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可愛い彼との関係性

作者: サナ

 


 魔石や魔鉱石に魔術式を付与するとき、体の中から少しずつ消費される魔力の感覚が好きだ。魔石や魔鉱石の僅かな抵抗を感じるときも好きだし、自分の付与する魔力が呼吸と共に馴染んでいき、付与した魔術式が紋様となって変化していく時間も好きだ。


 私の名はシャロ・ウェイン。年齢は二十七。魔石・魔鉱石専門の術式付与師であり魔術紋様研究者である。

 十六歳から魔石・魔鉱石の魔術式付与の専門学校へ行き、卒業後の二十歳からは魔石や魔鉱石に魔術式を付与した際に、石の中の魔術式が不思議な紋様に変化する過程やどんな組み合わせでどんな紋様が生まれるのかを特定し研究する専門の研究所で働いていた。

 そして二年前からはペイグルという街の片隅で魔石・魔鉱石を扱う個人店のアクセサリーショップ『リーリア』を開業し、今では魔石や魔鉱石に魔術式を付与をしながら毎日気ままにアクセサリーを作っている。



 ポタポタと額から輪郭をなぞって汗が流れた。

 手元で紫色の魔石がキラキラと輝き始め、今私が付与し終えたばかりの魔術式を受け入れるかのように石の中で “式” が “紋様” へ変化していく。

 息を潜め、石の中で起こる現象をジッと待つ。物にもよるのだが、変化の過程を見れるのは三十秒ほどだ。

 キラキラした光が唐突に消えて、付与の終了と共に完成を告げる。

 同時に「はぁ~」を息を吐き、顔を上げた。


 そして、顔を上げた先に見慣れた青年が立っていて思わず肩がビクッと跳ねる。

 視線が合って、私も彼も慌てたように声をあげた。


「わっ、ビッ、ビビビビックリした!!!!」


「あわ、あわわわわ! す、すすみません! その、声をかけない方が良いかと思って! 」


 顔を真っ赤に染めながら眉尻を下げて言う青年が、まるで何もしていないと証明するかのように両手を胸のあたりまで上げる。その慌てた仕草が可愛くて、思わず 「ふふっ」 と笑ってしまった。 

 時計を見ると十時になろうとしている。開店してから一時間半も経っていたのか。


「ううん……こっちこそ気づかなくてごめんね」


 今日は一日雨予報のため朝からお客様は来ないだろうと思って、店内の応接間代わりに使用しているソファーに座りコーヒーテーブルに機材を置いて魔石に魔術式を付与をしてしまっていた。

 ちゃんと作業場がレジ裏のドアの向こうにあるのだが、店内に誰もいないのはお客様が困るかもしれないと思ってここで作業していた……なんて言い訳じみたことが頭の中に流れる。

 彼が来ても気づくことなく夢中になっていたのだし、魔術式付与は営業時間外にすべきだった。


 雨が強く屋根を打つ音が聞こえる。店の看板を出した時には小雨だったのに、いつの間に大降りになっていたのだろう。


「いつから来ていたの?」


「少し前に来たところですよ」


 本当か嘘かは分からないが、青年がにこやかに返してくれる。

 彼の名前はヒース・ラングレイ。

 明るい茶色のくせっ毛で二重の大きな目に綺麗な水色の瞳を持つ青年は、この店によく来てくれる常連のお客様である。

 年齢は二十代前半で、職業はハンター。格好いいより可愛いという言葉が似合う顔立ちであり、雰囲気も柔らかく声も穏やかで優しい話し方をする人だ。


「もしかして今から仕事?」


「今日は休みです。久々の休みなんですけど部屋でボーっとするのも性に合わないから、この時間ならシャロさんのお店なら開いてるかなって……」


「うちは周りの買い物できそうなお店に比べたら早めの開店時間だものね。この後に予定が無いならソファーに座って? 飲み物くらいしか出せないけど」


「えっ、そんな……良いんですか?」


 嬉しそうな表情で、しかし遠慮気味に言う彼にまた少し笑ってしまった。

 彼がこの店に来始めてから、ソファーに座るよう勧めたのは初めてだ。いつもはレジカウンターでのやり取りだったから。


「……来てくれているのに気づかなかったお詫びってことで」


 なんとなく自分への言い訳も含めてそう言うと、彼はやっぱり嬉しそうに微笑む。

 その表情に、私もつられて微笑んだ。




 コーヒーと紅茶、ミルクの三択からホットミルクを選んだヒースさんのために、一人作業場のミニキッチンでミルクを温める。

 彼がお店に来るのは三日ぶりだ。週に二度三度と高頻度でお店に来ては買い物をしてくれるので、自然と話をするようになった。

 とはいえ、彼との関係性は店主とお客様だ。私からプライベートな話を振ることはほとんど無いし、彼が自分の話を深くすることもない。


 それを、今の私は残念に思っている。

 彼が店に来始めたころは、熱心に商品の性能を聞いてくるから魔術式を付与された魔石が好きなんだなと思う程度で特別興味も持っていなかったのに……。

 私の彼を見る目が変化したのは、それまで気にしていなかった小さな疑問を真面目に考える出来事がきっかけだ。


 小さな疑問とは、その時の私には本当に些細なことだった。

 どうして彼は視線が合うと顔を真っ赤にするのだろうか? 商品の受け渡しをしただけでどうしてそんなに耳まで赤くなるのかしら? いつも何かを言いかけて言葉を飲み込むのは何故なのだろうか?

 ふと思った程度の小さな疑問は、彼が店に来ると毎回の目にすることだったため深く考えたことが無く 「そういう人もいるよね」 と思って気に留めることがなかった。


 そんな何も気にしていなかったある日。

 いつものようにレジカウンターで商品を受け渡したときに、彼が顔を赤くしながら 「す、好きな人や恋人はいますか? 」 と聞いてきた。恋をしていなかった私がその問いかけにそのまま正直に答えると、彼は 「シ、シャシャ……シャロさんって呼んでも良いですか? その、僕のことはヒースと呼んでもらえると、う、うれしいです……」 と緊張感の伝わる声色で言ってきたのだ。

 彼がお店に来始めてから三か月ほど経ったときの出来事である。


 その時の彼の姿と言葉がきっかけで、それまで気にしていなかった小さな疑問が頭の中で主張をし始めた。

 なぜ彼はすぐに顔を赤くしてしまうのか、そういえば挨拶程度でも嬉しそうに返してくれていたような気もする。ハンターだから魔術が付与された付与魔石や付与魔鉱石の道具がたくさん必要でお店によく来るのだと思っていたけど……。

 頭の中で小さな疑問だけでなく、他にも彼が私に見せる態度が思い出される。そうして真面目に考え思い出すほどに、これらの事象が何を示しているのかを私に予想させた。


 ヒース・ラングレイは私に恋をしているのでは?


 その予想が頭の中に浮かんだとき、嫌な気持ちにはならなかった。むしろ自分を好いてくれているから照れて赤くなってしまうのかと思うと、可愛いなぁとくすぐったい気持ちになった。

 その日以降、なぜ今まで気にならなかったのかが不思議なほど彼は私にサインを送っていたんだ! と思うことが多くなった。

 視線には熱が含まれていて、目が合うとすぐに視線を逸らすのにいつも耳まで真っ赤にしてしまうところや、商品を見ながらもチラチラと私を気にして見ていること、会計後の帰り際に見た横顔はとても名残惜しそうな表情をしていたこと。気づかなかったサインを発見するたびに、私の胸には彼を可愛いと思う気持ちが積もっていく。


 もっと彼のことを知りたい。そう思って彼を観察しながら―――― 二か月も経ち、今に至っている。



 この二か月、私と彼の関係性になんの変化もない。微塵も変化していない。

 彼は変わらずよく店に来てくれるし、レジカウンター越しで商品について軽く話すときも嬉しそうな表情をしている……と思う。

 店内でチラチラと私を見ているし、商品の受け渡しで手が触れると耳まで真っ赤にして会計後はいつも何か言いたげにするのに言葉を飲み込んだような空気を出しながら帰っていく。


 そう。何も起こらず、何の変化もないまま彼は帰っていくのだ。


 私の予想は完全に思い込みで勘違いで自惚れだったかな? と思う気持ちがモヤモヤと私の頭上を覆う。

 勘違い女にはなりたくないし、彼を知りたい気持ちを捨てるつもりもない。このまま穏やかに彼が動くのを待っていても、なにも起こらない可能性があるならば自ら関係性を動かすしかない。


「ジャブを入れよう。そう、小突く程度の軽いジャブだ」


 大きく動かす必要はない。少しずつで良い。




 二つのマグカップを持って店内へ戻ると、私に気づいたヒースさんが嬉しそうに笑みを浮かべて姿勢を正した……ように見える。

 私の目は正常だと思いたい。


「お待たせ。少し砂糖を入れたんだけど、甘くても大丈夫かしら?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 テーブルの上にマグカップを置こうと思ったけれど、視界に入ったのは置きっぱなしの機材と魔石。私ってば、機材も魔石も置きっぱなしにするくらい冷静じゃなかったらしい。

 空いているスペースにマグカップを置いて、何食わぬ顔で機材をカウンター裏の棚に持って行った。


「綺麗な魔石ですね。ウォルクスの魔石ですか?」


 声をかけられて振り返ると、テーブルに残された魔石を見つめる彼の姿があった。

 さっきまで魔術式を付与をしていた紫色の魔石だ。紫色の魔石なんてたくさんあるのに、ヒースさんの鑑定眼はかなり正確らしい。


「さすがハンターさんね。その通り、ウォルクスの魔石よ」


「良かったぁ~当たってた。ウォルクスは前に狩ったことがあって、その時に出てきた魔石と似てるなぁって思ったんです」


「狩っ……狩っ? そ、そう。ヒースさんって、強いのね」


 魔鳥ウォルクスは、かなり強いから魔石もなかなか出回らないって聞いてたんだけど……? 戦いたくない魔物ベストテンに入ってるって聞いたことあるんですけど? ハンターランクの最上位層やそれに近いハンターしか狩れないって……え? え? 


「強くはないです。偶然弱ってるウォルクスに遭遇して……本当に運が良かったです」


「そう? そう、なのね……」


 ニコニコと笑みを浮かべるヒースさんからは、その言葉が本当なのか読み取れない。

 私に分かるのは、週に二度この店の魔術式付与をされた魔石や魔鉱石のアクセサリーを買っていく収入があることくらいだ。私の店にある商品は安くないが、実入りの良いハンターさんなら買えるものも多い。

 つまり、彼の強さは分からない。

 人柄だけなら、彼の言ってることを丸々っと信じれるのだけれど……。穏やかな人だし可愛らしいし。


「ウォルクスの魔石ですし、やっぱり魔術式は “疾走” ですか?」


 にこやかに彼は魔石を見る。彼は初めて店に来た時からよく魔術式や魔石について聞いてくることが多かったから、今回も気になっているのだろう。

 彼の強さについては一度頭の隅っこに追いやることにした。


「ウォルクスの魔石の特性を考えるとそれが一般的なんだけど、今回は不思議な魔術式にしたの」


「不思議な魔術式、ですか?」


 魔鳥ウォルクス。戦いたくないベストテンにも名が挙がるこの魔鳥は、凶暴で好戦的と言われている。種を問わずどんな大型の魔物にも戦いを挑み、空の魔物にも陸の魔物にも容赦なく戦闘をしかけるそうだ。


 そんなウォルクスの魔石には特性がある。

 “空気抵抗軽減”

 魔術式を付与する前から、魔石にはすでにウォルクスによってこの特性が付与されている状態なのである。


「ヒースさんが言うように、ウォルクスの魔石と速く走れる “疾走” の魔術式は相性が良いわね。あとは “浮遊” も相性が良い。でも、もっと相性が良い魔術式があるの」


「もっと相性が良い?」


「そう。 “空中遊泳” の魔術式よ」


「え、ええと……いまいちピンと来ていないんですが、空中を泳ぐ?」


「そうなのよ。不思議なことに、ウォルクスの魔石に一番相性が良くて付与の時の抵抗も少ないの」


 実はこのウォルクスの魔石と “空中遊泳” の魔術式の相性は、私が研究所に所属していた時に見つけた研究成果だ。

 ウォルクスの魔石は、どういう理由かは分からないが “疾走” や “浮遊” の魔術式を少し強めに抵抗しつつ受け入れ紋様となるのに、それ以外の “空中疾走” などは受け入れてくれない。魔石の中で激しい抵抗を受けて魔術式が形を保てず魔石が割れるのである。

 ウォルクスは戦闘時の飛ぶスピードが速いため、空中での移動魔術式や飛ぶことに関する魔術式が良いはずなのに、と他にも様々な魔術式を試してみた。

 けれど、かなり抵抗されるのだ。


「空中は走るところじゃない!」 と怒っているような抵抗をしてくるウォルクスの魔石。


 何が良くないのか分からずに研究所の池の魚を眺めていた私は 「ウォルクスは泳いでるつもりだったのかも~」 なんて冗談で思ったのだ。

 その結果、相性抜群だったのである。


「泳ぐっていうと難しく考えてしまうかもしれないけれど、慣れると信じられないくらいの速さで空を飛べるのよ。まさに鳥になったみたいにね」


「!? そ、そんなに速く飛べるんですか?」


「そう。かなりの速さで飛べるの」


 私が言うと、ヒースさんの瞳が興味津々と言わんばかりに輝く。

 分かるわ。鳥みたいに飛んでみたいわよね。私は当然使ってみたけど、ほんとに気持ちが良かった。

 同時にヤバい組み合わせを見つけてしまったって思ったわ。


「でもね、売買には審査が必要なのと使用許可証を発行するために一年の訓練期間が必要で、付与魔石の危険度Aランクの組み合わせなのよ。使用者は命大事にしようねっていうタイプの……」


 “空気抵抗減少” って怖いのだ。訓練していない人が調子に乗って壁や地面にぶつかったとき……いや、思い出さないでおこう。


「これ、とんでもない付与魔石なんですね……。だから聞いたことなかったのか」


 納得したように言うヒースさんは、静かに魔石を見つめる。

 危険度の高い付与魔石は、まるで蓋をされるかのような扱いになる。

 それにその付与魔石を知ったとしても、危険度が高く、審査もあって使用許可証を発行できるまでに一年の訓練期間が必要となると、欲しがる人も審査を通過し許可証を貰える人も少数となるのだ。それこそ、最上位のハンターや国の騎士団などが該当する。


「ロマンのある魔石ですね。空を泳ぐように速く移動できるって、羨ましいかも。どんな感じなのか想像だけが膨らみます」


「気になるなら審査を受けてみると良いかもしれないわね」


「そうですね。仕事が落ち着いたら考えてみます」


 ちょっぴり名残惜しそうにウォルクスの魔石を見る姿が、とっても可愛い。まるでしょんぼりした子犬のようだ。

 仕方ない。可愛さに免じて面白いものを見せてあげよう。


 私はカウンターからペンライト取ってまたソファーに座る。

 ウォルクスの魔石を片手に持って、その中を照らすようにペンライトの光を当てた。


「少し眩しいかもしれないけど、これを見て?」


 私が言うと、ヒースさんが前のめりになって魔石を覗きこむ。

 そして、彼は小さく呟いた。


「…紋様が鱗みたいだ」


「ウォルクスが自身を魚だって思っていたとは考えにくいけど、この紋様を見たらそれもあり得るのかな? って仮説を考えてしまうわね」


 光に照らされた魚の鱗のような紋様は、魔石の中でゆらゆらと動く。水中で泳いでいる紫色の魚のように見えるのがとても美しい。

 なぜ空を飛ぶ魔鳥の魔石なのに “空中遊泳” の魔術式が一番抵抗なく受け入れられるのか、なぜ紋様が魚の鱗のように見えるのか、とっても不思議で神秘的だ。


「僕は、魚に憧れているって説にしようかな。ウォルクスは泳げないから」


「あら、意外にしっくりくるかも」


 顔を上げたヒースさんと目が合って、二人で同時に笑う。

 その瞬間、「この人ともっと近づきたい」 と心にストンと想いが落ちてきた。




「ねぇ、ヒースさん。私がご飯に誘ったら付き合ってくれる?」


 意識するより先に、自然と私の口からポロリと言葉が出る。

 あっ、と思った時には出てしまっていた。


 目の前のヒースさんは、固まっている。

 文字通り固まっている。ピクリとも動かない。瞬きもせずに私と目が合ったまま固まっている。


 言ってしまったのは仕方ないので、固まったヒースさんをジッと見たまま返事を待つ。

 すると、顔がどんどん赤く染まっていき耳まで色を変えてしまった。


「ぼ、」


「ぼ?」


「ぼ、ぼくでよければよろこんでお付き合いします……したいです」


 たどたどしい話し方で彼は返事をくれた。

 少し言葉尻が小さかったが、食事には一緒に行ってくれるようだ。

 彼の返事と反応に、私は少しの満足感と安心感を得た。


 やっぱり彼は私のことが好きだと思うのだけれど……


「それじゃあ、いつ行くかきめましょうか?」


「ふぁい」


 とりあえずは、店主とお客様の関係性から『一緒に食事に行く』関係性になったことを喜ぼう。

 そうして、少しずつ彼のことを知っていきたい。




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