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第二五話 目覚めですわ!

 ゲルドの掌から放たれた一つの物体が、洞窟の奥へと転がっていく。

 狼型の魔物のうち、最も洞窟の手前側にいた個体が異変に気が付き近寄って来た。


「ガウ?」


 その個体は、鋭い嗅覚を持つ鼻先で物体をつつく。

 物体は二つの半球が組み合わさった球体であり、上下でそれぞれ異なった色が付いている。

 何度かつつかれた結果、球体が二つに分かれて内部の煙幕を噴出させる。


「ギャウッ!?」


 最初の個体が眼前で炸裂した煙幕に視界を奪われて発した鳴き声に他の個体が気付いた時には、既に彼らの元まで煙が這いよって来ていた。

 合計で五頭いた狼型の魔物は全て煙に呑まれ、そこに含まれる魔術効果に翻弄される。


「グウゥ!? ガウゥ!?」


 良く利く鼻を用いて視界に頼らず仲間の位置を把握しようとする狼達だったが、煙幕が持つ撹乱効果に乱されてしまう。

 全身を薄っすら内側へ押し込まれるような歪な感覚に身を包まれながらも、経験豊富な個体は近場の壁面に沿って脱出を図る。

 その内一体、煙に満たされていく洞窟の手前側に出て来た個体の首を、馬上槍が引き裂いた。


「──続けセバスッ!」

「はい!」


 呼ばれたセバスが、腰に提げた殴打用の手袋を装着しつつ駆け出した。

 一方で洞窟の外側、迷境の主要通路に待機するオディールとマギーラは、有り得ないと思いつつも万が一セバスとゲルドの間を魔物が抜けて来た場合に備えて戦闘態勢を取る。

 とりわけマギーラは事前にゲルドと交わした会話を思い出しながら、自らの持ちうる素質に思いを馳せていた。


「ふぅ……」


 呼吸を整え、自らの内側と外側に流れる魔力を感じ取る。

 そして次第に自らの支配領域を外側へと伸ばしていき、自分と外界とを同一化していく。

 これこそが森の民たるエルフが持つ魔術的な特性、外部領域の掌握である。

 ゲルドから知り合いの話として聞かされた手法を自己流に解釈した結果、一発目で成功させる辺りにマギーラの魔術師としての素養が見え隠れしていた。


「オォラッ!」

「ッセイヤァ!」


 彼女は、洞窟の奥、煙で充満している一帯のすぐ外側で狼達相手に立ち回る男二人の動きすらも、その周辺の魔力の乱れで感じ取った。

 これまでの人生で経験した覚えのない類の情報量に、思わず眩暈に襲われかけたが、すぐ後ろに支えるべき主が控えているのを思い出して何とか堪える。

 相手が自分に向けて抱いている感情が何となく理解できるエルフの目を持つマギーラにしても、自分の身体と言う枠組みを超えた情報の流入は未知だった。


「……凄いですわね、あの二人」

「ほんとだなぁ、オディール様。何が起きてんのかあたしにはさっぱりだぁ」


 男衆の動きが機敏でありながら緩急が激しく、相手を翻弄しつつ自らに攻撃が向かない様に立ち位置を調整している。

 魔力の乱れで動き自体は察知できるものの、マギーラはその動き一つ一つの意図までは分からない。

 それは人間相手だけではなく様々な体格・形状の魔物相手に戦闘経験を重ねてきたゲルドとセバスの持ちうる強みであり、そう易々と見破れる行動ではない。

 事実、狼型の魔物たちは突如現れた外敵に対応しながらも、決定力を不足させて攻めあぐねている状況だった。


「──あ」


 そんな中、マギーラが一つだけ異変を感じ取った。

 最初に球体を鼻先で転がしていた一体はずっと慌てふためいて冷静さを失っており、仲間による鳴き声にも反応を示さず走り回っていた。

 だから、他の個体が合理的に壁面沿いに煙から脱出したのとは違い、洞窟の中央部分から訳も分からず飛び出してくる。

 丁度その時男二人はその方向へ背中を向けており、気が付いているのはマギーラだけ。


(……どうしよう、どうしよう……)


 生まれて初めての戦いで、出来る限りの貢献をしようと心に決めていた彼女にとって、何かしらの行動を起こすのは必定。

 現状ただ守られているだけの彼女たちは、前線で戦っている男たちが不意の攻撃で瓦解してしまったら身の安全を確保できない、という観点でも可能な援護はした方がいい。

 マギーラは、生まれて初めて魔術的に世界への介入を試みる。


「──」


 精神を統一し、瞼を下ろして一際周辺の魔力の流れに意識を浸す。

 すると不思議なことに、彼女は瞼の裏側に視覚的な魔力の脈の構造図を見た。

 何処が不安定で、何処が変わりにくくて、何処がどんな風に動きたがっているのかが、手に取るように理解できる。

 だから、彼女は呪文を唱えずとも、魔方陣を描かずとも、魔石に魔力を込めなくても。

 彼女にとって自分の腕を動かすのと同じ理屈で、壁面から太い柱を伸ばしてみせた。


「ギャウッ」

「ッ! 何だぁ!?」


 横腹に柱が直撃した狼型魔物が絞り出した断末魔を耳にして、ゲルドが隙を晒さないよう意識しながら其方を見遣る。

 重要器官に折れた骨が刺さったその個体は、壁に激突して苦しそうに痙攣するばかり。

 その様を見て、最早これまで、と悟った他の個体たちは一様に逃げていく。

 徐々に煙も収まってきており、群れの生き残りが逃亡していったのを確認したゲルドが、痙攣している個体に止めを刺した。

 ゲルドは軽く十字を切り、セバスは師に教わったように胸の前で両手を合わせる。


「さて……そんじゃ解体すっから、そっちに転がってる方も運んできてくれや」

「了解しました。お嬢様、これから少々荷物が増えますが」

「構いませんわ、私が頼んだんですもの」


 未だ荷物に空きがあるのはオディールであり、彼女自身も戦闘に参加が出来ない分荷物運びを頑張る、と宣言済み。

 念のため確認を取ったセバスだが、自分を含む仲間の中で自分の出来ることを探す、という習慣が主の身に着いてきたのを理解して、心から嬉しそうな笑みをする。

 敵影が無くなったので、マギーラとオディールは周囲を観察しながら男たちの下へ移動した。


「……なぁ、マギーラ」

「なんだぁゲルドぉ?」

「後悔、してねぇか?」

「んぇ? するわけねぇだろぉ? 後悔なんかより、ありがとうって言いたいぜぇ」


 手を動かしながら背後に立つマギーラに問うたゲルドだが、その答えを聞いた顔は微妙なもので。

 彼としては、本気でオディールの役に立ちたいと願ったマギーラに力の目覚めを誘導したのは、間違っていないと信じている。

 とはいえ、帝都の騎兵隊に所属していた際、宮廷魔導士の卵たちが散々身を滅ぼしていったのを目にしている彼は、新たな力を得た若者の未来を避けようもなく案じてしまう。

 自分の判断で一歩を進み出せたことを喜べばいいのか、溢れんばかりの全能感に支配される未来を心配すればいいのか、彼には分からずにいた。


「そういえば、さっきの岩の柱のようなもの、マギーラがやったんですの?」

「おぉ、なんかできたんだぁ」

「すっごいじゃない!

 大丈夫、疲れてないかしら?」


 従者の大技に興奮したオディールがマギーラに抱き着くものの、すぐさま冷静になって相手の肩を掴んで確認する。

 へたくそな笑顔でマギーラは自分の身に異変が無いことを伝え、ふと思い立った内容を口にする。


「そういえば、さっき見えたんだけど。なんか壁じゅうほっそい管? みたいなもんがあってなぁ」

「管、ですか。マギーラ様」

「よく気付いたなマギーラ。ここは溶岩樹形、って言われててな」


 溶岩樹形とは、巨大な樹木の存在する場所に溶岩が流れ込み、その樹木の部分が綺麗に空洞になって冷え固まった洞窟を指す。

 迷境トレッペは、人が神々の怒りを買った結果として真樹が裁きの津波に呑まれて生まれた霊魂の溜まり場、という神話の元となった場所ではないか、と考察されている。

 その為なのか否かは不明だが、非常に魔力の流れが活発であり、生物の臨終周期を非常に早めているというのが一般的な知識人階級の理解である。


「つまり、マギーラが見たのは多分それだ。『なんかやってみたらできた』ってのも、豊富な魔力の助けがあってこそだろーな」

「へぇ……?」

「なるほど、確かに魔術は周辺の環境に大きく左右されると言いますものね」

「そーゆーこった。まー、一流の魔術師はその辺関係なしに万全の調子なんだよな。マギーラも頑張ればそうなれるかもだぜ?」


 オディールの先生たる老爺をゲルドが思い浮かべているのは、他の誰にも分からなかった。

 ともかく、と会話を切り上げてゲルドが捌き終えて軽い下処理をした狼型魔物の素材を袋に仕舞い、目的である竜の牙近辺で観察を始める。

 既に其方に向かっていたセバスが、残念そうに瞳を閉じて首を横に振った。


「残念ですが、この牙は流石に送れませんね。市場に卸す分には問題ないのかも知れませんが、相手は先生ですし、お嬢様が啖呵を切ってしまいましたし」

「うっ。な、なんですの、私が駄目だったって言う訳!?」

「いえ、寧ろお嬢様らしくて素晴らしいと思います。とはいえ時間が有り余っているわけではないのが事実です。竜の捜索に参りましょう」


 全体の方針を提言し、主を含む全員にセバスが了承を取った。

 そうして一行は、竜の骨の一部を採取して次の場所へ向かおうとする。

 けれど、忘れものが一つあった。


「?」


 ぴくりと人より長い耳を動かして、オディールが異変を察知する。

 それというのは、マギーラが噴出させた岩の柱。

 柱は壁面から洞窟の空洞部分へ伸びていたのだが、その周りを含む一帯が不自然に揺れて蠢いている。

 生物ではない筈の洞窟が生きているように動き出した不気味さを考察するよりも先に、オディールは自らの従者の少女の頭上に岩の塊が落下してきている事実への対応に取り掛かる。


「危ない!」

「──えっ」


 唐突に背中を押されたマギーラが前のめりになり、数歩駆けて立ち止まり後ろを見た。

 けれど、其処には自分の主であるはずの人物は居らず、代わりに人間一人程度落っこちて然るべき大きさの穴が床に空いているばかり。

 一拍遅れて気が付いたゲルドとセバスが、事態の深刻さに思い至り、顔を真っ青にして叫んだ。


「「オディール!」」




<***>




「っつぅ」


 数十秒間、或いは数分間、もしかするともっと長い間何処か長い道を転がり、止まった所でオディールは節々を抑えながら起き上がる。

 落下中に何となく察していたが、周辺は真っ暗で何も見えず、いつ何時も自分を助けてくれていた頼れる執事も見当たらない。

 これは不味いか、と内心の不安を閉ざした口の中で零し、一先ず夜目が利くまでその場を動かない様に、と思ったその時。


「縺ゅ縺? 溘縺っ雁縺輔縺九繧ゃ会?」


 彼女のいる空間のどこかから、耳にした記憶のない、人間の其れとは全く違う、しかし確かに()が聞こえてきた。

これはマギーラが凄いというよりは、エルフ全般の特性のようなものとお考えいただければ。

エルフが種族としてこの能力を有していると言われるので、ルーフェ家は能力に目覚めないオディールに過剰な期待を強いていたとも言えるわけですね。

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