男の好みはそういうとこじゃない
空き家の壁には、魔王によって私の前世の一場面が映し出されている。
まだ十代の私が友人と一緒にカメラレンズに向かって笑い、恋人はいなくても恋に恋している今の時代が幸せで堪らないという時代の証拠写真。
だけど待って。
私も友人も校則を守らなきゃって人間だったから、スカート丈は長いし化粧だってしてないから、印象なんかギャルから程遠いばかりのもっさりだ。
当時流行っていたアゲハ嬢風な可愛い子なんか一人もいない、大学でできた友人達に見せたら「昭和風」なんて言って揶揄われたくらいだ。
大学デビューとか、うるさい。
「この子、すげーかわいい」
「この子もこっちにいるんなら飲み会誘わね?」
そう。
仲良しもっさり五人組だったけど、カヨっちだけは輝いていた。
もともと顔立ちがキレイな子だから、だからカヨっちはもっさりな恰好をしていても目だって可愛いく見えるんだ。
普通な子は恰好を変えて化粧をしまくって磨いて、それから、でないと勝負にも出られないというのに。
「お前は意外にイケてるな」
魔王様だろうが中の人は日本人な男の人だ。
私の生きていた歴史で出会った男性達と同じく、可愛いカヨっちしか見えていない、という状態に違いない。
仲良しグループな私達は、カヨっち以外に私を入れて四人もいるんだよ?
「しゅっと流線型になってる奥二重、俺は好きなんだよね。これ、目尻辺りのまつ毛だけ巻いたら色っぽくね?」
なんと、エシュメル魔王様が指さしたのは、カヨっちの隣で笑う私だった。
それでもってくっきり二重のカヨっちではなく、奥二重な私を褒めた?
「え?カヨっちじゃないの?」
「え?お前じゃ無かったか?俺は女教師風が好きなもんで。悪いな。じゃあこっちか?」
魔王が次に指さしたのは、私とカヨっちのさらに隣にいた、ほのほだった。
自分を見つけて「良い」という感想を言ってくれた感動は一瞬で消えた。
ほのほは私と同じもっさり系であるだけでなく、私と同じ奥二重系である。
エシュメルは、彼が好きな女教師系のアダルトビデオ女優として女の子を見ただけで、単に奥二重系が好きなだけの模様だ。
「いや、この子は違うな。この子は研究職につきそうだし、処女で死んだりはしなさそうなそつのなさもある」
エシュメルは私に流し目を寄こし、にやっと口元を歪めて見せた。
それから壁に向かって数歩歩いた後、とんっと壁を叩いた。
大きく映し出された私の顔の上にエシュメルの拳が乗っている。
いいえ、私の映像が彼に重なっている。
「やっぱこいつだ。そうだろ?」
アダルト女優も関係ない。
魔王様は全部わかった上で私を揶揄ったのだ。
私のコンプレックスを刺激する、という嫌がらせも込めて。
私は立ち上がり、聖女として人前でした事は無い振る舞いをした。
自分の不機嫌を知らしめるかのように、少々乱暴に髪をかき上げたのである。
魔王に一矢報いれられる台詞の一つぐらいは言ってやりたいじゃない。
そんな気持ちだったから。
「それは意識的か?」
「何が?」
はっ。
髪をかき上げてた!!と慌てて私は右手を下ろす。
無意識の行動だったが、聖女となった時どころかこの世界に生まれて物心ついた時には、親などから戒められていた行為である。
男の目の前で髪を弄るのは、誘って、という意味に当たるからって。
一矢報いるどころか、積極的に誘うみたいなことしてた!!
「ち、ちがいますう」
慌てた私は誤魔化しきれないと思いながらも、自分の髪を三つ編みし始めた。
ただでさえ評価爆落ち中の私なのだ。
これ以上エシュメルの心証を悪くしてどうする!!
「いいよ。そのまんまで。女教師風になるどころか、三つ編みなんかにしたら、まんまアダルトのなんちゃってJKみたいで萎える」
「女教師風何て目指してませんでした!!浮つき過ぎた自分を戒めるために髪を結おうとしただけで、ええと、え?」
エシュメルはにやっと笑うと、今度は私へと歩いてきたのである。
それから私が結いかけた私の髪の一房を摘まみ上げると、なんと、それをゆっくりと解き始めるのだ。
「あ、あなたは、ええと?」
「アハハハ。お前を拘束するには誘惑するのが一番か」
「え、えと。ゆ、誘惑してくれるの?」
「こうして可愛い反応をするならな。それから一つ教えてやるが、男が結った髪が好きなのは、自分でそれを乱してやろうと燃えるからだ。いいか?男はどうぞと書かれたドッグフードには喰らいつかない。喰うなと隠された生肉にしか反応しないのさ。それが毒入りだろうがな」
エシュメルは私の髪を解き終わったばかりか、私の髪に指先を入れて私の髪をゆっくりと梳いてきたではないか。
これが魔王である彼の真髄?
私の頭は髪の毛と同じぐらいに蕩け始め、呆けた私はただただ私の目の前の美しき人を見上げるしか出来なくなった。
エシュメルはそんな私の様子に大きな笑みを作ると、私の髪を撫でていた右手を頭上に翳した。
ぱちん。
魔王が指を鳴らすと、世界が変わった。
前世の私の姿が消えた代わりに、壁にはエシュメルの前世の姿が映し出されたのである。
「こっちだったらお前は俺に声などかけなかったな」
その声はとても静かで、なぜか残念そうにも聞こえた。
エシュメルの台詞通りだって、私こそ思ったから、かな。