第三七話 謁見ですわ!
間に合ったので投稿!
「聞こえなかったか? 貴様を副城主に任命しようというのだ」
「いえ、その、聞こえてはいたのですが」
「ならばよい。返事は明日の昼までに寄越せ。本日は足労であった」
椅子に手をついて立ち上がり、城主は応接間を出ていった。
取り残された三人も、使用人たちに連れられて外へ出る。
するすると屋敷の門の外まで歩かされ、重厚感ある軋み音が鳴って門が閉められた。
放り出された三人は、取り敢えず露店へと舞い戻る。
「えぇ~っと。オディール様、どうするんだぁ?」
「どう、って……」
最も貴族社会への理解が薄いマギーラが、最も知見が深いだろうオディールに向けていう。
しかし水を向けられたオディールは答えに窮していた。
其れもそのはず、いくら街を救った英雄だからと言って、副城主なる役職を与えて引き上げるなど前代未聞も良いところだ。
「お嬢様、失礼ながらあのお方と血縁は?」
「あるわけないでしょうが! こちとら儚くも気高いルーフェの血族だったんですのよ!?」
「はかない? けだかい?」
「それはですねマギーラ様、お嬢様とは正反対の人物像のことです」
「そこまで言わなくてもいいのではなくって!?」
挙げた理由はともかく、実際に血縁関係は特にない。
しかしセバスがこの問いを投げかけたのも尤もで、『副城主』という肩書はともかくとして、貴族が子息に自分の仕事を覚えさせるためにいくらか職務を投げることはある。
とはいえそれはあくまでも裏側の事情であり、わざわざ肩書を与えずとも、どの領主だって自由にやっていることだ。
「と、すると、濃厚な線として考えられるのは……」
「ミコシ、でしたっけ? 昔先生が政治の授業をしたときに言っていたような気がしますわ」
「そうですね、それに近いと思います」
二人は同じ結論に辿り着いていた。
今回の魔王軍襲撃騒動で一躍時の人となったオディールは、都市ブルーネンに限れば途方もない求心力を持っている。
それこそ、仮にもう一度襲撃があったとしても一丸となって抗戦する人が集まろう、と予測できる程度には影響力が強い。
「みこし?」
「簡単に言えば、人気取りのために表に立たされる人のことですわ。マギーラも、知らない人のお店よりも仲のいい人のお店から買い物したいでしょう?」
「あー、そーゆーことか」
雑な説明ではあるが、的を射る説明でもあった。
恐らくは、救世の英雄とでも祭り上げて人気を獲得、人の往来を活発化させて更なる利益を得ようという魂胆だろう。
慣例を破ってまで利益を上げようとするのは、最早政治家や貴族と言うよりも守銭奴だ。
費用や保証のなさなどから龍脈型魔法陣の建設を見送ったのも道理である。
「それで、どうするんですお嬢様」
「副城主、なるのかぁ?」
「あんな男の下につくなんてまっぴらごめんですわ! ……と、言いたいところですけれど。条件次第ですが、実際提案としては悪くないんですのよね」
単純な感情だけで動かない程度には、オディールにも理性がある。
副城主という肩書はなんとも歪で耳馴染みがないが、それでも城主に連なる役職であるという事実は確かに存在する。
今や何の後ろ盾も資金源もないオディール一行にとっては渡りに船だ。
「ま、だからこそ怪しいんですけれども。でも断る理由も見当たらないんですのよ」
「意外ですね、お嬢様なら自分の道は自分で切り開く、と言いそうなものを」
「あ~、言ーそう、言ーそうだぁ」
「心外ですわね、私何でもかんでも気に入らないわけではありません。清濁併せ呑むくらいどんとこいですわ!」
オディールは握り拳を作って自分の胸を叩く。
それなりに弾力と厚みのあるそこからは乾いた音はしなかったが、セバスとマギーラはきちんと頼もしさを覚えていた。
「であれば決まりですね。早速ですがお屋敷に伺いましょう」
「ですわね、善は急げですわ」
「あたしは留守番してるよぉ、あーいうとこ、疲れてなぁ」
「そうですか、ではしっかり頼みましたわよマギーラ」
マギーラが手を振って、屋敷の方へ歩みを進めるセバスとオディールを見送った。
存外早く舞い戻ったオディールらを迎えた使用人たちは、つい先ほどと同じように応接間へと彼女らを通した。
そしてこれまた同じように、不健康そうに脂を浮かべた男が開けられた扉から入り、椅子へと座る。
「戻ったか。では答えを聞こう」
「お時間頂きまして、大変申し訳ありませんでした。副城主などという大任、私には荷が重く感じられ──」
「御託は良い。結論を先に聞かせろ」
城主は、挨拶代わりにオディールから送られた言葉をぶつ切りにした。
セバスがやりにくさを感じる一方、オディールは城主への評価をやや改めていた。
令嬢自身も煩わしく感じていた社交辞令を取っ払おうとする姿勢は彼女も共感するところがある。
現時点での令嬢からの認識は、金にがめつく頭も体も健全ではないが良くも悪くも古臭い習慣に囚われない商人的な男、として固まりつつあった。
「では、僭越ながら。私、引き受けさせて頂こうかと思っております」
「そうか」
「それにつきまして、何か必要な備えなどはありますでしょうか?」
「何、そう畏まらずともよい。仕事は明日より与える。貴様ならば勝手も分かるだろう。荷物を纏めて本日の夜にもう一度訪ねるがいい」
話は終わったと言わんばかりに、座ったばかりの椅子から立ち上がり城主は扉へと近づいた。
使用人が急いで扉を開けると、その少し立ち止まる瞬間に思い出したのか、そうそう、と城主は振り向いた。
「近々ある舞踏会。貴様がワシの代理で出席せよ」
「……へ?」
ぽかんとする二人を置いて、城主は出ていった。
軋みながらしまった扉の向こう、靴と床が立てる乾いた音だけがその空間に響いていた。
<***>
某所、暗雲立ち込める丘陵地帯。
年季の入った城の中、薄暗い玉座の間が湿った蝋燭の燈火に照らされてゆらゆら揺れる。
「──報告は以上となります。処分はなんなりと」
「……」
アンガルスクは玉座から離れた場所に片膝を付いて、斜め前方の床の一点をひたすら見つめていた。
玉座の上、脚を組む何者かは部下の報告に対して碌に答えもせず、ただ押し黙る。
相手は日頃から無口だと理解していたアンガルスクだが、ここまで何も返事がないのは今まで経験してこなかった。
「……アンガルスク」
「は」
「よい。指令の内容は達成している」
「……はい」
「退がれ。大義であった」
「……失礼いたします」
吐き出される呼気の一つ一つが、滲み出る体温の一つ一つが、紡がれる言葉の一音一音が、形のない大岩のようにアンガルスクの背に圧し掛かった。
しかし、退けと言われて退けないようでは指示すら守れない愚民に成り下がってしまうことを、聡いアンガルスクは分かっていた。
ゆっくりと、しかし手際よく立ち上がり、玉座の間の扉を開いて、アンガルスクは一礼を残して退出した。
「ふぅ……」
全身の毛穴が弛緩し、気を抜けば失禁すらしてしまいそうな解放感に似た安堵を覚え、アンガルスクは大きく息を吐いた。
玉座の間に比べれば明るいものの、それでも蝋燭の火だけで照らされた廊下は薄暗い。
誰に見られてもこの情けないさまを見られても問題ないとアンガルスクが判断したのは、そもそも玉座の間傍までやってくるような者がいるとも思えなかったからだ。
「あっるぅえ? アンちゃんじゃあん!」
「──貴様か」
けれど、そんな玉座の間にのこのこやってくる大馬鹿者がいる、ということをアンガルスクは失念していた。
俯き気味だったアンガルスクの顔を、思いきり上半身を傾けて下から覗き込むその人物は、規律正しく衣服を着用している彼女とは対照的。
彼女に比べて身体の起伏は少なく身長も低いが、露出は比べ物にならないほど多く衣服としての機能を満たしているかどうか怪しい。
「貴様、何しに来た」
「え~、貴様ってアンちゃん冷たぁい! アタシ、ネルって名前があるんですけどぉ!」
「それも本名かどうか分からんだろう」
生真面目なアンガルスクと不真面目なネルだが、顔を合わせる機会は思いがけず多い。
アンガルスクにしてみれば不真面目なネルと付き合うのは御免だが、ネルからすればアンガルスクの真面目さが可愛らしいようである。
けれど、可愛がる対象をたっぷり虐められるのがネルという生物が魔王軍に所属している理由であった。
「で、そんなアンちゃんが失敗してのこのこ帰って来たんだ?」
「──いや、失敗はしていない」
「え~、ほんとぉ? アンちゃん本気でそう思ってんのォ?」
苛立つ気持ちを抑えるアンガルスクの周りをぐるぐる回りながら、ネルは目を細めたり口の前に手のひらを置いたりして煽りを重ねる。
「本気ならい~んだけどさぁ。多分それ、魔王様に気ぃ使われてるだけじゃねー?」
「貴様……!」
「だぁかぁらぁ。アタシはネルでぇ。アンちゃんは役立たず、ってことでしょぉ? 違うってぇ!?」
返す言葉が無く拳を握りしめるアンガルスクの表情を見上げるようにして覗き、ネルが満足そうに口角を上げる。
けれど、アンガルスクの脳裏には少しだけ会話を交わした高級そうな衣類を纏った女性の姿が浮かぶ。
その生きざまを思い返すと、今この場で抱える怒りなど、彼女にとってどうでもよくなった。
ふっと全身の力が抜け、自然体になったアンガルスクは自室へと歩みを進める。
「えぇ!? あれ、どーしちゃったん!? いつものアンちゃんなら赤くなって怒るじゃんっ」
「生憎だが。私はもう、未来を見つけている」
「はぁ? ちょっ、何それ、待ちなさいよぉ! アンちゃんの癖にぃ!」
今年はこのお話で終わります。
また来年もよろしくお願いいたします。
良いお年を!
【2024年1月5日追記】
本日分の更新厳しそうです、すいません……明日の夜までには更新予定です!




