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第三九話 事情聴取ですわ!

「あれ、聞いていなかったのかい?」

「聞ーてませんわよー!?」


 素っ頓狂な声を上げるオディールに対して、通りすがりの者たちから白い目が向けられる。

 至って平静にセバスが主の口をつぐませた。


「むー、むー」

「お嬢様が失礼いたしました。それで、社交会へピエール様も参加なさるというのは本当なのですか?」

「本当も本当、大真面目だよ」


 机の上に並べられた杯の内の一つを取って、ピエールは中身を喉に流し込む。


「そもそもボクがブルーネンに来たのだって、舞踏会に参加するためさ」

「えっ、てっきり市を見に来たものだとばかり思ってましたわ」

「それも確かにある。前乗りしたのはそれが理由だよ」

「じゃあ、先生もそうなのかぁ?」


 会話の流れを汲んで、マギーラが態々先生がやってきた理由の当たりを付ける。

 自分に教えを授けてくれる先生が何故自分の工房から抜け出して別の町へやって来たのか、最も若い弟子としては興味があるところだ。

 しかし、彼女の予想に反してピエールは首を横に振った。


「いや、先生は舞踏会なんかには万が一にも興味ないよ。先生には先生なりの理由があったんじゃないかな」

「あら、先生の工房はゴドレーシ領にあるわけでしょう。其処にいるところを貴方が誘ったのではなくって?」

「そうだけど、正直来るとは思ってなかったんだ。暫く自分の領を空けるから事情を説明するために顔を出したようなものだよ」


 貴族の生まれであり礼儀作法には精通しているピエールだが、その中には先生から教えられた東方のものも含まれる。

 かつて『仁義礼智』という概念を教え込まれたとき、隣のオディールが首を傾げていたのを彼は覚えている。


「というわけだから、少なくとも舞踏会でのいざこざに関して過度に心配する必要はないよ。ボクも陰ながら手助けするさ」

「ありがとうございますわ。そういうの、本当はセバスの役目なのですが……」

「生憎、私もルーフェ領の外での集まりには詳しくありません。ただでさえ舞踏会への参加が許される身分ではないので、御助力感謝致します」


 椅子に座りながらセバスは深々と頭を下げる。

 その表情は苦虫を噛み潰したようなもので、彼の内心に湧き上がる忸怩たる思いを表していた。

 つい先日の魔王軍襲撃事件の際にも、オディールはピエールの傍で城壁内の大本営におり、セバスは最前線で走っていた。

 ブルーネンにピエールがいると知ったときから感じていた不安と嫉妬心が、彼の中で膨れ上がりつつあった。


「うん、こちらこそよろしく頼むよ。記憶の限りでは従者が待機できる部屋も近くにあった筈だ」

「有事の時には頼りにしてますわよセバス」

「えぇ、はい。お任せください」

「オディール様、あたしはぁ?」

「勿論マギーラも! 宜しくお願いしますわね」


 やや押しが強くなってきたマギーラの成長を嬉しく思いながら、オディールはマギーラの手を握る。

 その事実もまた、セバスの心を蝕みつつあった。

 ブルーネンで新たに仲間に加わったマギーラは純粋無垢、大変な境遇に放り込まれたオディールの傍にいるにはこれ以上ないほど適切な人材だ。

 だが一方で、マギーラは普段の会話相手となったり、宿屋で同部屋になったりと、自分に比べて凄まじい速度でオディールとの仲を深めている。

 今だって、マギーラに向けた声音の方が高く、機嫌がよさそうに思える。


「さて、ボクが参加するって話はここまでにして。本題に戻ろうか」

「舞踏会の内実、そしてブルーネン城主が何故(ワタクシ)に代理を頼んだのか、ということですわね」

「ブルーネンの舞踏会には少々きな臭い噂が絶えなくてね」


 ピエールは一旦言葉を切り、その場の面々を見渡した。


「……これ以上はここで話すと不味い。ボクの部屋に場所を移そうか」




<***>




「寛いでいってくれ、と言いたいけど、そこまでのんびりした話でもない」


 ピエールが宿泊している部屋だが、本日は如何なる用事か、老爺は席を外していた。

 椅子に腰かけた一同に向かい、ピエールが切り出す。

 普段の飄々とした言葉遣いに比べると、数段真剣みが滲み出ている。

 オディールはひっそりと唾を飲み込んだ。


「ブルーネンの舞踏会と言えば、キルオ同盟の懇親会も兼ねていることで知られている」

「キルオ同盟の? ブルーネン城主はそれなりに経済力がありそうでしたが、懇親会を主催するほどの権力を有しているようには見えませんでしたわよ」

「お嬢様、確かにブルーネンはキルオ同盟の中では中堅といったところですが、立地はかなり恵まれています。キルオ同盟の南端であるブルーネンで舞踏会を開くのなら、近隣の非加盟都市も誘致できるかもしれません」

「あぁ、確かにそれもそうですわね」


 ルーフェ領にまで手を伸ばしつつあるキルオ同盟の最南端、それこそがブルーネン。

 セバスの言う通り、舞踏会を通じて近隣都市との交流を深め、同盟の支部を置かせてもらおうという目論見を、城主は抱いている。

 それだけでなく、舞踏会を成功させることには、もっと短期的な意義がある。


「理解が早くて助かるよ。そんな感じで、ブルーネンで開かれる舞踏会だけど、そこで一つ面白い話があってね」

「面白い話ですか」

「そう。この舞踏会、キルオ同盟内外のお偉いさんが参加するというのは、オディール、キミなら分かるだろ?」

「勿論ですわ。実家の舞踏会で諸侯のおじさまたちとおしゃべりした記憶が蘇ります。あれは本当に面倒でしたわね」

「そこまで分かっていれば十分。今回もその面倒な仕事が待っていると思って差支えない」


 傍らのマギーラにも見て取れるほど、目に見えてげんなりしたオディール。

 顔色を窺う、という行為は彼女が最も苦手とする行為の一つなのだから、辟易するのも当然と言える。


「で、その仕事を熟した暁には、とんでもない報酬が待っている」

「報酬ですか。とんでもない、と言うからにはかなりの品を頂けるのでしょうか?」

「良い問いだが、セバスクン、そうじゃない。舞踏会で最も目立った人物に対しては、次回の舞踏会が開催されるまで商売繁盛の祝福が授けられるんだ」


 これまでの話の流れ上、考えにくい言葉がピエールの口から飛び出した。

 ぴくりと反応したオディールが一瞬嬉しそうに目を輝かせるが、すぐに溜息を吐いて首を横に振る。


「祝福、って……そんなわけないじゃないですか。馬鹿な噂を真に受けるなんて、貴方らしくないですわよ」

「心配ありがとう。でもねぇ、非加盟の商人組合の為の舞踏会に、はるばるゴドレーシ領からただの噂に従ってやってくるほどボクは暇じゃなくてね」

「つまり、本当だとおっしゃるのですか?」

「その通りさ」


 三人の表情は険しさを増し、祝福という言葉の重みを共有している様子。

 マギーラはまたしても話題の流れに取り残され、思い切って全員に対して問うた。


「なぁ。祝福、ってぇ、そんなに凄いのかぁ?」

「凄いも凄い、規格外ですわ。貴方は先生の魔術を目にしたことがおありで?」

「え? あぁ。すっごいよなぁ」


 純粋な感想がマギーラから紡がれるが、的を射ているとも取れる。

 老爺の編み上げる魔術は帝国内で右に出るものがいないと呼ばれるほどの腕前で、一度杖を振れば世界が塗り替わる。


「それはその通りですわ。けれど祝福とは、魔術ですらないのです」

「──え?」

「正確に言うと、魔術かどうかすら確認されていない、という言い方が正しいかな」

「私の記憶が正しければ、付与から効果の発動、ひいては効果の消滅に至るまで、何一つ詳しい構造が不明、なのだとか」

「よく覚えているね。主より勤勉なんじゃない?」


 余計な一言を言ったばかりに、素早くオディールからピエールへ拳が飛んだ。

 額に痛烈な一撃を喰らい悶絶するピエールに、マギーラが声を掛ける。


「でも、噂があって名前が付いてるってことはぁ、誰か使ったことがあるんだろぉ?」

「そ、その通りさマギーラクン。祝福を扱えるのは、帝国の皇室に連なる者たちだけだ」

「ふぅん。じゃあそいつらに聞いたらいいんじゃないかぁ? どーやって使ってるんですか、ってさぁ」

「──そんなこと、考えたこともありませんでしたわ」


 柔軟な発想を披露するマギーラが、一言で纏める。


「今の話を聞いた感じぃ、その祝福ってのはこうしつ? の人たちだけが使える不思議な力なんだろぉ? じゃあ舞踏会にこうしつの人が来るんじゃないのかぁ?」

「ピエールの言う事を真実とするなら、まぁ、そういうことにはなりますが」

「うん、信じてくれて構わないよ」


 にこやかにほほ笑むピエールの姿は如何にも胡散臭いが、彼がこれまで嘘を吐いたことはない。

 オディールが追放されたときに、態々素質がありそうな商人としての道を勧めるくらいだ。


「ボクとしては、その祝福が欲しいがために、キミを呼びつけたんだと思うな」

「なるほど。救済の乙女と銘打って舞踏会でお嬢様の麗しい姿を披露すれば、最も目立つという条件も満たせるかもしれませんね」

「まぁ? 確かに? 私が煌びやかな衣装を身に纏えば魅了されない者はいない、と専らの噂ですし? 最も目立つ、なんて朝ご飯前と言いますか?」

「うぅん、こう考えるとブルーネンの城主も賭けに出たねぇ。この中身がバレたら常識を疑われるよ」

「ちょっと!?」


 城主の思惑がどうであれ、ちやほやされるのは大好物であるオディールが、もう調子に乗り始める。

 実際、エルフの血を継ぐオディールは成育環境の良さもあって、見た目だけなら相当のものである。

 きちんとした衣装を纏い、淑女たる振る舞いをすれば、出し抜ける可能性はそれなりだろう。


「とまぁそんなわけで、城主はキミに美しさを期待してる筈さ。わかったらすぐに支度をした方がいい」

「確かに……二人とも、すぐに出ますわよ! こうしちゃいられませんわ!」

「えっ、ちょっ」

「お嬢様!?」


 衣装の注文や靴の下見など、久しぶりに金に糸目をつけずに見た目に気を遣えそうだと判断したオディールの行動は早かった。

 二人の従者を引き連れて、ピエールの部屋を出る。


「それじゃあお邪魔しましたわ! また舞踏会でお会いしましょう!」

「あぁ、それじゃ息災で」


 椅子に座り、振り返って片手を背もたれに乗せたピエールは、もう片方の手で彼女達を見送った。


「ま、ボクだって目立ちたいがために来たわけだけど」


 独り言は、誰にも聞かれないまま、部屋の絨毯や寝台の布地に吸い込まれていった。

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