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第三八話 聞き込み調査ですわ!

遅れてすみませぇぇぇん!!!

「えーっと、整理しましょう」


 日が沈んだブルーネンの屋敷の中、昨日は魔王軍襲撃への対応に奔走していた時間に、三人は談話室に集合していた。

 周辺にある調度品の数々や柱の意匠、飾られた骨董品などなど、昨晩まで滞在していた宿屋の部屋とは大いに様変わりしている。

 それもそのはず、此処はブルーネン城主の屋敷なのだ。


「整理、と言いましても(ワタクシ)にも何がどうなったかさっぱり分からないのですが」

「ふぅん、なぁんか大変なことになってんだなぁ」

「あぁ、マギーラ様には殆ど事情を説明していませんでしたね」


 置いて行かれているマギーラに向けて、セバスとオディールがかわるがわる説明する。

 副領主に就くことにしたこと、これからは屋敷で領主らと寝食を共にする事、来たる社交会で代理として出席しなければならないことなどを伝える。

 仕事はおいおい与えられるとのことだが、マギーラにこなせる仕事はそう多くないだろうという判断で、そこは割愛した。

 一通り聞き終えたマギーラは、相変わらず事態の大きさが分かっているのかいないのか分からない様子。


「へぇ、オディール様、大変なことになるんだなぁ」

「笑い事じゃありませんことよマギーラ! 貴方にも舞踏会には出てもらいます!」

「──へ」


 唐突に焦げ茶色の髪の少女の顔が引き攣る。

 彼女の脳内には、ブルーネンで老爺が宿泊する宿屋に訪問する時、無理矢理貴族風の言葉遣いを強制されたときの記憶が流れ出す。

 半分記憶を失っていたあの時のことを脳内の戸棚から引き出されて、やや動きが固まる。

 何も言わず、セバスが掌を開いてマギーラの目の前で何回か往復させる。


「どうやら相当嫌な記憶があるようです。マギーラ様は待機してもらっては?」

「そんなの嫌ですわ。私の出来る部下ですもの、自慢しなければ主が廃りますわよっ」

「お嬢様……だ、そうですよ、マギーラ様」

「うぅ、オディール様がそういうならぁ……」


 あまり気乗りしないようではあるが、覚悟は決まったというようにマギーラがオディールの目を見据えた。

 満足げにほほ笑んで頷いたオディールだが、話し合いたい議論は他にある。


「さて、それじゃマギーラの承諾も得られたことですし、本題に入りますわよ」

「ほんだいぃ?」

「あの男が何を考えているか、ですか」

「えぇ」


 突如として副領主の話を持ち掛け、社交会への代理出席を命令してきた領主。

 オディールは何方の職務もそれなりに覚えがあるのだが、問題になるのは何故わざわざそんなことを命令してきたのか、という点である。


「城主たるもの、舞踏会を始め社交界への出席は責務ですわ」

「増してやブルーネンの城主であれば、その回数も規模も並みの城主とは比べ物にならないでしょう」

「急にめんどくさくなったとかぁ? あたしも、ときどきそういうことあるぞぉ?」


 とても庶民的な指摘がマギーラから為される。

 一瞬それもあるか、と思いかけたオディールだが、セバスが首を横に振る。


「流石にそれは無いでしょう。あの男はかなり自己顕示欲が強く見えます」

「あぁ、だったらしゃこうかい? って、絶好の機会だよなぁ」

「そ、それもそうですわね」


 自分よりもマギーラの方が社交界への理解を示しているのに何とも言えない情けなさを感じつつ、オディールは咳ばらいを一つする。


「んんっ。まぁとにかく、その方向で考えると、私を看板に掲げようという魂胆も其れらしくなくなりましたわね」

「ですね。肉体を魅力的に魅せるのを忘れ、装飾品で自らを飾ろうとするあの男が、お嬢様を担ぐ必要がないと思われます」

「担ぐ、って……まぁ、その通りなんですけれど」

「じゃあ、どうしてオディール様を抜擢したんだぁ?」


 老爺による講義で徐々に語彙力が向上しつつあるマギーラが、根源的な質問を口にする。


「それに私が答えられないから、貴方たち二人を呼んだのですわ。何か思ったことがあればすぐ言ってくださいまし」

「そうですね……では私から一つ。兎にも角にも、聞き取り調査をしてみては如何でしょうか」

「って言うとぉ?」

「まずは一人、社交界の事情に詳しそうなお知り合いが、お嬢様に一人いらっしゃるではありませんか」

「あー……」


 思い当たる人物は一人しかいない。

 いけ好かない立ち姿と言葉遣い、服装までも鼻につくあの男。

 ブルーネンに着いてから何度か力を貸してもらったが、基本的にあの男には助力してもらいたくない。


「とはいえ、もう仕方ありませんわね。良いでしょう、明日の朝、先生とあの男が泊っている宿屋に向かいましょう」

「そうしましょう。推測に必要な情報が得られなければ、舞踏会でも情報収集すればいいのです」

「んじゃぁ、今日のところはひとまず解散、かぁ?」

「ですわね。そろそろいい時間ですし、明日からは公務が始まります。昨日の疲れも抜けきっていないでしょうし、休みましょうか」


 令嬢の言葉を最後に、三人はそれぞれに宛がわれた寝室へと向かう。

 マギーラ、オディール、セバスの順番に部屋があるという破格の待遇であり、領主の本気度を窺わせる。


「おやすみなさいませ」

「えぇ、おやすみ」

「おやすみぃ……ひとりで寝るの、久しぶりだぁ」

「来たくなったら何時でも来ていいんですのよ?」


 軋みを上げて扉が閉まり、オディールは自分の部屋の照明魔石を起動させる。

 翳した手から登録した魔力の反応を検知すると、照明の有無を切り替える仕組みである。


「よい、しょっと」


 三人の手荷物の大部分はオディールのものであり、衣類や宝石によって構成されている。

 ぱんぱんに詰められた袋の紐を掴み、彼女は寝台の傍へと移す。

 その中から普段使っている布地を取り出し、目元にかぶせて横になる……前に、思い出したように杯の中の水を煽る。


「んっ、んっ、んく……ぷは」


 健康のための習慣として聞きかじった方法を試しているだけという、いかにも彼女らしい習慣づけである。

 今度こそ寝台の上に横になり、目元を覆って掛け布団を纏う。

 つい先ほどまで会話をしていたせいか、目が覚めて仕方ない彼女は、しょうがないので眠くなるまで考え事をすることに決めた。


(……これから、大丈夫かしら)


 比較的安全と言われる帝国北方のブルーネンですら魔王軍の襲撃を受けたのだ、これでは何処に居たって明日に命が残っているか分からない。

 その上収入の目処もない彼女は、聊か怪しいところはあるが最善の行動を取れたという自負がある。

 だからといって不安が消え去るわけではなく、二人の従者の人生を背負う主として、またいずれ皇女となる淑女として、考えるべき事柄は尽きない。


「──」


 段々と思考の脈絡が無くなっていくのがオディールにも分かった頃、彼女は自分に眠気がやってきたのを自覚する。

 同時に、扉の向こうに何者かがやってきた事実にも気が付いた。


「あら? マギーラですのぉ~?」


 一人で眠るのが寂しいのかと思い何時でも部屋に来て構わないと伝えていた従者だろうと踏んで、オディールは眠気で間延びした声を掛ける。

 しかし扉の向こうからの応答はない。

 不思議に思う間もなく、彼女は耐え切れない眠気の襲うままに眠りに就いていった。




<***>




「ふぁ……」


 窓の外から差す日の光で目が覚めたオディールは、寝台の上で上半身を起こす。

 軽く腕を掴んで伸びをして、最低限目を覚ましたのちに綿の布地を手に取って扉の外へ出た。


「ふぁ……ぁ? おでぃーるさまかぁ?」

「あらマギーラ、おはようございますぅ──」

「おでぃーるさま、危ないぞぉ」

「お二人ともおはようございます。洗面台は彼方に」


 オディールと同時に隣の扉から出て来たマギーラも、彼女と同じように欠伸を噛み殺している。

 数十分前に目が覚めて洗顔と着替えを済ませていたセバスが、ふらふらと壁にぶつかりそうになる二人を先導する。

 途中何度か既に働き出している侍女たちと擦れ違いながら洗面台に辿り着き、二人はセバスによる警護の下で洗顔を済ませる。


「ふぅ、目が覚めました。早速着替えてあの男の元へ向かいましょう」


 二人の着替えが済んだ後、軽い朝食を頂いてから彼女達は外出する旨を侍女に伝える。

 仕事始めは少し後にするように頼んだ時には、直属の主の命令との間で板挟みになり大変困った表情を浮かべていた。

 少々可哀想なことをした自覚のあるオディールは、後で簡単な手土産を渡してその侍女を可愛がってやろうと決意する。


「ごめんください、ピエール・ゴドレーシはいらっしゃいますか?」

「失礼ですが、お客様のお名前をお伺いしても?」

「オディール、と言えば伝わるはずですわ」

「はい、オディール様……オディール様!?」


 自分の職場と故郷と実家をまるごと守ってくれた恩人が目の前にいると理解した受付は、動揺しながらも職務を第一に行動する。

 程なくしてピエールが現れ、三人を応接ようの空間に備えられた椅子に座るように促した。


「それで? 今日はまた何の用だい? 先生じゃなくってボクを呼ぶ理由があるんだろ?」

「相変わらず無駄に察しが良いですわね……」


 生来の察しの良さが、この場合において彼女らには有難い。

 一通り、必要最低限の事情を説明した後、ピエールが幾度か頷いた。


「ふむふむ、ブルーネンで開かれる舞踏会の事情を知りたいと」

「えぇ、何か知っていまして?」

「知ってるも何も、ボクは常連だよ。だからボクを頼るのは正解だね」

「あら、それはよかった──ん? ちょっ、貴方、今『常連』って」


 ピエールの口から聞き捨てならない言葉が飛び出したのを、オディールが問い返す。

 不思議そうに首を傾げたピエールが、至極当然の事実を口にした。


「ん? それはそうだよ、その舞踏会、ボクも参加するのだからね」

「はぁ!?」

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