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第七話 第一町人発見ですわ!

「あぁ、助けてやるよぉ。その代わりあたしに付いて来てくれよなぁ?」

「それは有難いですわね。お礼は何が御望みかしら? (わたくし)の懐事情だとそうたいしたものは上げられないけれど」

「へへへぇ、いぃんだそんなのぉ。気にすんなぁ」


 フードを目深に被った焦げ茶色の髪の少女が、ひたひたと足音を鳴らしながらオディールの下へ歩み寄る。

 上半身がふらふらと力なく揺れており、人気のない通りに表れたという状況も相まって幽霊(ゴースト)か何かのようにも捉えられる。

 足音がするか否かで幽霊か人間かを判断できるというのは一般に流布している言説であり、厳密に言えばその一点だけで判断を下すのは早計であると言わざるを得ないのだが、大抵の場合は足音が重要な基準となる。

 そしてフードの少女の足音は確かにオディールの耳に入っているため、彼女は必要以上の警戒をしなかった。

 それどころか初対面であるにも関わらず殆ど全幅の信頼を寄せていた。


「悪いですわね、けれど誓ってお礼は致しますわ。それでは早速ですけど、大通りへ連れて行ってくださいまし」

「おおぉ、分かったよぉ。そんじゃ付いて来てくんなぁ」


 フードの少女はオディールの横を通り抜け、細い路地へと入っていく。

 何度も道を曲がり、時には道とは呼べないような塀の上を歩きもした。

 素足の少女は器用に、軽快に飛んで跳ねて進んでいくのだが、踵の高い靴を履いたオディールはそうもいかない。

 一つ一つ塀を登ったり木から下りたりするたびに、スカートの裾を持ち上げて大きく足を開き、何とかフードの少女に着いて行く。


「ねぇ貴女、本当に此方で合っていますの? もう随分と歩きましたけど、一向に着く気配がありませんわ」

「へへぇ、気にすんなぁ」

「いや、気にしないでとか言われましても……」


 不平を垂れながらも一度頼むと言ってしまった以上は、それを覆すのはルーフェ家の名折れ、貴族としての矜持に反する。

 それに嘘を吐くというのはオディール個人として最も嫌う行為の一つだ。

 悪路を進まされて蓄積する鬱憤を晴らす当てもなくただフードの少女の背中を追い掛けると、やがて少女は地下へと続く階段を下っていく。


「地下に行きますの?」

「そうだよぉ、近道なんだぁ」

「そうなんですの、それならそうと早く言ってくださいませ……要らぬ気苦労を致しましたわ」


 見通しが利く地表ではなく地下を行く、というのが如何にも地元民の近道らしく、オディールは溜飲を下げた。

 ひたひたというフードの少女の足音は壁に吸い込まれていくが、オディールの踵がコツコツと踏み鳴らす小気味良い反響が地下空間の広さを推察させた。

 路地裏にも蜥蜴やネズミは存在したが、地下の衛生状況は路地裏とは比べ物にならないほど酷く、鼻を衝く腐乱臭にオディールが顔を顰める。


「……ねぇちょっと貴女、あとどのくらい地下を進みますの? 私このような空間は不慣れですの」

「へへぇ、気にすんなぁ」

「それ決め台詞か何かですの?」


 情報の増えない返答を半分聞き流しながら、オディールの目は風化した壁をよじ登る節足動物の姿を捉えていた。

 貴族の令嬢としては珍しく昆虫への忌避感が薄い彼女だが、湿度が高く備え付けの照明の明度が低い環境の双方が加わって薄気味悪さを感じ始める。

 心なしか踵の硬質な音もその間隔を縮め、反響も次第に小さくなった。

 発展した都市は大抵対策を講じているとはいえ、幽霊が出没しそうな雰囲気に小心者の側面を発揮したオディールは何かしらの雑談を試みる。


「ねぇ貴女、名前はなんて言うのかしら?

 私はオディール・ルー──いえ、オディールと申しますわ」

「あたしかぁ? 名前、名前ぇ……あぁ、確かマギーラ、だったかなぁ?」

「確か、って貴女、自分の名前覚えてないんですの?」

「あんま使わねぇしなぁ」


 怪訝な表情のオディールだが、フードの少女の背中に悲壮感を覚え、それ以上の口出しは憚られた。

 自分も勘当された事実を敢えて隠した節があるので、後ろめたさを感じていたのも理由の一つである。

 それに「普段は名前を使わない・使う必要が無い」という状況がどんなものなのか想像もつかなかった。

 再び舞い降りた沈黙に、オディールは何を喋ったものかと脳内で話題を拾っては捨て、拾っては捨てを繰り返す。

 自分と目の前の少女とでは余りにこれまでの生活環境が違っているだろうという確信があり、何を選んでも大して会話が続かないという予感があったのだ。

 ふとオディールが人の気配に気付き恐る恐る右手方向を流し見すると、照明が殆ど機能を発揮していなかったために認知が遅れたが、そこにはやはり人影があった。

 セバスのいない場所で未知の恐怖に晒された彼女は泣き出したいのをぐっと堪え、目に映ったのが生きた人間であると断言できるまでしっかりと観察をした。

 呼吸で上下する胴体や握った酒瓶、きっちりと足首が目視できたところでようやく胸を撫で下ろし、前方のフードの少女の肩を叩く。


「ん?

 何かぁ?」

「あ、あの、あちらにいらっしゃる方なんですが」

「ん~……あぁ、あれは()()()だねぇ」

「じゅ、十おじ?」

「十おじは十おじだよぉ。酒の瓶見つける競争で十本新品見つけてきて優勝したんだってぇ」

「な、なるほど」


 それ以外の言葉が出てこなかった。

 十おじの由来は分かったけれども、知りたかったのはそこではなく、この空間は人間が居住する目的で存在するものなのか否か、である。

 けれど暗闇に目が慣れてきたオディールは、十おじの傍に簡素な机と椅子が並んでいるのが見えた。

 更に言えば、十おじが見えていたのは地面に垂直に屹立する何か四角い縁越しであったのだ。

 つまり地下には人間が居住する空間が広がっており、十おじは其処に居住する人間だという事になろう。

 それらに加え、マギーラと名乗るフードの少女もそんな地下空間に精通している素振りを見せている、ということは……

 良からぬ連想が始まっているのに自分でも気が付き、オディールはぶんぶんと頭と縦巻髪を振って思考を霧散させた。


「あー……貴女、その十おじ? とは仲がよろしいんですの?」

「え~、分かんないなぁ」

「そうなんですの? お知り合いじゃないんですの?」

「有名人だからあたしは知ってるけどねぇ、十おじはたぶんあたしの名前も知らないよぉ」

「あぁ成程、そういうことなんですの。何となくその感覚は分かりますわね」


 勿論彼女が共感を示すのは、「一方的に不特定多数に存在を認知されている」十おじの方であった。

 確かに其処にいるのに相手に存在を認められない、という点ではフードの少女、マギーラにも思う所はあったのだが。

 多くを語らず歩みを止めないマギーラの脚がつと止まる。


「着きましたの? そろそろ地上に出る頃ではなくって?」

「あぁ、そろそろだぁ。ここへ入ってくれぇ」

「? はぁ……っ」


 マギーラが薄ら笑いを浮かべながら掌で示すのは、十おじが飲んだくれていたのと似たような部屋の入り口であった。

 じめじめとした雰囲気と嫌な暗さ、そして感覚を刺激する魔力の濃密さに思わずオディールは怯んだ。

 何の躊躇いもなく明らかに異質な地に足を踏み入れられるほどオディールは馬鹿ではない。

 が、彼女はマギーラに連れられるまま、地下居住区の奥深くまで来てしまっている。

 普段セバスに着いて行くようにただマギーラの背中に着いて行っただけであり、何度も角を曲がった今降りて来た階段の場所すらあやふやだ。

 暗い地下の中、見るからに治安の悪い場所に戦闘能力のないオディールが彷徨うのが危険なのは自明の理。

 ええいままよ、と心を決めたオディールはコツ、と一歩を踏み出した。


「────へへぇ」

「……あら?」


 がちゃり、と金属同士の噛み合う音がした方向へオディールが顔を向けたのと同時、マギーラが薄ら笑いを一層深める。

 扉へ誘導された時点で薄々勘付いていたオディールは、先程の思考が的を得ていそうだという事実に抑えようもなくため息を吐いた。


「はぁ……やっぱりそういうつもりでしたのね?」

「分かってんなら話がはえぇや、そこに座ってくれぇ」


 マギーラはオディールの肩を掴んで部屋の奥へと身体を向けさせ、その背中に鋭利な金属片を押し当てた。

 日頃から使い込んでいるナイフだ、取り扱いには自信があり、逃げ出そうとする成人女性一人なら取り押さえられると踏んでの判断だった。

 オディールも背中に冷ややかな悪意を感じ取り、指示に従ってぼろぼろの椅子に座った。

 挙げさせられていた手を背もたれの後ろに回され、脚はきっちりと揃えられ、するすると慣れた手つきで縄でぐるぐる巻きにされてゆく。


「……さて、どうしたものかしら」


 勘の悪いオディールも、此処まで来れば否が応でも気付かされた。

 これは、()()()()()()だ。

雲行きが……?

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