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きみの代わり 2

 治安の悪いその街は、壁という壁に卑猥な絵が描かれていてね、正直目のやり場に困ったもんだけど、彼だけは他の奴らと違い、文字を壁に書いていたんだ。近付いて読んでみれば卑猥さの欠片もない、美しい文章がそこに刻まれていた。

 ぼく好みだった。


「官能小説なら他を当たんな」

「そんなものに興味はないよ」


 ──ハンス・レクトル。


 彼の過去は知らない。その日暮らしの根なし草だということと名前以外、何も教えてくれなかったよ。興味もないから別にいいけどね。金と衣食住を保障する代わりに、血液の提供と執筆をお願いしたら、訝しみながらも最後には頷いてくれた。

 街から離れ、森の中、小屋を建てて共に暮らした。部屋は別にしたよ。ローラの時はお嬢さんだから当然だと思ってそうしたけれど、ハンスの場合は、そうだな……何となくだよ、深い意味はない。

 ハンスはきみと比べると、あまり良き同居人ではなかった。連れてきたのは早計だったと軽く後悔したね。

 彼は彼の物語を書くばかり。けしてきみの物語の続きを書いてはくれない。それだけじゃなくてね、条件の一つである血液の提供も渋るんだ。一度強引に吸血したら、それ以来会話は最低限になり、常に睨み付けられるようになって、まったく困ったもんだよ。化け物とすら罵られたね。事実ではあるけれど、あまり気分の良いものじゃない。


 間違えた、ぼくは間違えたよ。


 きみはどこまで書いたかな。

 鍵の付いた箱の中に仕舞ったきみの作品を読み返しながら、彼と今後どうしていくべきか考えたよ。役立たずに構っている暇はないからね。


 殺すべきだろうか。

 街に戻すべきだろうか。


 返事が来ないのは分かっていても、何度も何度も心の中できみに問い掛けてしまった。一度でいいから返事くらいしてくれても良かったのに。……いや、貴重な一度をあんなことに使ってほしくはないな。今のは忘れてくれ。


「──作家ってのはよ、自分の小説を書きたいもんなんだよ」


 ある時、酒に酔った彼が珍しく話し掛けてきたんだ。図々しくもぼくに向ける視線に侮蔑を込めてね。不快極まりなかったよ。


「自分の内から沸き上がる熱を吐き出すのに忙しくてよ、他人なんかの、まして太古の埃が被った作品なんかに関わってる暇はねぇんだ」


 下卑た笑みが不快で、不快で。


「お友達の無念を晴らしたいってんなら、自分でやるか、俺じゃない他の奴に頼むんだな!」


 ぼくは何の返答もしなかったよ。ただただ、彼とはもう無理だなって、それしか思わなかった。……一瞬だけだよ、一瞬だけ、殺そうかなとも思ったけど、きみの顔が思い浮かんだからどうにか我慢できた。

 きみ、ぼくが他の動物を殺すことにあまり良い顔しなかったよね。きみの嫌がることはしない。気が変わらないよう彼が鼾をかいて眠っている内に、荷物をまとめて出ていった。


 間違えた、ぼくは間違えたよ。


 そういえば彼は、きみの文体とは似ても似つかないものだった。一番大事な条件を満たしていなかったよ。やっぱり勢いは良くないね、すまなかった。

 次はね、作家が無理なら、作家ではないものに頼もうと思った。

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