第六一話 閉会ですわ!
大変お待たせいたしました~~~!
ブルーネンの会議室、円卓に座した一同が議題を巡り、順繰りに各々の主張を述べる。
「──錬金術が使われた布製品の価格設定に関してだが。それは我々錬金術協会の領域だろう」
「おいおい、何言ってるんさね。あんたらの腕は信用するが、アタシら服飾協会も噛むべきじゃないかい?」
「そうですわね、でしたらこう致しましょう。互いの協会から代表を送り、その二人の間で協議して決めるのです──」
「続いては、近頃の地下街についての話ですわね。其れに関しては、現在代表となる方を選出している最中ですの。少々お待ちくださいまし」
「地下街? 地下街になんの議題があるんです?」
「地下街の連中がそれなりの暮らしを出来るようになれば、アタシら日用品を扱う協会の売り上げも上がる。だろう? 領主様──」
「あ、あの。冒険者協会からもいいでしょうか。先日の魔王軍襲撃のような事態に備え、防備を固めるべきだと思うのです」
「それ自体に異論はない。ならば、人的防備と物的防備、何方にするかを決めねばな」
「なら物的防備が先でしょう。ここは商人の街、冒険者協会以外で武具の扱いに長けた者はいないですし、訓練には時間を──」
初回の議会ということで、幾つかある議題の細かな決定までは下さなかった。
今後の方針と話し合いの仕組みを決め、それぞれの団体が臨時の際に送る人材と領主屋敷に常駐させておく人員を選抜しておく、という取り決めをし、議会は終わりを迎える。
「さて、それでは本日はここまでに致しましょう。そろそろ夕刻も近いですわ、皆様には本当に感謝いたします。お気をつけてお帰り下さいまし」
入り口から最も遠い位置に座るオディールが宣言し、一同が一人また一人と立ち上がって会議室を去って行く。
最初に部屋を出たのは、錬金術協会のアイゼン・シュタイナーであった。
その少し後から追いかけて来た体格のいい女性が、彼に声を掛ける。
「おぉい、アイゼン」
「おまえか。シュタイナーと呼べ、と以前にも言ったはずだぞ」
隣にやってきた女をじろり、と睨み付けるシュタイナーだが、当の女本人はさほど堪えていない様子。
それも当然、服飾協会のミュッツェ・デューラーはアイゼンとは旧い間柄。
互いに協会の長になってからは疎遠になっていたが、ミュッツェは再開した相手に対して気まずくなるような性格ではない。
「アイゼンよぉ、アンタがあそこまでバチバチしてんの久々に見たぜ? なんかあったか?」
「……ふん。おまえには関係ないだろう」
「そういうとこは変わんないねぇ、アンタ」
溜息を吐き呆れるミュッツェに、アイゼンがちらりと目を向ける。
昔馴染みの顔に絆されて、彼が少しずつ口を開く。
「──新領主の就任自体には、特段不平不満はない。元より横柄な男だった、後ろ暗いところはいくつでもあっただろうな」
「ほーん? まぁ確かに、服飾協会にもきな臭い噂は幾つも回ってたなぁ」
「だろう。ただ、その割には何も言わないまま消えていったのがどうにも気にかかる」
オディールの説明によれば、旧領主の意向はこうだ。
元より金銭にのみ興味関心を抱いていた彼は、領主という責務が伴う役職をあまり好ましく思っていなかった。
そこに民衆の支持を集めたオディールが現れ、これ幸いと役職を押し付けて自分はひっそりと隠居生活を送ろうと決めたのだ。
「──って、新領主様は言ってたじゃないの」
「大筋は間違いないのかも知れんが……だとしたら道理に合わぬ点がある」
「あぁ、売官した、って所か」
聡明なミュッツェの回答に、アイゼンは首肯で返す。
帝国首都の総務処理局の人員と同じ疑念に、アイゼンもまた辿り着いていた。
「故に、今の領主の力量や背景を探ろうと思ったまでよ。未熟なようならば我々が乗っ取ってやろう、とな」
「へぇ。燃えてんねぇ、おい」
「これからは動乱の世が訪れる。ならば、錬金術協会の地位は上がらねばならん。おまえはどうか知らんがな」
本来ならば帝国の南東方向に位置するはずの魔王軍が、北方まで牙を伸ばしてきたという事実。
そして、他都市の錬金術協会との情報伝達で得た、数々の不穏な情報。
それらを基に、アイゼンは魔石や魔術加工に欠かせない錬金術の地位を高めるために、魔人となる覚悟を決めていた。
「地位、ね。ま、好きにしな。遺体袋を作らされるのはごめんだけどね」
馴染みの男の発言を、肩を竦めて受け流すミュッツェは、歩みを速めて廊下の奥へと向かっていった。
右手を挙げてひらひらと振り、言葉を交わさなくとも分かるだろう、といわんばかりの去り姿。
アイゼンの言葉少なな性格に合わせてのことだが、彼は瞼を下ろして最低限の義理を果たすだけ。
「──」
アイゼンは今回の会議で、それほど強硬に利益を希求しなかった。
オディールを見極めるため、という理由が半分、残りの半分は見極めた結果である。
この相手になら、我々の命運をかけてもよい、と思わされてしまったのだった。
「ここから、だな」
夕陽堕ちるブルーネンの空を屋敷の窓からしばし眺め、アイゼンは再び屋敷の外へと足を運ぶのだった。
<***>
ブルーネン:領主屋敷の会議室
夕陽が差し込み始めた会議室内。
一仕事やり終えたオディールが、息を吐きながら背もたれに体重を預けた。
「はぁ~~~……」
「お疲れ様です、お嬢様」
「セバスぅぅぅぅ」
隣に立ち、温かい飲み物を入れてきたセバスが盆を机の上に置いた瞬間、オディールは横合いから抱き着いた。
ひしっ、と強く抱きしめるのは、久々に緊張しすぎたせいで強張った身体を解すため。
至って平静を装うセバスだが、内心では混乱が極まっていた。
「あ、あの、お嬢様?」
「ふぅ~……落ち着きましたわ」
五分ほどしがみ付いていた彼女が顔を離す。
オディールは少し理性を取り戻したようで、再び深呼吸をして目の前の書類を眺めた。
「……ひとまず、今日のところはなんとか着地するところに着地しましたわね」
「そうですね。新たな試みですから、今後の大まかな方針が決定できただけ御の字でしょう」
「願わくば、地下街の整備や登用試験制度についてももう少し固めたかったですけれど」
彼女が今後ブルーネンの領主としてやっていくうえで、重要視している問題が二つある。
それが、地下街の整備と官吏登用試験制度の導入だ。
経済的な発展や文化の振興など、大まかな目標は幾つかあるが、それらは全て長期的に達成すべきもの。
急を要するのが上の二つだと、彼女は考えていた。
「それで言うと、あの方が静かだったのが不気味でしたわね」
「あの方、というと、錬金術協会の」
「えぇ。アイゼン・シュタイナー様ですわ」
服飾協会のミュッツェ・デューラーが抱いた疑問に、オディールとセバスの二人もまた辿り着く。
ただし、直接答えを聞けない分、彼女ら二人はミュッツェよりも不利な状況にあった。
とはいえ、話し合いが上手く進んだのは事実。
「とはいえ、あまり気にしていても仕方ありませんわね。終わった話ですわ」
「そうですね。これから行われる、別のお客様との打ち合わせにも意識を割かなければなりません」
「あー……キルオ同盟、ですわね」
確認されたセバスがこくりと頷く。
彼を見上げるオディールの顔は疲弊に包まれており、この後のキルオ同盟の定期連絡が対面ではなくて、心から良かったと思う。
オディールは伸びをしながら立ち上がり、執務室に戻る。
セバスは一同が飲み干したり飲み残したりした器を盆にのせ、別行動をとる。
「え、っと。確かこの魔道具は、ここを押しながらこのつまみを捻って」
執務室にあった、遠隔地にいる相手と直接顔を合わせずに会話できる魔道具を起動する。
ルーフェ家に居た頃のオディールは、話し合いが必要な際には相手を呼びつけて直接話していたため、この手の魔道具には随分長い間触れていなかった。
昔々のその昔、先生から教わった内容を脳内で繰り返しながら、魔道具の上空に光の立体物を映し出す。
「──聞こえますでしょうか?」
『えぇ、えぇ。聞こえていますとも。お話は伺っております、先代が隠居なされたとか』
「そうなのですわ。これからは私が新たなブルーネンの領主となります」
会話の相手は、ブルーネンの近くにあるキルオ同盟の加盟都市の城主。
此方も前もって送っておいた手紙の内容に目を通しているようで、旧領主の失踪については特に何も触れてこなかった。
ただし、それからの会話には、ひたすら彼女の力量を測ろうとする意図が透けて見えていた。
『それでは、早速定期報告に参りましょうか。先日の取り決めは御存知で?』
「えぇ。引継ぎは済ませてありますわ」
部屋にあった書類を読み込んだだけなのだが、そこを正直に言っても仕方ない。
前領主は領主の座を売り隠居生活を始めた、という筋書きならば、それにとことん乗っかるまで。
『よろしい。では早速、材木の流通販路と価格設定に関してですが──』




