二人きりになれる場所で
死ぬ前に良い男といい思い出を作ろう作戦。
それを決行するならば、当たり前だが真夜中だ。
男の人に、一夜をちょうだい、なんて強請りに行くのだ。
真昼間になんかしてその行動を人に知られたら、聖女な私が普通に死ねる。
社会的にね。
だが今は、事前検討のお願い、を真昼間にしておけば良かったと反省中だ。
酒場から単身で出てきた騎士エシュメルに話かけたところまでは良かったが、彼が噂通りに真面目な団長様であったからか、私を役人の詰め所に連れて行こうとしているのである。
聖女が売春婦と間違えられて役人に手渡される?
予知夢の中での処刑シーンが私の脳裏で蘇った。
夢と違って阿鼻叫喚どころか町民たちのプークスクスの中で、顔見知りの役人に首を刎ねられるって映像だけど。
「ちょ、ちょっと待って。あなたを呼び止めたのは、大事な話のためなの。あなただけに話さなきゃいけない、秘密の秘密のお話なの。お願い。大騒ぎになることをしないで」
「君は?」
エシュメルは詰め所に向かう足を止めてくれたが、私の腕を掴む手を緩めはせずにあからさまに訝しむ目線を私に向けた。
わお、エシュメル様はサファイヤブルーの瞳なだけでなく、虹彩に黄色とグリーンが映り込んでいるという、珍しいアースアイをお持ちなのね。
そ、そんな瞳で見つめられたら!!
「君?」
「あ、はい。わたくしは北塔のトゥルーナですわ」
「聖女の?」
私はコクコクと頷く。
大失敗だわ、なんて思いながら。
私は謎の女性のまま一夜を経験しようと考えたのに、朴念仁騎士のせいで名乗らねばならなくなるだなんて!!
一夜の後の明日からをどうしましょうよ?
いいえ、エシュメルこそ内緒にしたいぐらいの夜にしてやればいいんだわ。
「ほんもの、か?」
「ガリビキアに私以外で凍傷の術が使える魔女がいて?」
聖女と崇められている私であるが、攻撃魔法はしょぼいの一言だ。
だがこの攻撃は魔法を使えない人にはかなりの恐怖らしく、聖女としてはパッとしない私だが、畏怖対象としては一二を争うぐらいらしい。
そして砦を守るエシュメルこそトゥルーナの技を畏怖していたらしく、凍傷を手の平に受けまいと私の腕から彼の手がぱっと外れた。
両腕が自由になれば私はどうするか。
生贄の処女が懇願するように両手を組むと、エシュメルを上目づかいで見上げて、お願い、と懇願してみた。
今の私は美人なんだから、美人の上目遣い攻撃は男の人には効く、よね?
エシュメルは私が期待した振る舞いはしなかった。
フンと鼻を鳴らし、腕を組んで偉そうに上から私を見下して来ただけである。
その絵面もイイ、と思っちゃう私って変態。
顔がにやけてしまうと、私は顔を下に下げた。
「脅えないで顔を上げてください。トゥルーナ様」
「優しいか!」
私は勢いよく顔を上げる。
エシュメルはちょっとビクついたみたいだけど、私に向ける尊大な態度は変えずに私に疑問を投げ返して来た。
「聖女が一介の騎士に頼まねばならない願いとは何です?聖務局のリンゼイさんならば、あなたの頼みならば何でも聞くでしょうに」
リンゼイさんはベルトにお腹の脂肪が乗っているの。
頭髪もほとんど失っている上に、私の傍に来ると鼻息が荒くなるのよ。
今の私のお願いを何でも聞いてくれるのは確実だけど、私は夢が欲しいの!!
「お、大ごとにしないように、あなたに、なんです。団長様。私が見たのは単なる予知夢です。予知夢でもないかもしれない不確定なものです。そんなもので市井を混乱させてはいけませんでしょう。お願いします。二人だけの内緒として、誰にも話を聞かれない場所、ええと、あなたの部屋でも行けませんか」
「俺の部屋は寮ですからね、内緒話には適しません。仕方がない。三日前に空き家となった建物がある。そこに行きましょう」
「感謝しますわ。団長様」
「連れこまれたら聖女サマでも俺を罵倒したくなる場所ですけどね」
いいえ。
あなたにどこかに連れこまれたい、が、真実ですから良いですわ。
そんな風に私は五分前に思いました。
朴念仁騎士が私を連れこんだ場所は、流行病で住人全員が死んだからと、窓から入り口から、全部封印されている家だった。
壁には病気で苦しんだ人の生きていた時の証といえる、爪でひっかいた跡や吐いた血痕の汚れが残っている。
わあ、床の上を何かが走った。
ネズミ?ゴキブリ?
「さあ早く話してください。すぐに出たいでしょ。そしてあなたは反省してください。どんなに大事なことでも、良く知らない男の後などひょいひょいついてきちゃいけないんですよ」
なんて良き人!!
私は感動どころじゃ無い。
私の目の前の私の理想そのものの美丈夫は、私に向かって腕を広げる。
それは、俺の胸に入っておいで、ではなく、こ~んな場所だよ、というジェスチャーであることはよくわかっていたが、私は彼の腕の中に飛び込んでいた。
「聖女さま?」