第三六話 招集ですわ!
遅れましてすみませんでしたぁ!
商業都市ブルーネン。
日頃より活気溢れるその町は、魔王軍の襲撃を受けても翌日には復興へと動き出していた。
といっても城壁内部は大した被害を被っていないため、復興と言えど主な業務は外壁の補修だけ。
「おぅいそっちはどうだぁ」
「もー少しだから待ってろい! ったく、いきなりこんなでっけぇ壁直せったって、材料も人出も足りねぇよ!」
「にしちゃ随分活き活きしてねぇか、おい」
「……違ぇねぇ! ガッハッハ!」
不平を垂れながら外壁舗装を熟していく職人の騒ぎ声を通りの内側から聞き、セバスはブルーネンの健全さを思い知る。
食料を頂いた袋を抱えつつ、彼は再会した市の開かれている通りを進む。
臆病な貴族や守銭奴商人が撤退してしまった後故に、人通りは魔王軍襲撃前よりは少ない。
「……それにしては十分ですが」
きっちり起きて店番をしていたセバスは襲撃前の様子を知っているが、そこまで大きな差があるわけでもない。
ここまで城内に人が残っていたのはひとえに彼の主の演説の御陰である。
その主は、彼が今曲がった通りの先で、自分が出店するために割り当てられた空間にて店番をしている。
「ただいま戻りました……おや、マギーラ様は先生のところへ行かなくてもよいのですか?」
「ん? あぁ、今日はお休みだぁ。昨日いろいろ教えてもらったし、今日の予定はへんこうだぁ、って」
座り込みながら、セバスをマギーラが見上げる。
彼女もまた、昨晩の魔王軍撃退戦において大活躍した人物の一人であり、相手の機動力を大幅に封じる一手を放った張本人だ。
老爺による支援があったとはいえ、見事な魔術の才能を発揮していた、とセバスは後から聞かされている。
「その袋はぁ?」
「これは様子を見て来た市の皆様から頂いたものです。お嬢様のご活躍が耳に入っていたようで」
セバスが通りに敷かれた布の上にどさっと袋を置くと、袋は若干綻んで中から果物や野菜、干し肉などが垣間見えた。
覗き込んで感嘆するマギーラだったが、当のオディール本人は自分への贈り物を気にするわけでもなく、割り当てられた領域の奥で不貞腐れていた。
その様は正に意気消沈、やる気の「や」の字も感じられない。
「お嬢様も如何でしょう? 今朝は忙しくてきちんと朝食を取れなかったでしょう」
「そーですわねー」
果物をマギーラに渡しながらセバスが声を掛けるが、オディールは横になったまま。
出掛ける時に着る程度には気に入っている洋服に皴が入ろうとお構いなし、とでもいう素振り。
心此処にあらずといった様子だが、無理もない、とセバスは心の内で呟いた。
「いい加減に機嫌を直しませんかお嬢様」
「いや、別に私は不満があるわけじゃないんですのよ?
後悔なんて微塵もしてませんもの」
彼女自身が断言する通り、自らが魔王軍侵攻に際して取った行動に後悔はない。
……露店の品物が、きれいさっぱりなくなってしまってもそれが言えるほどには、彼女は思いきりが良くなかったというだけだ。
「それにしても」
辺りを見回して、セバスが呟く。
「随分と小綺麗になりましたね」
「な~んも残ってないなぁ」
「そう、そうなんですの──そこが問題なのですわ」
彼女が最初に立てていた計画は、掘り出し物を鑑定してもらい、それを目利きに売り捌いて利益を上げる、というもの。
鑑定までは上手く行っていたし、市が開かれてからも売れ行きは芳しくなかったが確かに売れてはいた。
けれど、残りの品数が八割を切ったか切らないかという段階で、その在庫分を全てブルーネン防衛に捧げたのだ。
「売上は残ってるとはいえ、これではとてもキルオ同盟に加入するには足りません……」
「それは仕方ありませんよ。第一お金などこれからいくらでも稼げばいいのです」
「そーだよぉオディール様ぁ。あたしも頑張るからさぁ」
「セバス、マギーラ……」
従者二人からの嬉しい言葉を受けて、意気消沈していたオディールの瞳に涙が浮かぶ。
そして彼女は思い出した、自らが彼ら二人を食べさせていくのだ、と覚悟したことを。
一度計画が水の泡になったからと言って何だ、これからまた頑張ればいいじゃないか。
自分を励ます言葉を胸の内に用意し、オディールは起き上がる。
「えぇ、そうですわね。これからです、これからですわよ私達は!
これからじゃんじゃんお金を稼いで、偉くなっ──」
「君たち、少し時間、良いだろうか」
最初に絶縁されたとき以来の高らかな宣言をしようとしたオディールの視線の先、通りからやってきた人物が言った。
その人物は何やら制服のようなきっちりした衣服を纏い、丈夫そうな素材で出来た帽子をかぶっている。
帽子には、ブルーネン城主の家紋があしらわれており、その人物が城主の部下であることは明白だった。
最も近い場所にいたセバスが代表して応答する。
「何でしょうか。我々が何か致しましたか?」
「いや、特に規律違反の報告は受けていない。今回君たちを呼び寄せたのは他でもない城主様だ」
「──はぁ!?」
今度は、最も遠い場所にいたオディールが声を張り上げた。
ずかずかと従者に歩み寄り、胸倉を掴もうとしたのをセバスに察せられて羽交い絞めにされた。
「何ですの、龍脈型魔法陣を却下して、その上で私達を更に虐めようっておつもり!?
どうせまた出店取り消しだの、収益剥奪だのなんだの仰る積りでしょう!?」
「──ごほん。君たちは何か勘違いをしているようだが、城主様がお呼びしたのはそのような理由ではない」
「そのような理由じゃないぃ?」
三人から少し離れたところで座り込んだままのマギーラが首を傾げる。
「とにかく、本日の昼の間には城主様の屋敷へ来るように。期限を過ぎれば先程君が言った内容も真実になるかもな」
「えっ、ちょっ」
「わたしの仕事はここまでだ。後は城主様に直接訪ねるように」
回れ右して去って行った役人の背中を、三人はぽかんと見つめるばかり。
何が起きたのか理解しきれないまま、一行は言われるがままに城主の屋敷へ向かうことにしたのだった。
<***>
城主の屋敷、その応接間。
それなりに──ルーフェ家の邸宅の使用人の個室程度には──広く、かつ豪奢に作られているその部屋に、身なりを整えたオディール、セバス、マギーラの三人が座っている。
三人のいる革張りの長椅子の対面、部屋にある同じ種類のものより一際大きな椅子に、城主が腰をかけた。
以前オディールが『クソハゲチビデブ』と称した、小太りの男である。
「あー、本日は足労大義であった」
「──お言葉ですが、その言葉遣いは──むぐっ」
まるで国王か何かのような物言いに苛ついたオディールが噛みつきそうになったのを、セバスが抑え込む。
不審なものを見るように、城主は目を細める。
「本当に貴様が、か……? まぁよい。臣民が嘘を吐くとも思えん」
「それで、本日はどのような御用で私どもをお呼びに?
今は市のさ中、城主様におられましてはお忙しいことと存じますが」
尊大な態度を見るのに二度目は耐えられなかったのか、オディールは脚を苛立たし気に上下させたまま笑顔を貼り付ける。
幸い机に隠れて対面の城主には見えていないが、穏やかな言葉遣いをするのは無理なようなので、隣のセバスが代理で本題を促した。
「うむ、昨晩の魔王軍とやらの襲撃の際、貴様らが大いに貢献したそうだな。ワシからも礼を言う」
口ではそう言いながら、特に頭を下げる素振りはない。
城主は臣民や騎士団からの報告を耳にしている為オディールという女が大いに役立ったのは知っているし、そのこと自体を疑ってもいない。
加えて感謝の気持ちもあるのだが、この男は感謝と利己的行動を同時に行える精神性を持っている。
「そこでだ。貴様らにとっておきの褒美をやろうとしてな」
「褒美、ですか?」
その瞬間、オディールは脚をぴたりと止め、目の色を変えた。
「あら、そんな、城主様、わざわざそこまでしていただかなくとも……私は己の正義感に従ったまでですわ」
真っ赤な嘘である。
従者の故郷故に守ろうとしたが、もし仮に彼女がブルーネンに何の思い入れもなかったのなら、彼女は確実に保身を優先している。
「ふむ、殊勝なことだ。であればこそ、この褒美を取らせるに足る」
「いえいえ、そんな……ところで、その褒美とやらは一体何なんですの?」
「なに、貴様らにとって損にはならぬ」
最早浅ましさを隠そうともしない主を横目に、決して周囲に悟られないようにセバスが溜息を吐いた。
一方マギーラはと言えば、先程から何のことについて話しているのか、四割程度までしか理解できていなかった。
城主が不健康に肉が詰まった指を、見た目だけは綺麗な指輪を大量に嵌めた指を組み、身を乗り出す。
「貴様をブルーネン副城主に任命しよう」
「────は?」
来週も遅れるかもです……この時間までには上げる予定ですが




