第六三話 暗躍ですわ!
オディールが新領主に就任した日から間もない、ある深夜の出来事である。
セバスは階段を降り、とある部屋を目指す。
そこはかつての領主が凄惨な所業を人目に隠れて行っていた部屋であり、あの日水浸しになりかけた部屋。
とはいえ、今の地下室はかつての屋敷の部屋。
「まだ効果が続いているとは。これもまた、エルフの性質ゆえなのでしょうか……?」
森林に親しみ生まれ育つのがエルフの常であり、エルフは周囲の環境の把握に長けている。
地下街で育ったマギーラにもその特性は受け継がれており、迷境探索にもその技能が大いに活かされた。
部屋を丸ごと取り換えるという難行を成し遂げられたことも、その部屋の置換が未だ続いていることも、その特性に立脚するところが大きい。
「ただ、お嬢様達の先生に拠れば、そう遠くないうちに置換が解除されるのでしたね」
魔術は非現実を現実に変えるための力であるが、発動から暫くすると用いられた魔力が枯渇して効果を失う。
水浸しになった部屋と綺麗なままの部屋は、いずれ元に戻ってしまうのだ。
そうなると困る理由が、セバスにはあった。
「よ、いしょ」
「──」
重厚な造りの扉を押して開け、セバスはその中に足を踏み入れる。
入り口傍にある出っ張りを押し込むと、部屋に備え付けの照明魔石が起動した。
灯りが満ちた部屋の奥、壁に縛り付けられた男性が、セバスに恐怖を示していた。
「元気にしてましたか? あぁ、勿論答えなくても結構ですよ。答えられるはずもありませんし」
「ッ」
「ちょっと、動くと痛いですよ?」
恐怖の対象が発する声に恐れをなした男が身じろぎすると、傷が刺激されて鈍い痛みを走らせる。
男は四肢に動作が出来ないほどの傷を負わされ、目と口を覆われ、全身が痩せこけやつれていた。
見る影もないが、この男こそが前領主である。
「いやあ、にしてもいい場所ですね。内側の魔力を外へ感知させない仕様でしたので、貴方を縛っておくには打ってつけでした」
皮肉を込めてセバスが言うように、前領主は室内で何が起きているか悟らせないために魔力反応を隠す機構を仕込んでいた。
それが翻って自分を誰も探さない理由になっているのだから、セバスは因果応報という言葉を思い出す。
失脚からわずか数日にも関わらず、精神的・肉体的に追い詰められた前領主は、貧民街の出身と言われても驚かない状態に陥っていた。
「お嬢様がですね、この地下室を明日もう一度視察するようで。貴方をこのままにしておくのも拙いので参りました」
オディールは領主の仕事を引き継ぐにあたり、地下室での所業を公表するか否か逡巡していた。
民衆に誠実であるのなら、如何に凄惨な所業だとしても白日の下にさらさないわけにはいかない。
しかし一方で、為政者としてすべてを公開するという選択肢もまた、取りにくい。
「さて、どうされたいですか?」
「! ~~~ッ!」
縛り付けられた前領主は自分の目の前にセバスが座ったのを感じ取る。
希望をちらつかせる物言いを耳にして、彼は縛り付けられたまま懇願するように身じろぎをした。
当然助けられるなどという未来が待ち受けている筈もないのに乗ってしまうのは、心も体も憔悴しきっているからだろう。
「あーあー、じたばたしないでくださいよ。血が止まらない仕掛けを施してあると言いましたよね? 後処理が面倒じゃないですか」
「~~~!」
がしゃがしゃと鎖を鳴らす前領主を言葉通り面倒くさそうに眺めたセバスは、右手を伸ばす。
右手で首をしっかりと包み込み、何が起きているか分からない前領主に囁いた。
「なので、面倒じゃない方法で処理することに決めました。では、さようなら」
「? ッ──ゥ……」
鍛え上げられた握力で、一息に首を握りつぶす。
皮を貫き肉を穿ち骨ごと破壊したセバスの掌は、前領主の肉体に辛うじて保たれていた意識をも粉砕した。
だらりと脱力して動かなくなった前領主の脈を確認したセバスは、屈んでいた腰を持ち上げて声を上げた。
「はい。それじゃ入ってきてください」
「……悪魔のようだな」
まるで道端の小石を蹴って飛ばすように人の命を葬ったセバスに、顔を引き攣らせた男が言う。
男は弓手、先日の舞踏会の際にオディールを射殺す仕事を与えられた刺客である。
任務を阻止された男はセバスの下に降り、彼の命令を請け負う仕事人として命を長らえさせたのだった。
「ええ。それでいいと言ったはずでしょう。もし叛意があるのなら言ってくださいね、起爆しますので」
「脅しが真に迫りすぎだろう。第一私はおまえに銃口を向ける気は」
「言葉遣いは?」
「──失礼しました」
言外の圧を感じ取り、口を慎んだ銃手。
一歩ずつ部屋の中へと歩みを進め、かつての主の最期の様を視界に収める。
それなりに冒険者としても鳴らした銃手は変わり果てた前領主の姿を見ても動揺はしなかったが、彼自身にもよく分からない感慨を抱いていた。
「何だか、不思議な気分がします」
「おや。何故です?」
「あれほど偉そうにふんぞり返っていた男でも、ただの人間だったのだな、と」
言語化することで、銃手自身もようやく納得がいった。
自分が恐れを抱いていた頃には、まるで魔人ような、神にも等しい権力者に見えたものだ。
それがこうまで落ちぶれてしまっているとなると、当時の自分が馬鹿らしいような気がしたのだ。
「貴方の言う通りですね。どの人間も、皮を剝げば骨肉があり、赤い血が流れているものです」
「随分物騒な例え方をするものだ──ですね」
「ええ。貴方には遠回りに言うよりもよほど伝わりやすいでしょう。これから頼む仕事を鑑みても、この程度で動じていては話になりませんよ」
そう言いつつ、セバスは銃手に手招きをした。
部屋の奥、前領主だった肉塊の所までやってきた銃手の隣に立ち、分かりやすいように肉塊を指で指す。
「これを処理しておいてください」
「処理」
「はい。部屋の清掃や整頓は私がやっておきますので」
当たり前のように『処理』と言うが、無論銃手はその手の仕事はこれまで行ったことがない。
この執事の命令に背けば仕込まれた魔術刻印が起動してしまい命を失うのだから、なりふりは構っていられない。
しかしやり方も手法も分からないのだから、今の主である執事に聞くしかない。
「その、学が無い故に質問しても?」
「いいですよ」
「処理、となるとこれをどうすれば?」
「分かりやすく言うならば遺体遺棄ですね。どこか遠い場所に捨ててきてください」
それからセバスが説明を加える。
曰く、普通に捨てるだけでは不安が残るため、重りを付けて海に放るなり、魔獣の巣に投げ込むなり、遺体が発見されないように手を加えてほしい、とのこと。
それらの条件を簡単に満たせるのは迷境であるため、それなりの距離にある迷境に遺棄するのが最も良いだろう、とのことだ。
「了解した。期限は?」
「特に決まってはいませんが、なるべく早い方が良いですね。処理が遅れると怨念が溜まり、魔物に変化する危険性もありますし」
怨念の蓄積によって発生した悪霊は、怨念を溜める要因となった相手に執着して攻撃を加えることが知られている。
この場合前領主は恐らくセバスに牙を剥くだろうが、オディールに危害が及ぶ可能性も捨てきれない。
よって、過度に怨念が溜まる前に肉体ごと消滅させてしまうのが得策なのだ。
「では、そのように。袋はそれを使えばいいので?」
「はい。決して人目に付かないよう、宜しくお願いしますよ」
慣れた手つきで遺体を麻袋に詰め込んだ銃手が地下室を後にする。
人間の死体を運ぶのは初めてだが、素材売却のために魔物の運搬をした経験が活きた形だ。
その後ろ姿を見送ったセバスは、屋敷の清掃用具入れから調達してきた品々を準備する。
「さて、ここから長丁場ですね」
服の袖を捲り、頬を軽く叩いて気合を入れる。
それはまるで、家の中の大掃除を前にして自分を励ます民間人のようだった。
行うのは、遺体があったことを示す証拠の隠滅なのだが。
「この部屋と、あの部屋の両方ですからね」
マギーラの置換魔術の根幹になっている、『似たものは同じと見做せる』という原則。
それを保つため、遺体の後処理をする部屋だけでなく、もう一方の部屋も同じ清潔さに持っていかなければならない。
用具入れに清掃用具を戻す時間も踏まえると、夜明けまで残された時間は少ない。
「──やってやりますか!」
ただ、以前オディールに語ったように。
こういう裏方のこまごました仕事こそ、彼の真骨頂なのだ。




