動かざること鉄のごとし
美術館の見学をしていた観客の中にざわめきが広がった。ざわめきの中心に目を向けると、そこでは職員たちがなにか作業をしている。
「あれはいったいなにをしているのだろう」
「なにかを設置したぞ」
「人のような形をしているな」
「ロボットみたいだ」
冷たい輝きを放つ丈夫そうな金属の体を持ったそのロボットを設置し終えると、職員の中でも年嵩と思われる一人の職員が進み出て観客の方へと声をかけた。
「本日もお集りの芸術を愛する皆さま、こんにちは。本日はとても嬉しいニュースをお伝えいたします。我々職員の新しい仲間を紹介するのです」
そう言って舞台役者のような大げさな身振りで立っているロボットを示した。その紹介に合わせるようにロボットは優雅に一礼する。芸術作品の一つであり動くことはないだろうと思っていた観客の一部からどよめきがあがる。
その声が静まるのを待ってから年嵩の職員はまた話を再開した。
「このロボットは私たち芸術を愛する者たちにとってはとても頼りになる存在。そう、防犯ロボットです」
その言葉に一部からおおと喜びの声が上がった。最近この近辺の美術館では盗難が相次いでいたのだ。この美術館にもいつその犯人の魔の手が伸びてくるとも分からなかった。そんな状況でこのロボットが導入されたというのは、確かに嬉しいニュースだった。
歓声が沸く中、観客の一人が職員に質問する。
「そのロボットは防犯に役立つどのような機能を持っているのですか?」
「申し訳ございません。それに関してはお答えできないのです」
職員は心から残念そうな表情でそう答えた。機能を教えてしまえば犯人たちがその裏をかいてしまうかもしれないというのがその理由だった。
ほかの職員たちもその言葉に同調するように頷いてはいるが、ロボットに対する信頼からなのだろうか、どこか謎めいた含み笑いを浮かべている者も見受けられる。
その日から防犯用ロボットは美術館のもう一つの目玉となった。なにしろ芸術品を守っているこの上なく頼りになるロボットなのだ。
「いやいや、このロボットのおかげで我々は安心して芸術を愛でることができるのですな」
「こんなにありがたいロボットなんてほかにないですよ」
そうしてこのロボットが話題になると、同時に語られるのはやはりこのロボットがどのような防犯機能を持っているかということである。
やはりあの目はカメラになっているのだろう。いや、ただのカメラではなく赤外線も利用しているかもしれない。そして見た景色はすべてあの頭脳の中に保管されているのだ。
耳はどうだろうか。きっとどのような音も聞き漏らさないに違いない。
あの輝く体を見ろ。きっと銃弾なんて簡単にはじき返してしまうだろう。
力はどうだろう。ロボットなのだ。どんな人間でも簡単に取り押さえられるに決まっている。
詳しい機能なんて誰も知らないのに、噂だけがどんどんと大きくなっていく。
そしてその噂を聞いた盗人は、そんなにすごいロボットが守っているのなら、と美術館を諦めてほかのもっと狙いやすいところに盗みに入るのだ。
ロボットは今日も美術館を訪れる観客たちに優雅な一礼をしてみせる。それだけの機能しかないことを知っているのは美術館のスタッフだけだった。