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第五一話 地下室(?)ですわ!

「……驚いた。貴様にこの部屋を見破られようとは」


 血がそこらにこびりつき、鉄製の拘束具が壁や床に散らばる部屋の中、中央の台付近に男が立っていた。

 とはいえ男、もといブルーネン城主の服装は部屋の様子からはかけ離れており、素材や縫製技術の節々に高級感が漂っている。

 その雰囲気も、陰険で悲惨な部屋の中にいると強烈な違和感となってオディールとマギーラに襲い掛かった。


「城主!」

「『様』を付けろ。ブルーネンはワシの領地。即ちワシは貴様の主であるぞ」

「誰が……ッ!」


 予期していた、一方で現実になってほしくなかった推察が的中し、オディールは拳を握り込む。

 彼女よりはまだ人死にに慣れているマギーラは、周辺に情報を取得できるものが無いか観察し、一冊の手記を手に取った。

 マギーラがその内容にさっと目を通しているうちに、オディールが扉から城主の元へ駆ける。


「貴方、ここで何をしているのッ!」

「見て分からぬとは。見(・)て(・)く(・)れ(・)を買った積りだったが、お頭(つむ)は杜撰だったか」

「貴方みたいに、自分の為に誰かの命を使い潰す方がよっぽど馬鹿で愚かですわよ!」


 首から胸に垂らした波打つ布を引っ掴み、オディールは東洋に伝わる鬼と呼ばれる魔物の形相で城主に詰め寄った。

 怒りに支配されたオディールとは対照的に、城主の表情は至って平静且つ冷静である。

 心底理解できないモノを見る目とは、何処までも冷酷になれるもの。


「何を言う。愚かなのは貴様だろう。下々の命で繁栄が得られるのなら、実行せぬ阿呆が何処に居る」

「下々ォッ!? 貴方、人間の命を何だと思って! ヘルツを解放しなさいッ!」


 我が儘を貫く性質のオディールは、自分の倫理に反する単語を看過できずに城主に食って掛かる。

 手記を読み終えたマギーラが顔を青ざめさせて、手記を取り落とした。


「はぁっ、はぁっ」


 湿った床に落ちた手記は水気を含み、横目でそれを見届けた城主が眉を顰める。

 マギーラが取り乱すのも無理はない、手記の内容の悪辣さは、これまでエルフの特性によって人の汚点を何度も見て来た彼女にとってさえ、他に類を見ないものだった。

 落ちた手記の表紙を見たオディールが、そこに書かれた題字を口にする。


「『ブルーネン龍脈誘致及び維持について』──」

「然り。あぁ、そういえば龍脈利用は貴様も着眼していたな」


 龍脈とは地中に流れる膨大な魔力の流れであり、迷境はそこを通じて入り口を至る所に発生させる。

 魔力の量が多く質が高いほど、その地で生産される魔法薬や魔法武具の効果も優れ、錬金術の効率もよくなる。

 故に発展した都市には龍脈がつきものではあるのだが、これまで龍脈の維持や増幅に方法論は確立されていない。

 もしも人工的に龍脈を引けるようになれば、その技術は大変貴重なものとなり、技術者は引く手数多になるだろう。


「ワシも発想は評価したはずだ。実現するための方法を練り直して出直せとな」

「まさか、その方法が、人の血を捧げることだとでも言うのですか!」


 人間に類する生物の血は純粋な魔力を持つ、というのが魔術師界の定説であり、かつてオディールも老爺からその話を聞いていた。

 魔物と人間の境目は其処にあるとも、魔王軍が帝国を狙うのも純粋な魔力を欲しているから、とも言われている。

 そしてこの世界には、先日の魔王軍撃退戦で使用した者がいるように、水を操る魔術が存在する。

 純粋な魔力を持つ人間の血液、そして水分を操る魔術。

 思い当たったマギーラが、恐る恐る口を開く。


「──人の血を幾つも集めて、土の中を通して無理矢理龍脈に繋げてる、ってのかぁ?」

「何がおかしい。言ってみるがいい」

「貴方……ッ!」


 襟首を掴むオディールの拳に力が籠る。

 台に乗せられたヘルツの姿を横目に、彼女が吼える。


「彼女を解放しなさい! 私の目が黒いうちは、彼女に乱暴は」

「五月蠅い」

「痛っ……っつぅ」

「オディール様ぁ!」


 女性の中でも筋力が多くないオディールが、城主の腕に振り払われる。

 床に叩きつけられた主にマギーラが駆け寄り、城主が乾いた音を立てて扉へ向かう。

 扉の傍にある突起に指を置きながら、城主は振り返らずに言った。


「何にせよ、貴様達がこの部屋に来たのは好都合だ。素材は多ければ多いほどいい」

「何を──」

「地下街の死亡者が減り、素材の絶対量が目減りしていた。頭を悩ませていたが、貴様たちはどうやら素材としての価値が高いらしい」


 城主が懐に抱いた懐中時計に似た機械は魔力の量や質を表す計器だが、その指針が量質ともに高度であると示している。

 エルフの血を外見面や性質面で色濃く受け継いでいる二人が魔力において貴重なのは道理。

 尤も、それを知らない城主からすれば異様に生贄としての才能がある一般人、程度にしか認識できないのだが。


「待ちなさい……!」

「その道理はない。ではな、話はつけておいてやろう」


 脇腹に思いきり打撃を喰らい立ち上がれないオディールの制止も虚しく、城主は部屋を出る。

 扉を固く閉め、扉周辺に仕掛けておいた土魔術を使って扉ごと土に埋めた。

 閉められた部屋の中、四方にある穴から水が噴き出す。


「これはぁ!?」

「水、ですわね……部屋の中を水で埋めて殺す算段でしょう」

「そんな……!」

「まずはヘルツを起こしましょう」


 手のひらで脇腹を抑えながら、それでも立ち上がりオディールは部屋の中央にある台に向かった。

 ヘルツは台の上に仰向けに横たわり、鎖で台に縛り付けられていた。

 近くにある適当な工具で鎖を切り、その切断音と鎖が床に落ちる音で、ヘルツの眉がぴくりと反応した。

 主に伝え聞いてはいたものの自らの目でヘルツを見たことが無かったマギーラが、思わず見惚れて溜息を吐く。


「はぁ……綺麗なひとだなぁ」

「言っていた通りでしょう? こんなに美しいひとがこんなところで死ぬなんて、膨大な損失ですわよ──ほらヘルツ、起きてくださいまし」

「うぅん──? ぁらぁ?」


 令嬢がヘルツの肩を軽く叩くと、ヘルツの瞼がゆっくりと持ち上がる。

 首を傾けて顔だけオディールの方に向けたヘルツが、寝ぼけまなこで口を開く。


「オディール……? それに、そちらは」

「マギーラ、っていいます。オディール様がいつもお世話になっておりますぅ」

「あぁ、あなたが。こちらこそよろしくね。わたしはヘルツ。オディールからもう聞いているかしら」


 口と喉を動かしたことで意識が覚醒したのか、ヘルツは上半身を起こす。

 急いでオディールが背中に手を当てた。


「大丈夫ヘルツ、何処か痛いところはない?」

「えぇ、大丈夫よ。ここは、秘密の部屋よね?」

「ですわ。貴女が掴んでいた通り、この部屋では気味の悪い儀式が行われていたようですわね」


 周囲を見回すオディールは徐々に上がりつつある水位を見て、城主が部屋を水浸しにしたのは証拠を隠滅する狙いもあるのだろう、と想像する。


「この水は……?」

「私にも分かりませんわ。何処からか水道を引いているのかもしれませんわね」

「そ、それなんだけどぉ。あたし、この部屋は屋敷の中と同時に地下にもあるんじゃないか、って思うんだよぉ」


 状況にやや不安を覚えつつ、マギーラは自分の推測を語る。

 老爺による講義で魔術の道を学んでいるマギーラが思い当たったのは、似たモノを繋ぐ呪術。

 兄弟姉妹や同じ種族の魔物相手に何らかの呪いをかけるときに使うものだが、その前提である『殆ど同じモノを同一と見做す』という着想事態を利用した仕組みだろう。

 部屋に入る前の廊下で観察した水気や石の触感から、自分たちが何時の間にか地下に迷い込んでいると推察したマギーラは、手記の内容や城主の発言からその推察に確信を抱いていた。

 一連の話を聞き届けたオディールは顎に手を当て、ヘルツは緩やかに頷く。


「すごいわね、そんなことに気付くなんて」

「なるほど、この部屋の絡繰りについてはなんとなくわかりましたわ」

「で、でも早く何とかしないとぉ、あたしたち溺れちゃうよぉ! ──あたし、周り見て来る!」


 居ても立っても居られないと、発条(バネ)のようにマギーラが飛び出して壁面や机の上に手がかりがないか探し始める。

 その様子を頼もしく思いながら、オディールはまだ立ち上がれないヘルツの傍で彼女を支える。

 走ったせいで服は乱れ、脇腹には汚れが付き、何より腿から下の布地は破り取られているオディールを目にしたヘルツが、ばつが悪そうに視線を床に落とした。


「──ごめんなさい。約束してくれたときはうれしかったわ、けれどあなたを巻き込むつもりはなかったの」

「何が巻き込む、ですか。私が勝手に来たのです、貴女が気に病むことではありません」

「そうよね、優しいあなたなら、きっとそう言うと思ったわ」


 ヘルツの言葉に偽りはない。

 彼女が約束を温かく受け止めていたことも、オディールの言動を予期していたことも、助けに来てくれたことが嬉しいというのも、全て事実。

 しかし一方で、別の感情も彼女の胸中に渦巻いている。


「嬉しいのだけど、あなたが来る必要なんてなかったでしょう。死ぬのはわたしだけで」

「また、冗談は休み休み言いなさい。死ぬのは怖い、と貴女言ったじゃありませんの」


 かつて陽だまりの部屋でヘルツと交わした会話を思い出しながら、オディールがヘルツの背中を擦る。

 優しい言葉を受けたヘルツだが、それでも彼女は首を横に振った。


「いえ、確かに死ぬのは怖いわ。でも、わたしはお友達のあなたが死ぬ方がもっと怖いの」

「貴女……」


 流れ出る水音と、マギーラが部屋を物色する物音が二人の聴覚を支配する。

 ぎゅっと拳を握ったオディールが、右の掌を開き、ヘルツの背中を叩いた。


「きゃっ!?」

「しゃんとしなさい! いいですか、今から貴女に大切なことを伝えますわ、耳の穴かっぽじってよく聞くこと!」

『龍脈を人工的に弄るのは現状不可能』という話は、【龍脈型魔法陣】実現のための大きな障害になりそうですねぇ

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