中の人は……察せ!!
床に座り込む私は、震えながらエシュメルを見上げていた。
怖いって感覚じゃなくて、見下すように言い放ったエシュメルの声も私を見下ろす顔付にも、私は被虐心ばかりを刺激されてしまうのである。
そんな私の心情が駄々洩れであったのか、見上げた時に目が合った途端にエシュメルの口の端がぴくっと痙攣した。
「このくそ、が」
「くそだってかまわない。私は北の塔に配置されてから、あなたが城下を巡回する姿を目にした日から、あなたが良いなってずっと思ってたんだもの」
「ヒューゴでもいいって言わなかったか?」
「……二番目にヒューゴさんが素敵だなって思ってたもので。すいません」
「くそが。まあ、いいや」
「いいんですか!!」
エシュメルは思いっ切りビクッとした。
しかし彼は魔王様だからか、表情を尊大そのものに変えて私を見下し直す。
床に座る私を腕を組んだ傲慢な姿で見下ろす男。
私はエシュメルを見上げながら、ぞくぞく、どころではない。
期待でワクワクだ。
エシュメルは軽く溜息を吐くと、舐めろ、と私に言った。
「え?」
「だから、舐めろ。隷属する奴は這いつくばってご主人様を舐めるものだろ?って、お前は何をするつもりだ!!」
私はエシュメルのベルトに手を伸ばしていただけだ。
エシュメルはそんな私の顔を右手で掴んだ。
「アイアンクローするのは止めて!!」
「お前がふざけたことをし始めるからだ!!」
「だって、這いつくばって舐めろって、あなたが言ったんじゃない。あなたがぶら下げているそれは、魔王だろうが今は人間サイズでしょ?あなたが床に座るか、私の今のこの体勢で舐めるしか無いじゃない」
「違うわ、馬鹿!!普通奴隷が舐めるのは主人の靴だろ?なに最初から主人の大事な場所を攻撃しようとしてんだよ。処女って自己申告は自称か?積極的にお口でご奉仕って、お前ん中のハードルはどうなってんだ?」
私の愛読していたBL本は、ノンケな受けに対して攻めがまず受けの下半身を舐めたり扱いていたりしてイかせていたのである。
男でもイケるだろって、イっちゃった受けに攻めが色気たっぷりに囁いてさらなる性的行為へと進めていっちゃったりするのがテンプレだ。
まあ今回のこの場合は、聖女な私が私でもイケるだろって魔王に聞く、という、萌えるどころか終わってんなというシチェーションにしかならないけれど。
いえいえ、恋人のものを舐めるって、ちょっとしてみたかった体験だ。
気持よくなって喘ぎながら私を見下ろすって男の人の顔、それをリアルで見て見たい、そんな欲望が身のうちでめらめらと。
って、なに抵抗なく舐めるをしようとしてるの?私は!!
「わああ!私のハードルどこ消えた!!」
「お前にハードルが存在してたことがあったと聞いて嬉しいよ」
「なんか、あなたの方が私への思いやりがあるわね」
「捨て身過ぎていたたまれなくなっただけだ。っていうか、お前は本気で男を堕とす気があるのか?恥じらいを失った女はそこで魅力も失うんだぞ」
「恥じらい?男なんか百戦錬磨なキャバ嬢とか、百人切りしてそうな子にこそシッポ振っているじゃない。そんなこんなを横目で見ながら、引っ込み思案しての喪だった私の前世なのよ。今は頑張りに頑張ってどこが悪いの!!」
「繊細な俺が可哀想なんだよ!!大体俺も転生者だ。洋物のオーイエースは萎えるばっかりで趣味じゃ無いから自重してくれ」
私はぴたっと動きが止まった。
めらめらな欲望もしゅんと立ち消えてしまったよう。
それは、彼が転生者であるという事実が、ようやく私の脳みそに染み渡ったからである。
今の私の目の前の美丈夫は、中の人がいるゲームキャラそのもの、って感じ。
どんなに理想な外見のキャラだろうと、中の人が、私と同じパッとしない日本人だと気が付いてしまったからだ。
素敵この上ない声のアニメキャラに惚れたあとに、残念過ぎる声優外見を目にしてしまった時のような、そんな夢破れたって感じなのだ。
「すいません。彼女募集中の団員の紹介をお願いできませんか?」
「――お前、俺がいいとか言ってなかったか?」
「だって、中の人が残念だったらって思ったら萎えたし」
「てめえ、ふざけやがって。お前こそ中身を晒してやる!!」
エシュメルは部屋の壁に向かって右手を閃かせた。
ぱっと人物写真が壁に映し出されたが、その映像は小学校時代にプロジェクターで映し出された映像みたいな質感だった。
死んだ時には三十代半ばの私がその映像で学校を想起してしまうのは、それが私の高校時代の修学旅行での友人との写真であるからでもあろう。
思い出の中だけでない、友人達と一緒に撮ったスナップ写真の中の一枚。
「――笑ってやる気だったが、お前は意外にイケてたな」
私の過去を勝手に壁に映し出した男は、初めてと言える好意的な声を出した。
でも、イケてる?
改造していない長めスカートの制服を着て、校則通りに肩くらいの髪の毛を二つ髷にして微笑んでいる、どこにでもいるモサ子だよ?
隣で笑顔のカヨっちと間違えているのかな。
私はこれこそがエシュメルが彼の中の人を否定した私への復讐なのかなと思いながら、過去の喪女だった自分自身、高校時代はそれでも恋を夢見てたはずの自分を見つめた。