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第四話 野盗ですわ!

 がらがらと車輪が軋み、馬の蹄が地面を蹴る。

 広がる夜の森の中、開けた場所がまばらにあり、今一行は一旦森を抜け次の森へと突入しようとしているところだ。

 御者席に座るゲルドの背中側で、セバスが荷台の幌を持ち上げる。


「失礼、隣に座っても?」

「ん? あぁいいぜ。足元気を付けろよ」


 ゲルドは手綱を握り、全周に警戒を向けたまま許可を出す。

 セバスは走る馬車の上で器用に動き、ゲルドの隣に腰掛けた。


「お嬢ちゃんは?」

「寝ています。色々と心労があったのでしょう」


 ちらりと幌の内側に視線を向け、セバスは横になって寝息を立てているオディールの姿を思い出した。

 乗り始めは簡素な造りの馬車に文句を垂れ、積み荷によって圧縮された空間にまたもや文句を漏らしていたのだが、すっかり日が落ち月が上った今、昼の我が儘が嘘のように深い眠りに落ちているのだった。


「そうかい。予定通りだと夜明けの少し後に到着するはずだ、存分に寝かせてやんな」

「はい、お気遣い感謝します……そういえば、酒は飲んでないんですね」

「あったりめぇよ、いくらオレでも仕事中に酒は飲まねぇよ。昔上官にこっぴどく叱られたもんだぜ」


 御者席には特に何も置かれていなかったことと、昼間より喋りがはっきりしている事実に気付いたセバスが問いかけた。

 返ってきた答えは、彼が本当に聞きたい内容を示唆するものだ。


「上官、というと。貴方はやはり」

「……待て。その話は一旦やめにしよう」


 飄々とした表情から一転、ゲルドは眉間に皴を寄せ人差し指を口の前に置いた。

 セバスもすぐさま索敵を始め、聴覚と視覚に意識を割く。

 すると、微かに聞こえてくる。


「馬……?」

「あぁ、多分な。まだ距離はあるが、右後ろ方向から来てる……聞くが兄ちゃん、戦いは得意かい?」

「体術の心得は最低限。特別な魔術は使えません」

「そうか、オレもだ。この足音は全速力で来てる、積み荷を運ぶ奴らじゃなさそうだぜ」


 その言葉が意味するのは、つまり。


「──野盗、ですか」

「そうなるな。まぁ兄ちゃんは待っててくれ、オレが片付ける」

「では自分は馬車近くで守備に徹します。その馬上槍(ランス)を思う存分振ってきてください」

「ほほぉ、よく見てやがる」

「手に届く範囲の得物は把握しておきませんと」

「……さては兄ちゃん相当できんだろ?」


 軽口を叩きながらも、片手で馬上槍を引き寄せてゲルドは馬に飛び乗った。

 進行方向を直角に変え、接近する野党に対し横腹を晒す。

 ゲルドは馬に繋がれた留め具を外し、馬車本体と馬を分離、自らは馬の背に乗り野党の元へと駆け抜ける。

 闇の中を黒い装束で近寄ってくるのは、二頭の馬とそれに跨る人間だった。

 馬上槍を構えたゲルドが声を張り上げる。


「この野盗崩れがァ、名を名乗れぃ!」

「──」


 当然返答があるはずもなく。

 ゲルドの中の義理は通した、ここで名乗りを返さないならば、相手は騎士道に則った相手ではなく。

 故に、ゲルドが戦い方を気にする必要はない。


「兄ちゃん、目を伏せろ!」

「!」


 言葉と同時に、ゲルドが懐から小瓶を取り出して放った。

 小瓶はくるくると回転しながら迫り来る馬の鼻の頭に吸い寄せられる。

 ガラスの弾ける耳障りな音があたりに響き、中に湛えられた液体が外気に触れて、魔術が発動する。

 刹那、月と星の僅かな光を除いて暗闇だった周囲が、一面真っ白に塗り替えられた。


「うわッ!?」

「うっ、ゲルドさんこれは!?」

「ただの目くらましだ、コレを通すための、な!」


 騎手は咄嗟に腕で目を隠し完全に視界を奪われずに済んだが、跨られる馬はそうはいかない。

 所詮野盗が乗るためだけに飼っている馬、急激な視界の変化にパニックを引き起こし、前脚と後ろ脚を振り回して錯乱状態に陥ってしまう。

 二頭いるうちの一頭はその場で暴れ回り、もう一頭は方向も分からず駆けずり回る。


「あっ、おいこら!」


 そしてゲルドは、自ら作り出した隙を逃すほど間抜けではない。

 よく訓練してある自身の馬の目隠しを外し、暴れ回る馬の元へと駆けさせる。

 上下する馬の背で揺られながら、ゲルドは前傾姿勢になり馬上槍を水平に構えた。


「≪悪魔祓い(デモントラッシュ)≫ゥァ!」


 馬上槍は輝きを帯び、白と金の光が槍身から螺旋状に広がる。

 ゲルドは擦れ違いざまに輝く馬上槍を横に薙ぎ、暴れ回る馬とその騎手を切りつけた。

 駆け抜けるゲルドの手の槍から、輝きは騎手へと纏わりつく。

 そして白と金の螺旋状の輝きは、それぞれ水平と垂直に騎手を包み、極限まで光を強めた後、破裂。


「うぐぅぁッ」


 騎手は意識を失い倒れ込んだ。

 暴れ回る馬に頭や身体を踏み砕かれるかと思いきや、馬も切りつけられた痛みで精神的限界を迎えたのか、その場にへたり込んでしまった。

 無力化に成功した獲物を確認し、ゲルドは馬車の方向を見遣る。


「おう兄ちゃん、そっちに行ったぞ!」

「行った、じゃなくて行かせた、でしょう!」


 駆け回っていた馬とその騎手が、停車してある一行の馬車の元へと突っ込んでいく。

 馬車と馬との間に位置取りながら、セバスは悪態を吐いた。

 発光する小瓶を放り投げてすぐ、ゲルドが走り回る馬の方へ顔を向けていたのをセバスは見ていたのだ。

 何を企んでいるのか、と訝しんでいる間も無く≪悪魔祓い≫を決めたため、その流麗な槍捌きに思わず目を奪われていた。


「わぁぁぁぁぁ!」

「チッ、お嬢様がいらっしゃるというのに……!」


 なりふり構わず走り回る馬に振り回されて騎手は完全に正気を失っており、馬にも騎手にも方向転換は期待できない。

 余裕が無くなり言葉遣いが荒くなりながらも、セバスは構えを取り呼吸を整えた。


「フゥ……」


 馬が馬車に激突するまで、目算凡そ十秒。

 それだけあれば、全身の()の巡りを把握し意のままにして釣りが来る。


「──はッ」


 深呼吸を一つして、セバスは自ら馬の元へ飛び込んでいく。

 そして指を曲げた右の掌をギリギリまで引き、上半身全ての筋肉に力を込めた。

 踏み込んだセバスの脚が、次は左に向きを変え馬と擦れ違う形になる。


「──せェいッ!」


 腰、胸、肩、肘、そして手首。

 全ての捻りを一度に解放し、馬の右前脚の膝を強かに打ち抜いた。

 苦し気な悲鳴を上げて馬は転倒、夜の野原を滑っていき、騎手もまた放り投げられた。

 強く背中を打ち付けた野盗は、呻き声を漏らすばかり、


「うぐッ……がぁ!?」

「ふぅ」


 起き上がりかけた野盗の首に回されたセバスの手は、一息に力を入れられ首を締め上げた。

 じたばたと暴れかけた野盗だが、すぐに意識を失いその場に倒れ込む。

 セバスは念のため心臓の鼓動を確認したが、動きは止まっておらず死んではいないようだった。


「中々やるじゃねぇの兄ちゃん、今の東の方にあるとかいうブジュツ? とかいうやつだろ?」

「あれは発頸(はっけい)っていうみたいです。東の方出身の師から教わりました」

「ほほぉなるほど、ありゃあ便利そうだ、是非とも後でご指導願いてぇもんだぜ」


 あっけらかんと笑いながら野盗の荷物を検めるゲルドの手際は研ぎ澄まされていて、野盗の襲撃への慣れを感じさせる。

 時たま屋敷内に侵入者が現れるため予想外の襲撃への対応にはセバスも慣れているつもりだったが、その後の処理までは頭が回らなかった。

 まだ身体中を巡る血液と気が落ち着かないセバスの言葉遣いは荒くなっていたが、彼は呼吸を整え自己を平常時の身体に戻していく。

 めぼしい戦利品を粗方回収したゲルドは、屈めていた腰を伸ばして立ち上がり拳で腰を叩いた。


「いやぁ年は取りたくないもんだ、体中にガタが来てらぁ」

「そんなご謙遜を。先程の技の冴え、見事でした……以前帝国首都で演習を見学させてもらった際と遜色ありませんでしたよ」

「──やっぱ分かるか」


 セバスはあの≪悪魔祓い≫に見覚えがある。

 あれは、帝国軍の騎馬隊が習得を義務付けられている聖なる斬撃である。

 祈りの力を凝縮させ、神の加護と皇帝の権威を示す白と金の輝きで悪を討つ。

 その技を披露したという事は即ち、ゲルドは過去に皇帝直属である帝国騎馬隊に所属していたということである。


「見よう見まねで出来る程帝国騎馬隊の技術は軽くないでしょう。昼間に見せて頂いた紋章も合わせると、ゲルドさんはかなり位の高い……んぐ」

「おっと兄ちゃんそこまでだ。悪ィが地位の話はタブーで頼む」


 何時の間にか装着していた籠手でゲルドはセバスの口をつぐませた。

 真剣な物言いに踏み込んではいけない領域を察したセバスは、夜空を見上げ月を眺めるゲルドに声が掛けられなかった。

 その姿には、哀愁に似た何か切ないものを感じたからだ。

 けれども、この場には空気を読むという行為が大の不得意な令嬢が一人。


「せばすぅうるさいですわよぉ」

「あぁすいませんお嬢様、ちょっと獣が」

「そーですのー、まかせましたわぁ」


 寝ぼけまなこで幌を持ち上げ、信頼する執事に質問を投げかけるオディール。

 強気な彼女だが寝起きと食後と発熱しているときはこうしてふにゃふにゃになるのだ。

 きちんと声が返ってきて安心した彼女は欠伸を一つして、再び幌の中へともぐりこんでいった。


「……我ながら、能天気なお嬢様ですね──」

戦闘シーンはしばらく見納めかと〜

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