊に入ったのだろうか?
それじゃあまるで………
「と、とにかく!こうなったらさっそく、あの人に報告しに行かないとだね!」
「そうだな。なるべく早いほうがいいだろう」
「あのじいさん見た目ちょっと怖いけど実は結構面白いし、人を見る目だけは冴えてるからな……頑張れよ、月ヶ峰」
僕の思考を遮るように轟音さんたちが、あれよあれよと何かの準備を始める。
恥ずかしさを誤魔化したなこの人たち。
にしても、なんだかやたらと部屋中を行ったり来たりし始めたので流石に疑問を持った僕は思い切って口を開いた。
「えっと………まだ何かあるんですか?」
そう質問すると、轟音さんの眩しい笑顔と共に、衝撃的な事実を返される。
「最終面接だよ!頑張ってね、月ヶ峰君」
なんと。
どうやら僕が第零部隊に入るためには、まだ最後の壁が残っていたようだ。
そう。
この時の僕の想像を絶する、高い高い壁が。




