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第六話 新天地ですわ!

 沢山の荷物と二人の乗客、そして二つの麻袋を載せたゲルドの馬車が、ブルーネンの南門に到着しようとしていた。


「うし、んじゃ兄ちゃんら、通過料の方を用意してくれ」

「あぁ」


 手法は都市によってさまざまだが、大抵の領主や都市議会は都市の治安維持のため、入ってくるものを規制している。

 関係者の案内状を求める排他的な都市もあれば、最後に出発した都市による身元証明書の提示だけで済む都市もある。

 そして北方海商人組合の南端たるブルーネンに入るには、一定以上の通過料の支払いが義務付けられているのだった。

 セバスが懐の革袋に手を伸ばして三人分の通過料をゲルドに手渡すと、傍らのオディールが口を開く。


「……ねぇセバス、ちょっと思ったのだけど」

「何でございましょうか」

「その革袋って、私たちの合同資金ですわよね?」

「そうですね」


 軽く振られた革袋の中から、じゃら、と金属同士が擦れる音がする。

 資金にはセバスの貯金やオディールが勝手に実家から拝借して肥やしに肥やし尽くしていた私腹が含まれており、出資元と使い道の両方で共有財産と言える。


「そこで提案なのですけど。その革袋、私に渡してくれませんこと?」

「え、嫌ですけど」

「何で! ですの!」

「だってお嬢様の管理能力は信用なりませんし」


 自然と流れでセバスが管理していた革袋だが、オディールは納得がいっていないのだ。


「でもね、考えてくださいまし。その革袋の中身、大部分が私のへそくりでしたわよね?」

「まぁ、そこに間違いはありませんね」

「でしょう? でしたら持ち主は私が相応しいと思いませんこと?」


 一理はある。

 それに、そもそもセバスはオディールの人生に付き添うのだ、と心に決めている。

 彼女のためを思うのなら自分が管理した方がいいか、それとも潔く渡した方が彼女自身の人生と言えるのだろうか、自分がお金の管理を一手に担ってしまったら、それは過干渉なのではないか。

 セバスの頭の中で考えが巡りに巡り、結局彼が下した決断は。


「分かりました、ではこれはお嬢様に預けましょう。くれぐれも無駄遣いはしないようにお願いします。それと街に着いたら財布を調達しましょうか」

「えぇ、それで決まりですわね、では早速渡してちょうだい」


 革越しに感じる硬い硬貨の感触を頬に押し当てるオディールの笑みを眺めることだった。

 もっともらしい理屈を述べたオディールだが、実のところ本心は金を手の届く範囲に置いておきたかっただけだったりする。

 セバスも当然そのことは分かっているが、溶けるような表情を浮かべる主を見られるだけで取り敢えずはいいと思えた。

 外では、停まった馬車の中身をゲルドが問われ、幌が持ち上げられる。


「……ふむ、確かに男一人と女一人だな」


 門の衛兵が手元の書類に記入し、再び幌を下ろした。


「……セバス、見ました?」

「──えぇ」


 至って短い時間だったが、彼らはこれから栄達を遂げる都市を馬車の中から見ることが出来た。

 景観を重視し(たしな)みとして建築学を少し齧っているオディールは、計画性の無さそうな都市だと感じた。

 小さな異常を感知するように教育されたセバスは、路地の奥に生ごみがぶちまけられていたのを見逃さなかった。


「やりがいがありそうですわね……!」


 握り拳をもう片方の掌に押し当てて鳴りもしない指の関節をぐっと押し、オディールは気合が入っている素振りをした。

 計画都市ではない、というのはとりもなおさず乱雑であるという事であり、それ即ち彼女の基準では『美しくない』。

 故に市政を行う側に回り、改革をして自分好みの都市に作り替えてやろう、と意気込んでいるのだった。

 一方でセバスは、ルーフェ領に比べスラム街の治安は良くなさそうだ、と気を引き締めていた。


「そんじゃ兄ちゃんら、また動くぜ。取り敢えず馬車停めまで行くぞ」

「えぇ、お願いいたしますわ」


 一声かけた後、ゲルドは馬車を走らせた。

 車輪が石畳の上を転がるガタガタという音の間隔が変化し、都市の外と中で使われている石畳の規格が異なるのだろうという推測が立った。

 暫くして停車、オディールとセバスの二人は外へ出て荷下ろしを始めた。


「ふうっ……くぅ~! 久しぶりに身体を伸ばしましたわ~!」

「お嬢様、早く荷下ろし手伝ってください」

「すぐ必要じゃねぇモンは置いといていいぞ、オレぁしばらく此処で活動する予定だしな」

「あぁ、それは助かります」

「それによ、アイツら引き渡さねぇと」


 仁王立ちし大きく腕を伸ばし、オディールが深呼吸をして解放感に浸る。

 ゲルドが親指で指した先には、野盗を包んだ二つの麻袋があった。

 指名手配犯は冒険者協会へ引き渡すと、協会から謝礼金が渡され協会が処理をしてくれる。

 正規の依頼であれば依頼主と雇われの双方が協会へ報告する必要があるのだが、今回は個人間の契約の為協会への報告は必要なかった。

 そのため引き渡しと指名手配犯の照会と謝礼金の山分けは比較的円滑に進み、契約関係は一旦終了を迎えた。


「そんじゃまた、暮らす目処が立ったら冒険者協会に来てくれや。依頼探しに入り浸るからよ」

「本当はすぐ隣の酒場に入り浸るのではなくて?」

「っはは、お嬢ちゃんには分かっちまうか!」

「当り前ですわよ、私も出来ればそうしたいくらいで」

「お嬢様、そこまでにしましょう」


 放っておけば肩を組んで酒場に入っていきそうな二人の内、セバスは自らのつかえる相手の腕を掴んだ。

 ぐい、と引っ張られたオディールは、ぐえ、と間抜けな声を発して執事の背中側へと回される。


「とにかくありがとうございました、ゲルド。依頼料は払いましたが、個人的なお礼はまた後日」

「がっはっは、気にすんな、そんくらい! また贔屓にしてくれりゃあそれでいいからよ」


 互いの右手をがっちりと掴み合い、ゲルドとセバスは別れの言葉を口にする。

 ゲルドの言う通り、馬車に残した荷物を宿場なり住まいなりに運び込むときにまた声を掛けることにはなろうが、彼らの間にはともに死線を潜り抜けた間柄ならではの絆のようなものが芽生えていた。

 そんな彼らにとっては一度の別れでさえもそれなりの意味を持つものであり、道行く猫に視線を釘付けにし路地の方へ迷い込んでいくオディールには一生涯をかけても分からない感覚であった。


「……なぁ兄ちゃん、お嬢ちゃんがご執心だぜ」

「え? あっ!?」

「じゃあな、酒場で待ってるぜ」


 ひらひらと後ろ手に別れの挨拶を済ませたゲルドが、蝶番の軋む音を響かせながら酒場へと吸い込まれていった。

 セバスが冷や汗を浮かべているなどつゆ知らず、オディールはドレスを着ながら路地裏へ着々と歩みを進める。


「ほぅら猫ちゃぁん、こっちですわよ~」


 指先を何度も曲げ伸ばしして、愛玩動物を呼び寄せようと正しい意味での猫なで声を発するオディールだが、肝心の猫は一度振り返ったきり彼女のもとへ寄ろうとはしない。

 屋敷にいたころから、悪意を感じる人間よりはるかに動物が好きな彼女は、不思議と動物に好かれる経験に乏しい。

 動物の側が彼女の高慢ちきで高飛車な性格を見抜いているのだろうか。


「ほぉらほらほら~、怖くない、怖くないですわよ~」


 彼女は腰を屈めて物音を極力立てないようにし、一歩一歩近づいていく。

 そして一定の距離まで詰め寄ったところで再び猫が走り出す、というのを都度五回から六回ほど繰り返したころ。


「あぁ、行ってしまいました……あれ、ここ、どこですの?」


 猫は曲がり角に姿を消し、きょろきょろと周囲を見回したオディールがぽつりと呟いた。

 あたりに見えるのは空になって乱雑に散らばる酒の瓶、倒されて中身をぶちまけるゴミ箱、そして煤と埃にまみれた石畳。

 夢中になって猫を追い掛けていて気付かなかったが、うねうねと曲がりくねった路地は適当に進んでも通りに出るには時間がかかりそうだ。


「う~ん、こんな時に限ってセバスはいませんし……まったく、何をやってますの」


 腰に手を当て、仕方がない奴と言わんばかりに鼻息を吹かすお嬢様の姿をもしも執事が見ていたら、何と言っただろう。

 分からないことを考えても仕方がないし、それに今彼女が出会うのは長年連れ添った執事ではなく。


「お困りぃ?」

「おや、どちらさまですの?」


 ぼろぼろの衣服に辛うじて身を包み、焦げ茶色の髪を肩にかからない程度に切った年端もいかぬ少女であった。

 少女の顔はフードに隠れて視認できないが、オディールの目はその髪の毛先が荒れていて枝毛が酷いことをしっかりと捉えていた。


「もしよかったらぁ、あたしが助けてあげようかぁ?」

「あら、助けてくださるのかしら?」

来週からは午後5時更新にしようと思います。

理由としては日付変更まで起きていると翌日の活動に差し支える体質だからです、ご容赦ください。

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