きみに会えた日
きみのお墓、四百年経った今でもまだ残っていて良かったよ。相変わらず大きくて立派。生きていた頃から有名な作家だったもんね。名前も作品もちゃんと残っているし、本当に良かった。
──ウィリアム・カンパネラ。
ぼくはいつもきみのことを、きみとかウィリアムと呼んでいたよね。気軽にウィルやリアムって呼んでも良かったかなって、たまに思うことがあるよ。きみもぼくのことをイブと呼んでくれて良かったんだからね。呼んでよ。まったく。
きみの遺した物語の中では、お互いそんな風に呼び合っていたのにね。覚えているかいウィリアム、いやウィルにしよう、ぼくはさっそく呼んでやるからなウィル。ぼくらが出会った時、きみはぼくに何て言ったか、覚えているかい?
『何だその……腹の減るような色は。林檎みたいだ、熟れた林檎。ちょうど喉も渇いているんだ。持ってないか? ……ないのか、そんな頭なのに』
この色は生まれつきなんだから仕方ないだろう。ぼくはその件について未だに怒っているよ、なんだい腹の減る色って失礼な。謝罪を求める。いつものふざけた感じはやめてよね。ちゃんとしたのを頼む。
ぼくももちろん謝るからさ。
……ごめんよ、ウィル。
結局ぼくはきみの望みを叶えられなかった。今後に希望を持てそうにない。せめてローラを眷属にしていたら違っただろうか。……いや、ないな。仮定でも想像したくない。それならぼくはきみを眷属にするべきだった。
ごめんよ、ウィル。きみを眷属にしなくて本当にごめん。何でしなかったんだろう。……ウィル。ウィリアム。無理矢理にでもそうするべきだったんだよ、ぼくは。
きみの物語でないと心が満たされない、代替品はどれもガラクタ。これに気付くまでに四百年も使うなんて馬鹿だよね。
間違えた、ぼくは間違えたよ。
何度も何度も間違えて、無駄に生きた。
もういいかい?
くだらないガラクタに思い出を汚されるのはもう嫌なんだ。
たとえ途中までしか書いていなかったとしても、きみの遺した物語は何よりも大切だ。続かなくたって別にいいんだよ、無理にそんなことをする必要はない。
干からびて灰になるまで、一文字一文字慈しませてもらうよ。
吸血鬼の自殺方法としてたまに聞かない? 血を限界まで吸わないってやつ。やったこともやりたいと思ったこともないけれど、きみのことを思い出しながらこれまでのことを話していたらね、何だか急にやりたくなってきた。
いいでしょ?
駄目なら駄目だと言ってくれよ、きみが拒めばぼくは喜んでやめてあげる。いつもそうだったでしょ? きみの嫌がることは絶対にしない。だからほら、言って、呼び掛けて。
やめろよイブニングって。
イブでもいいな。ほらほらほら。止めるなら今だよウィリアム、ウィル。
きみのせいで、きみがいないせいでぼくが死ぬんだ。不老で不死のはずの吸血鬼が。きみは全然信じてくれなかったけどね。ほらほらほら。ほらほらほら。ほらほらほらほら。
……何とか言ってよ、ウィリアム。
どうせもう何も言ってくれないんだろう?
それならいっそ、きみの後を追うよ。
「──あの」
その方が、きっと……。
「あの、すみません」
えらくタイミング良く声を掛けられたもんだね。幼い男の子の声だ。ひょっとしてきみだったりする? 今度こそきみの生まれ変わり?
そうだったらいいなって、期待半分、いやかなり期待して、声のした方へ視線を向ける。
「すっごくとおいおじさんに、なにかごようじですか?」
──きみがいた。
どう見てもきみじゃないか。
ぼくが見間違えるわけがないだろう。出会った時よりずっと若い、いや幼いね、可愛らしい。子供の頃から変わらないとか言っていたけれど、大分変わってしまったじゃないか。きみにもこんな時代があったのだね、知らなかったよ。
「ウィル」
「え、はい」
やっぱりそうじゃないか。きみだ。硬そうな焦げ茶の髪も、無表情ながらどことなく淋しそうなのも、全部きみ。
「なんでぼくのなまえを」
「ウィルっ」
抱き寄せたきみは軽くて泣きそうになる。何度も揺さぶったきみの脱け殻はあんなに重かったというのに。
はなしてください、だなんて、そんな他人行儀な言い方はやめてくれ、ぼくときみの仲じゃないか。
「大丈夫、何も怖くない」
怯えなくていいんだウィリアム。──ぼくはもう間違えない。今度こそ間違えない。
きみを眷属にする。
そしてずっと一緒にいよう。きみの物語はきみが書くべきだ。ぼくらはずっと間違えていたんだよ、ウィリアム・カンパネラ。
そして完成した物語を、どうかぼくだけに読ませておくれ。
──永遠に。