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第六〇話 議会ですわ!

 帝国首都:総務処理局


 春の日差しが注ぐ帝国首都、その中央に広がる宮殿。

 宮殿の一角、質素ながら古くはない造りの建物の中で複数人の貴族が政務に勤しんでいた。

 総務処理局は、帝国各地から集まる同業者組合や指定技術集団といった社団の報告書の管理、商業組合の納税報告書などの整理を請け負っている。

 軍事と法務以外の大抵の分野を受け持つこの部署には廷臣貴族のかなりの部分が割かれており、そのうちの一人が一枚の書類をめくった。


「んー……売官申請書か。差出人は」

「おや? おやおや、それブルーネンの領主からではないですか」


 担当者の隣の椅子に座る男が、伸びをしたはずみで書類に目を留めた。

 話しかけられた担当者は、書類の記載内容を確認しながら言葉を投げ返す。

 書類には大まかに、ブルーネンの領主による領主職の売却及び、購入した女性の領主就任を追認してほしい、という内容が記載してあった。


「何か御存知なのですか?」

「えぇ。あそこはキルオ同盟の最先端でしょう。爆発的に経済力をつけた男が買官をして、領主に就いたという流れだったはずです」

「なるほど、そうでしたか」


 話半分で聞いていた担当者だが、そこでぴたりと手を止める。

 おもむろに机の端に置いていた魔術品を手に取り、書類の上にかぶせた。


「おや、如何しましたか?」

「いえ、少し怪しく思えまして」


 官職を購入してまで領主という地位に滑り込んだ男が、その地位を売り払ってまで金銭を求めるのだろうか、という疑念が湧いてきたのだ。

 故に、紙面上であっても嘘を見抜けるという高度な魔術品を使用したのだが、生憎異変は検出されなかった。

 いまいち腑に落ちないまま、担当者は判を押した。


「さて、次は──」



<***>


 ブルーネン:領主屋敷前




「言ってしまわれましたね」

「えぇ。でも、悲しんでばかりでもいられませんわよ」

「無論です。むしろお嬢様の方こそ、腑抜けてもらっては困りますよ」

「言うようになりましたわね。いえ、普段通りと言うべきなのかしら?」


 互いに軽口を叩き合いながら、二人は小さくなった馬車からようやく目を離して門の中へと戻っていった。

 セバスは執事業として清掃や各種連絡の取り持ちを。

 オディールは領主室へ戻り、積まれた書類の整理を始めた。

 数時間が経った頃、セバスが新領主の部屋に入って来た。


「お嬢様、皆様が到着なさったようです」

「あら、もうそんなに。では参りましょう」

「お供いたします」


 力強い足音で執務室を後にしたオディールが、屋敷の中の一室へ向かう。

 ブルーネンの屋敷はどの部屋も豪華な造りになっているのだが、現在二人が目指しているのはその中では比較的落ち着いた装飾の場所。

 執務室を始めとする領内運営のための部屋は機能面に重きを置いており、その点でブルーネン前領主とオディールの意見は一致していた。

 つまり、これから向かうのは仕事のために誂えられた部屋で。


「お待ちしておりました。皆さまお待ちです」

「えぇ、ありがとう」


 扉の前で待っていた侍女が、部屋の扉を開ける。

 入り口のある壁以外の三面は大きめの窓が開かれていて、日光とそよ風が入り込んでいる。

 麗らかな日和を感じさせる部屋の中央には、円卓が存在していた。


「おや新領主様は今更のご到着ですか」

「お忙しいようですなぁ」

「大変お待たせいたしましたわ、皆さま本日はお元気でして?」


 各々の仕事服や正装に身を包んだ男女複数人が円卓を囲んでおり、オディールは入り口の対面の席に座った。

 セバスがすぐ後ろに控えているのと同様に、何人かの参加者は従者を侍らせている。

 自分の質問に返答が来ないことを気にしていてはきりがないオディールは、早速話を始めた。


「さて、本日はお集まりいただき感謝いたしますわ。ブルーネン統括議会、早速始めていきましょう」

「その前に。一ついいだろうか」


 片手を挙げてオディールの話の腰を折ったのは、円卓の一席に座る男。

 細身で眼鏡をかけた男は宝石や貴金属の類は身に付けていないが、衣服の仕立ては丁寧且つ美麗なものだ。

 男の名はアイゼン・シュタイナー。

 錬金術協会の長を長年務める魔人である。


「なんでしょうか、シュタイナー様」

「招待状を頂いたので参上したのだが、この話し合いには何の意味がある?」


 外見同様に飾り気のない物言いをするシュタイナーだが、彼の意見は参加者の多くも共有していた。

 帝国首都ではごく一部の有力貴族や栄誉騎士や大司教だけが参加を許される議会が開かれているが、各地方都市でそのような議会は前例がない。

 ブルーネンもまた例に漏れず、特権を与えられた組合や協会に配慮しつつ、領主が単独で運営の舵を切っていた。


「それは、」

「無論、招待状に記述があったな。このブルーネンに議会を作ると。我々が気にかけているのは、それに何の意味があるのか、という点だ」


 他の参加者も目を伏せつつ、軽く首を縦に振った。

 オディールとて、この流れは予想していた。

 既得権益というものは、人間を何処までも頑固にしてしまうもの。

 静まり返った会議室内で、一人の女性が手を挙げた。


「アタシからも一ついいかい?」

「えぇ、デューラー様」


 女性の名はミュッツェ・デューラー。

 長身で筋肉質な様相は並みの冒険者にも劣らないが、彼女はここら一帯の服飾職人を取り纏める服飾協会の長を務める女傑である。

 肉体労働を伴うため、挙げられた腕はオディールの何周りも大きかった。


「アタシゃ、城主様には感謝してんだよ。アタシら服飾協会はよ、どうしても女が多いだろ? だからよ、男どもが多い冒険者協会とか錬金術協会とか、そっちの利益が優先されてアタシらの言い分は黙殺されてたのさ」


 溜息を吐き、やや過剰気味な身振り手振りでデューラーが愚痴をこぼした。

 貴方たちにも覚えがあるだろう、と言わんばかりに、円卓に座る代表者たちに目線を送っていく。

 彼女のこの振る舞いはオディールによる事前の仕込みであり、旧体制よりも新体制の方が好ましい団体を味方につけるための根回しであった。

 実際、円卓の半数近くには心当たりがあるようで、ちらちらとシュタイナーを中心とする旧体制における上位集団の様子を窺うものまで現れた。


(……ここまでは予定通りですが、恐らくシュタイナーもこの程度の仕込みは済ませているでしょう)


 議会の発足を認めさせるためには過半数の賛同を得ることを条件にしており、それは予め招待状に記しておいた。

 故にシュタイナーもまた関係の深い鉱物商団体や農家などに予め連絡をしていたのだが、デューラーによる一芝居で賛否は丁度半数近くになっている。

 ここが分水嶺と見て取ったオディールが口を開くのに先んじて、シュタイナーが場の騒めきを切り裂いた。


「諸君らの言い分は理解した。だが、そもそも我々が直接従っているのは領主ではなかっただろう。我々は帝国首都にあらせられる皇帝陛下に活動を認可されているのだ」


 シュタイナーの一手は、恐らくこの世界に於いて最も権威のある存在を引き合いに出す、というものだった。

 商人や職人の組合は、それぞれが各自で直接皇帝へ認可申請書を送っており、領主が出来るのはあくまでもその申請書送付の許可を出すか否かである。

 故に、社会的・経済的な立場では確かに領主が民間よりも上であるものの、制度的に領主と民間団体は殆ど同列なのだ。

 だから、領主は命令を下す権利を持たず、各組合もまた命令を聞き入れる義務はない。


「──えぇ。わかっております」


 その前提は覆せない以上、オディールは素直に頷いた。

 シュタイナーが腕を組み、満足げに背もたれに体重を預けようとしたその時、オディールは続ける。


「ただ、だからといってこのブルーネンがそれでいいのでしょうか?」

「……何だと?」


 敢えて抽象的な物言いをしたオディールに、シュタイナーが突っかかる。

 ごく自然な流れでその発言を引き出したオディールが、予定通りシュタイナーの論を潰しにかかる。


「確かに、私は一介の領主に過ぎません。下手をすれば、今頃ようやく帝国総務処理局で認可が下りている頃でしょう」

「だから、我々が従う必要は」


 苛立ちを隠せなくなりつつあるシュタイナーが、業を煮やして直球な物言いをしてしまう。

 彼の作り上げた派閥も、珍しく熱を帯びたシュタイナーに動揺し、オディールの言葉を待っていた。


「シュタイナー様の仰る通り、皆様が私のいうことを聞く義務は御座いません。けれど私は、皆様のためを思ってこの提案をしているのですわ」

「ほう。アタシらのためって?」


 これまた、予め取り決めておいた相槌をデューラーが打つ。

 彼女の方を見て頷いたオディールが、一同に語り掛ける。


「皆様、思い出してくださいまし。先日の魔王軍の襲撃の際、あれ程までに危機に陥ったのは何故でしたか?」

「──それは」

「それは、皆様が団結できていなかったからですわ。私やピエールのような指導者がいたからいいものの、あのままではブルーネンは攻め落とされ、皆様の基盤もまた破壊されてしまったでしょう」


 誰にも嘘とは言い切れない論理を立てるオディールに、シュタイナーも彼の派閥も、何も言い返せない。

 違う、と言うにはそれなりの証拠を持って来る必要があり、そうだ、と言ってしまえばオディールの思うつぼ。

 ブルーネンという龍脈上の用地を手放すのは彼等にとっても惜しい。


「自分が運営に参加できない都市を守ろうという気概が起きないのは当然ですわ。だからこそ議会を作り、皆様と、皆様の下に集う頼もしい方々にブルーネンを愛してもらいたいのです」


 領主としての願望を語りつつ、相手にとっても悪くない話だろう、とオディールは暗に示している。

 シュタイナーの脳内に様々な思考が走っては消え、走っては消える。

 数秒悩んだのち、彼はオディールを真っ直ぐ見据えた。


「──では、一先ずそれでよいでしょう」

「感謝いたしますわ。それでは早速話し合いを進めていきましょう。初回ですから議会の進行と規則の確認から──」


 満足げに座り、オディールが手元の資料を開きつつ進行を務める。

 完全に説得できたわけではないが、今はそれでいい、と彼女は考えていた。

 取り敢えず話し合いの席に座らせることが出来れば、どうとでもなる、と。

 麗らかな日差しが入り込む会議室の中、各々の思惑が入り混じる第一回ブルーネン総合議会が進んでいく。

2024/6/14/17:00追記

申し訳ありません本日の更新は明日に延びます!

筆者の都合であり突然のこと、申し訳ありません……

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