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第二話 作戦会議ですわ!

「やる、とは言ったものの、何から手を付けたらよいのかしら……」

「算段はないんですか?」

「当たり前じゃない。そんなのあったらこんな場末の居酒屋なんか死んでも足を踏み入れませんわよっ!」

「ちょっ、お嬢様!」


 二人は現在、都市の中心街からは外れた場所、若干アウトロー寄りの人間が集まる酒場で休憩しながら先々のやるべきことを考えていた。

 ルーフェ家のお嬢様が大衆酒場に来た経験がないのは当たり前で忌避感が生まれるのも当然だが、このお嬢様の質の悪いところは思ったことを考えもせずに口にしてしまう所。

 幸いにも周囲のテーブルで酒の入ったジョッキを煽っているのは昼間から酒を飲むような連中であり、店内の喧騒に紛れてオディールの言葉は遠くまでは届かなかった様子。

 安堵したセバスが胸を撫で下ろす対面で、ドレスに身を包んだ自称淑女が音を立ててジョッキをテーブルに叩き付ける。


「だいたいねぇ、貴方ずっと口が悪くなくって!? わたしはねぇ、泣く子も黙ぁる、ルーフェの血族なのよぅ?」

「酔っぱらいめんどくせぇなぁ」

「そういうところですのよぅ!」


 腕を振り回して講義するオディールを横目に、セバスは店員を呼んで水を頼む。

 ルーフェ家でなくなったから今までは絶対に行けないようなところへ行きたい、と言っていたのはオディール自身なのだが、酒が入った途端この有様である。

 普段の傍若無人振りに磨きがかかっている、いや辛うじて羽織られていた理性が取り除かれたと表現した方が正しかろうか。

 それでもドレスにつまみや酒を零したりはしないあたり、最低限の育ちの良さが見え隠れしていた。

 そこで、オディールの飲みっぷりや服装を見て、傍のテーブルに腰掛けていた筋骨隆々な男が声を掛けた。


「おうお嬢ちゃん、おめぇこんなとこで昼間っからこんなカッコで何してんだぁ?」

「うるさぁいですわねぇ、アンタみたいなゴロツキなんかけちょんけちょぉんにしてやりますわ……セバスぅ!」

「ちょっと! ──私の連れがすみませんね、恋人に振られて傷心中なんですよ」

「そんでンな気合入ったカッコしてんのか! ま、そいつぁ災難だったなぁ!」


 豪快に笑いながら酒を煽る男性に、何とかうまく誤魔化せたとまたしても安堵したセバスがオディールの腕を掴んで立ち上がる。

 懐に仕舞っていた袋から、酒一杯と少しのつまみの代金に銅貨三枚を取り出して机に置いた。


「あれ、お客さん水は?」

「あ、すいません。ほらお嬢さ、いや妹、飲め」

「は? 誰が貴方のいもングッ」


 事情を把握し切れていない目の据わったオディールの肩を担いでいたセバスに、水の入ったコップを持った店員が声を掛ける。

 コップを半分奪い取るようにして受け取り、セバスがオディールの口を無理矢理開けて水を流し込む。

 突然に襲う洪水に彼女は危うく咽せかけたが、上流階級の矜持でギリギリで水を食道に通す。


「げほっうぇほぐほぅ」

「じゃ、お代はテーブルに置いといたんで。ごちそうさまでした」


 背後に店員の間の抜けた礼の言葉を受けながら、酒場の出入り口から外へ出る。

 セバスとしてはあそこで今後の展望について詳しく話したいと思っていたのだが、あそこまで酔っぱらってしまったらまともな話が出来るとは思えなかった。

 扉も何もない出入り口から外へ出たが、結局酔いつぶれて道端に座り込んでいる奴がいたり仲間とつるんで騒いでいる奴がいたりするため、一先ず飲み屋街から離れようと足を進めた。


「……このあたりならいいか」

「うぅ~、まだ頭がくらくらしますわぁ……」


 広場まで足を運ぶと、空いているベンチが目に入ったため、オディールを座らせてセバスも隣に腰掛けた。

 座りながらも腕を太ももに付けて下を向き、気分が悪そうにしているオディールの背をセバスが擦る。


「どうどう……ほら、あの噴水を見れば気分良くなるかもですよ。少なくとも下を向くのはよろしくないかと」

「そ、そぉですわね……うぷ」


 背もたれに体重を預けながら、酒気に塗れた吐息を漏らす。

 それなりに時間が経ち、先程飲んだ水が効いてきたのかオディールの顔色も回復していく。

 焦点の合っていなかった目が次第に覚醒しているのが隣のセバスにも見て取れる。


「──」


 そのまま暫く、二人で噴水を眺めた。

 激高し一度酒に酔ってから冷静になった結果、勘当された事実が流石のオディールにも重くのしかかってきたのである。

 そして理由はそれだけではなく。


「あの噴水」

「えぇ、何時でしたか、まだ小さかったお嬢様が具申したのでしたね」

「そうですわ。この街は無骨もいいところでしたから、せめて何か美しいものを作らなければ心が死んでしまいます、と危機感を覚えたのですわ」


 確かに、オディールが物心ついて暫くするまで、ルーフェ家は質実剛健、言い換えれば娯楽の少ない都市経営をしていることで知られていた。

 治安の維持では他の貴族を許さないほどであり、王宮から廷臣貴族が視察に寄越されることも少なくなかった。

 ただ、徹底した禁欲主義の為風俗や居酒屋は勿論、風雅や優美を感じさせる建築物すら禁じられていたため、居住する人間の数は多くなかった。

 その経営方針に風穴を開ける第一歩となったのが、幼き日のオディールの我が儘なのであった。


「全く……御陰でこの街はこんなに賑わってきたと言うのに! あろうことかその私を勘当だなんて、ちゃんちゃらおかしいですわよあのクソジジイ!」

「えぇ、本当に」


 溜め息を吐いて不満を露わにしてから、直ぐに語気を荒げて実の父親への不平を垂れる。

 いつもならセバスが窘めるところではあるが、彼もまた噴水を始め美しく変貌したこの街の立役者の存在を思い出したのだ。

 背筋を伸ばし足を揃えて隣に座る金髪の令嬢は、おもむろに立ち上がった。


「さてと。ずっと此処に居ても仕方ないし、そろそろ行きますわよ」

「えぇ、分かりました、行きましょうか。何処へ行くのか決まってないことを除けばいい案だと思いますよ」

「ふふ、貴方この私が無策のまま酒に溺れているとお思いで?」

「まぁ」

「そう言うと思ってましたわよ! もう!」


 頬を膨らませ、踵の高い靴で地団駄を踏んで悔しがるオディール。

 その子供らしい姿を可愛らしく思いながらも、表情には出さないよう意識してセバスは聞いた。


「それで、オディールお嬢様はどんな策をお考えで?」

「私、お金の扱いが上手いでしょう?」

「がめつい、を美しく言うとそうなりますかね」

「でしょう?」


 胸を張り、顔の横に垂れる金色のドリルを手で払う得意の仕草を披露するオディールである。

 令嬢時代、自分の服装や装飾品の為に家の資産を食い潰し、世界各地から珍しい物品を取り寄せる為に家の財産に手を付け、かと言って商人や学校から寄付を頼まれても一向に首を縦に振らなかった。

 その意味では清廉潔白であったと言えるかもしれない。


「そこで考えたのですわ、商人ギルドの重役になるのです!」

「なるほど、いきなり帝都に押しかけるのではなく、ある程度箔をつけてからお近づきになる、というわけですか」

「その通りですわ! この都市の商人ギルドはルーフェ家とズッブズブのズブですから、名残惜しいですが別のギルドを頼るべきですわね」


 一応筋が通っている、とセバスが感心する。

 このスカポンタンにそこまで考える頭があったとは、と口にはしないが頭にははっきりと浮かんでいた。


「そうと決まれば、この街を出ますわよ。持ち物がなくて準備が楽でいいですわね!」

「世間一般では裸一貫と言うと思いますがね」

「は、裸だなんてそんな、いかがわしい!」

「妄想たくましいですねこの痴女」


 顔を赤く染めて肩を竦め、顔を両の掌で覆うオディールにセバスの声が刺さる。

 ともあれセバスはオディールの人生を一生かけて支えると決断した身、その判断を最大限サポートする意思を固めた。


「では、護衛を頼みましょうか。冒険者協会に依頼でも出すとしましょう」

「ですわね。金貨でも出してこの街最強の冒険者を雇いますわよ」

「駄目です」

「は? セバス貴方、私がどうなっても」

「駄目です」

「あ、あの」

「 駄 目 」

「はい……」

このお嬢様口悪いな……

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