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第三〇話 開市ですわ!

 そして、オディール一行は市への出店準備を確実なものにしていく。

 五日前に粗方の準備を終えて、四日前には事前の客層調査を済ませ、三日前には鑑定が済んだ品の数々を受け取りに行き、二日前にすべての支度を終わらせる。

 そして、定期市を翌日に控えた夜、オディールとマギーラの宿泊する部屋に集まり、三人は最後の打ち合わせを行っていた。


「明日の出店可能時間は日没まで。それまでにいくら売り出せるか、ですわね」

「ですね。客層はそれなりに収入のある貴族や商人、上級冒険者の方々ですから、最後まで撤退はしないほうがいいでしょう」

「値段がけっこうばらばらだからぁ、置く場所とか考えたほうがいいのかもしんねぇなぁ」


 黒板に書き込んで各々の意見を交換し、注意すべき点を洗い出す。

 しばらく話し合いをした後、ある程度意見が出そろったら彼女達はお開きにした。

 露店の準備には時間がかかる、そのため早くに就寝して日の出と同時に準備を終えるように、今夜は速めの就寝を心がけたのだ。


「……」


 しかし、寝台に潜り込んだからといって眠りに落ちられるか否かは別問題。

 オディールは隣でマギーラが静かに寝息を立てる中、覚醒したまま天井を見上げていた。

 屋敷にいたころには寝台に備え付けの天蓋があったのに、今はそれがなく仰向けになると天井が見える。

 彼女はその事実に慣れてきている自分を何処か不思議に思いながら、そんな生活から抜け出して躍進する第一歩が迫ってきていることを感慨深く感じていた。


「ふふ……!」


 それらすべてをひっくるめても、やはり楽しみが優っている。

 何なら、オディールは既に達成感を覚えつつあった。

 これまで、自分が勝手に発想した内容を他人に任せた経験は数あれど、誰かを率いて何かを成し遂げたことはなかったからだ。

 眠れない夜は続き、さながら収穫祭の前夜に眠りに就けない子供のような面持ちで、オディールの夜は更けていった。




 翌朝。

 代表者であるオディールの名前が刻まれた板の設置された一角で、一行は露店の設営に勤しんでいた。

 彼等に与えられた区間は、ブルーネンへの入城口から城主の屋敷に繋がる中央通りのうち、城主の屋敷に近いところにあった。

 人通りが多くならないため比較的不人気なこの区域が与えられたのは、単なる偶然か、はたまた城主の当てつけか。

 ただ、彼等の売るものを考えれば、ブルーネンの中央という富んだ者たちの集まる場所に出店できたのは僥倖とも捉えられる。

 彼等は努めて現状を肯定的に捉え、可能な限り空間を効率よく使うため、平面にただ置くだけでなく、規定ぎりぎりまで高い支柱を幾つか立てていく。

 と、そこで隣の露店準備を進める中年女性からセバスに声がかかった。


「ちょっとちょっと、そこのお兄さん」

「はい? 私でしょうか」

「あんた以外に誰がいるってんだい。ちょっとここ支えてくれないかい?」

「あぁ、そういうことでしたら。マギーラ様」

「なんだぁ? あ、あたしが行ってこようかぁ?」

「お願いします。私は今手が離せないもので」

「何だい? そこの嬢ちゃんが手ぇ貸してくれるってのかい?」


 そうして他所の手伝いをしたり、また手伝って貰ったりしながら、セバスとマギーラは出店準備を着々と熟していく。

 両端を支柱に支えてもらうように縄を結びつけ、籠から伸びる紐を縄にかけて、即席の商品棚を作っていった。

 その作業を手際よく行っているのはセバスで、マギーラは眠い目を擦りながら彼の手助けをしているとなれば、残った一人が何をしているかは明白。


「……お嬢様」

「ふにゃぁ!?」

「普段よりもお早い時間での起床ゆえ、眠気はお察しいたしますが、よろしければ設営終了後にしていただけませんか」


 運営から支給された椅子にどっかり座りながら、口を間抜けに開けて舟を漕いでいたオディールが、びくりと目を覚ます。

 案の定と言うべきか、彼女は寝不足に陥っており、両目は半開き、それらの下には透き通るような肌とは対照的に黒い隈ができていた。

 セバスの言葉に促され、マギーラでは手が届かない場所の支えを買って出たオディールが、大きく欠伸をする。


「オディール様、眠そうだなぁ」

「えぇ……まぁ……んむにゃ」

「きっと緊張していたのでしょう。ここ数日間ずっと気を張りっぱなしでしたから、設営が終わったらぜひ休んでください」

「睡魔に襲われている主の代わりとなり、露店の店主を務める……ふっ、名誉ですわね」

「不名誉です。主の体調を万全に出来なかったとあらば、従者にとっての」


 きっぱりと、セバスは断言した。

 オディールが眠気を押して露店を出す場所へ現れたときから、ずっと彼は主の健康を気にかけていた。

 自室へ戻る前に暖かい乳を用意すべきだったか、はたまた宿に頼んで厚手の毛布を用意してもらうべきだったか。

 思案することは絶えず、次回以降の睡眠導入が必要な事態が発生した場合に備えて、心に刻んでおくのだった。


「さて……これで準備は終わりですかね」

「おぉ。お疲れ様だぁ、セバスさん」

「貴女にも随分助けられましたよ、マギーラ様。ですからここはお互い様ということで」

(ワタクシ)は?」

「早く横になって下さい」

「ぶー」


 眠気で訳が分からなくなっている彼女は、元とは言えおよそ貴族の令嬢が発するべきではない音を唇で響かせた。

 とはいえセバスの言葉を断る気も起きず、彼女は横になれる場所を探す。

 しかしただでさえ初回出展者が貸し与えられる空間は狭い上、今回は大量の品々を所せましと並べている為、そのような余裕は何処にもなかった。

 仕方が無いので貸し出された椅子に座り、机に乗せたそれなりに豊かな胸と柔らかな腕で突っ伏した頭を支えて眠りについた。


「オディール様、つらくないかなぁ?」

「普段とは違う姿勢で眠られるのは私としても本意ではありませんし、お体に差し支えることもあるでしょうが、熟睡できているのならば私達が首を突っ込むことではないでしょう。それに──」


 そこまで言って、セバスは予め持ってきていた毛布をオディールの背中にかけた。

 途中で打ち切られた文章の続きを、マギーラが急かす。


「それにぃ?」

「それに、お嬢様のことです。ここでお部屋まで運べば、後々『なぜ自分を売り場から遠ざけたのか』……と腹をお立てになると思いませんか?」

「ふふっ。確かになぁ、っはっは」


 経験則から来る主の行動予測を聞いたマギーラが、楽しそうにけたけた笑う。

 セバスとマギーラは、主を起こさないようになるべく小さな声で世間話を続けた。

 次第に活気付いて来る周辺の騒音が主の耳に入り眠りを妨げないよう、ゲルドから譲り受けた遮音機能を持つ魔石を主の首に提げたりもした。




 そして、オディールが起床したのは既に市が始まったあとのこと。

 何やら騒ぎになっているのに気が付いた彼女が微睡から目を覚ますと、店内の品々はある程度数を減らしていた。

 ただし、空の明るさから察せられる時間帯の割には減りが少ない。

 これは一体どういうことか、とオディールがセバスに問おうとしたとき、執事もまた主の起床に気が付いた。


「お嬢様!」

「あ~……何よセバス、これ、どういうこと?」

「あぁ、お目覚めになられましたか! でしたら話がお早い!」


 傍へと駆け寄ったセバスが、主の肩を抱いて空を指す。

 街の外側、大通りを真っ直ぐ進んだ延長線上で、何やら黒い煙が上がっている。

 耳を澄ませば、誰のものともつかない唸り声が方々から聞こえてくるし、悲鳴のようなものもそこかしこから響いている。


「なにが起きてるんですの……?」


 寝惚けた頭ではそれらの情報を処理しきれなかった令嬢が、聡明な執事に助けを求める。

 執事は少しだけ言い淀んだ後、意を決して自分の知る限りの事実を伝えることにした。


「ここ、商業都市ブルーネンは……魔王軍による攻撃を受けています!」

「……はぁ!?」


 生まれてこの方、名前を聞いたことはあってもその存在を目にした記憶のないオディールが、泡を食ったように慌てだす。


「魔王軍、って貴方、ここは帝国北方ですわよ!? 帝都の更に南東にいる魔王軍が来られるわけないじゃないですの!」

「しかし、そうはいいましても……!」


 信じられないという顔をするセバスは、オディールとピエールの師である老爺から預かった魔道具を起動させる。

 それは空中に板状の映像を映し出しており、どうやら高い位置からブルーネン城壁の向こう側を見たもののようだった。

 身を乗り出して映像を確認するオディールが真っ先に目にしたのは、ブルーネン城壁を背にして各々の得物を握る冒険者たちの姿。

 そして、彼らと対峙するように行進する、見るも異形な魔物や魔人の数々。


「本当、なんですのね」


 現実を受け止めきれないオディールだが、しかし自分の目で見た物だけは疑えない。

 魔王の手先どもがこのブルーネンを襲っている理由も経緯も、眠っていた彼女には分からない。

 けれども、ここで黙っていられるようなタマでもない。


「──だったら! 救いますわよ、この街(ブルーネン)を!」

「なっ……正気ですか! この街の為にお嬢様が危険に身を晒す理由など!」

「ありますわよ、セバス。ここは、大事な仲間(マギーラ)の故郷ですもの」

ちなみにマギーラは先生といます

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