第八八話 求心ですわ!
遅れて申し訳ありません!
来週も少し遅れる可能性ありますが……翌日には投稿いたします!
逸れ者の里:集会所
オディールが自慢げに胸に手を当て、裁判官気取りの男に目を向ける。
裁判官気取りの男は、話の流れがオディールへの追及から逸れつつあることに気付いた。
泉への破壊行為に対する補償や魔物の扱いなど、里の者の利益に直結する話はもう済んでいる。
今論点となってしまっているのはオディールが領主か否かであり、彼女はこの機に乗じて演説を行おうとしている。
「──そんな話──」
話を遮り、さっさと追い出すために裁判官気取りは声を張り上げようとした。
けれど、そこで彼は気付く。
いつの間にやら、集会所に集まってきていた誰もが、オディールの話に耳を傾け始めていた。
「あら、皆様は私の話を聞いてみたいようですわよ? 皆様にとっても、悪いお話ではないと思うのですけれど」
「っ……」
オディールの弁舌に説き伏せられていると分かっていながらも、裁判官気取りはオディールの演説を止められない。
既に大衆の心を掴みつつあるオディールを退出させてしまえば、裁判官気取りの今後の里での立場が危うくなってしまう。
元々子供と一緒に遊び回ったオディールは、子供たちからの人気を集めており、そんな子供を見た大人たちの一部も徐々にオディールを信頼し始めていた。
加えて、先程の記録魔石によって里の者を脅かした魔物を討ち取った英雄と化している今、オディールの求心力は里の中でも、里長に次ぐほどになっていた。
「くっ……いいだろう、手短に話せ」
「では、そのようにしますわ──」
それからオディールは、数分に渡って自分の理想を語った。
全容を理解できたのは、僅か数人程度。
けれど、遠大で壮大な夢を耳に入れられた里の者たちは、自然とオディールに惹きつけられていた。
「──とまあ、そういう訳ですわ。これは最後ですけれど、その為に皆様の協力を仰ぎたいのです」
「協力だと?」
「皆様、魔王軍が近頃きな臭い動きを見せているのは御存知でして? 帝国は魔王軍への対処のため、各地で労働力を欲しています。我がブルーネン領も例外ではありませんわ」
元々、オディールが自ら遠征に出掛けたのは、帝国首都から来た魔王軍討伐要請に多少なりとも協力するための、人材確保だった。
前線にて戦う兵士だけではなく、戦時中の経済を支える商人や、武器や防具の生産を行う職人、食糧生産に従事する百姓まで、ありとあらゆる範囲の人材が求められる。
特にブルーネンは商人組合キルオ同盟の拠点の一つということもあり、各地のモノが集積する一大交易都市。
そこにほど近い農作物や日用品の供給拠点として、逸れ者の里は非常にうってつけなのだった。
「先程も言いましたが、皆様それぞれのお力は素晴らしいモノばかり。理解が得られずとも、そこは私が何とかしますわ」
理解、という単語がオディールの口から出た瞬間、集会所に来ていた大人たちのうち何人かが、きゅっと胸を掴んだ。
生まれたところで受けた差別やいじめ、親と異なる外見で生まれたことで虐げられた経験が、彼ら彼女らの頭の中で流れ出す。
「皆様が色々と経験してきたのは知っていますわ。けれど、ここは私を信じて頂けませんこと? ……実は私、外見には少々自信があったのですけれど、この耳だけはちょっと複雑な気持ちでして」
呟きながら、オディールは髪をかきあげた。
瞬間、彼女の尖った耳が露わになる。
それこそは森精族の証、森に親しみ命を統べる裁定者であることを示す、身体上の形質だった。
「長い耳でしょう? 見た目だけなら羨ましがられることもありましたわ。けれど、こんなもの何の役にも立ちませんの。私、魔法は使えませんから」
「……嘘を言うな」
「嘘なんかじゃありませんわよ。これでも相当な術師に師事しましたが、結局炎の一つも出せませんでしたわ」
輝かしい貴族としての経歴の中に、仰々しく刻まれた無能の烙印。
思い出す度に苛立ちがぶり返す陰鬱な日々を受け止めながら、オディールは大衆の心を動かさんとす。
「苦しいことも、心無い言葉を掛けられたことも、数えられないほどですわ──それでも、立ち止まる理由にはなりませんの。だって、この私がくすぶっているなんて、余りにも大きな損失でしょう?」
傲岸不遜で自信満々、セバスの御陰で獲得した気質が、オディールの脚を支える。
「皆様だってそうですわ。辛いこと、大変なことはあったと思います。でも、どうか、また一歩を踏み出してみませんこと? いつだって、私はあなた方の隣にいますわ」
前ではなく、後ろではなく、もちろん上でもなく、隣。
それこそはオディールの願う美しい世界の顕れの一つだった。
応答を待って口をつぐむオディール。
心が揺らぎかけていた裁判官気取りは、暫く口を開けることができず。
一番に口を開いたのは、縄職人の息子だった。
「な、なあ。姉ちゃんの言うこと、信じてもいいんじゃねえ……?」
「あら、貴方。かくれんぼのときの」
一緒に遊んだ子供の顔を覚えていたオディールが、口を開いた男の子を見て呟いた。
「あの姉ちゃんと遊んだときさ、すっげえ楽しかった。大人なのに、子供みたいで。なんていうか、おんなじだな、って」
まだまだ言語化能力が高くない子供なりに、感じた思いを述べていく。
野山を駆ける子供と同じ目線で、同じ尺度で、同じ楽しみ方をしていたオディール。
厳密に言えば記憶を失っていたロトとしてのオディールだが、根っこの部分はロトでもオディールでも変わっていない。
「あたしも、あたしもそう思う!」
「ん、おれも、楽しかった」
「そうだよ、あのヒトなら信じてもいいよ!」
「皆様……」
次第にオディールを支持する子供たちの声が増えていく。
呼応するようにして、里の大人たちも囁き始めた。
「なあ、俺も信じてみてもいいんじゃないかって、思う。子供たちがここまで言ってるんだし」
「うちも。外のヒトってずっと、得体のしれない怖いもんだって思ってたけど……あの人は、理解できる気がする」
「ああ。グルンドを助けに行ってくれて、魔物まで倒してくれたんだろ?
疑う理由なんか、どこにもないじゃねえか」
囁き声は大きくなり、集会所をざわめきが包む。
そのどれもが、自分を支持するものだと理解し、オディールは胸を撫で下ろした。
オディールは自分に出来る説得は尽くしたつもりだったが、人の心を完全に読むことなんてできやしない。
自信に満ちた彼女でも、里の大人たちが暴れ出す可能性までは考慮していた。
「……」
裁判官気取りは察する。
最早この場において、自分が発言したところで不興を買うだけ。
「……静粛に。この里の代表として、ひとまずの結論を述べる」
木槌で台を軽く叩き、裁判官を買って出たからには果たさねばならない、最低限の役割を全うする。
一つ咳払いをして、裁判官気取りは続けた。
「この場において、オディールが提案した内容を、基本的にすべて承諾する方向で話を進める。詳しい協議については、追って行うものとする。それでよいな?」
「ええ、それで構いません、感謝いたしますわ。私もブルーネンの代表として発言していますが、まだまだ話を付けなきゃいけない方々はいらっしゃいますもの」
謝辞を述べるオディールは、頭の中で服飾協会の会長や錬金術協会の会長を思い出していた。
比較的協力的な服飾協会長はまだしも、錬金術協会長を丸め込むのは、恐らく骨が折れる。
しかし今後待ち受けるだろう苦難を今から嘆いていても仕方ない、他ならぬオディールがそれに近いことを問いかけたばかりだ。
「では、本日はこれでお開きとする。貴様はまた後日、里まで来るように。いいな」
「わかりましたわ。では、また後日。行きますわよ、セバス」
一礼して、オディールは集会所を出ていった。
主の背中に従うセバスが、思う所を喋る。
「鮮やかな手腕でした、お嬢様。ブルーネン議会を開く際のような弁舌でしたね」
「これくらいは、ね。修辞法も先生から学んでいますけれど……根回しができない分、今回の方が正直しんどかったですわよ」
自分の主張を呑み込ませるために、言葉遣いや身振り手振りを活かして説得力を持たせる手法が、修辞法。
老爺がオディールに教えた内容は、貴族のたしなみとしての最低限度を大幅に上回る、帝国首都中枢でも通用するようなものだった。
しかしその教えとは、事前の一の言葉は現場の百の言葉に勝る、というもので、何よりもまず事前準備をしっかりとしておけ、というものだ。
その教えを十全に活かせず、オディールは内心びくびくだったのである──もっとも、そのような内心を覆い隠す技量こそ、貴族のたしなみであるのだが。
「根回し、ですか。自分の目には、十二分に出来ていたように見えましたが……お嬢様が謙遜するとは、明日は雹でも振るのでしょうか?」
「一言余計ですわよ!?」
軽口を交えるセバスだが、オディールが日頃の振る舞いや行動から信頼を勝ち取っていたことは、素直に素晴らしいことだと思っていた。
決して口には出さないが。
気を取り直したオディールが、温かな日差しの下で伸びをしつつ、今後の方針を明確にしようと試みた。
「さて、それじゃあ、あの魔物をどうするか、本格的に考えないといけませんわねー。飼い慣らすとは言いましたが、正直武力に関しては貴方がいれば十二分ですし」
「それについて、私から一つ提案があります──ゴドレーシ家に提供しませんか?」




