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第二一話 出発してからが探索ですわ!

 ブルーネンを午後に出発した一行は、それから特に大きな波乱もなく旅を続けた。

 必要な物資で膨れた鞄を背に負い、先頭を歩くのはゲルドと、金属製の重い荷物を括りつけられた彼の所有馬。

 続いて配慮された量の食料品などを入れた袋を肩にかけ、並び立って歩くのがオディールとマギーラ。

 そして最後に一行の殿を務め、武器類を幾つか背負いつつも背筋を伸ばして歩くのがセバス。

 冒険者が旅をする際の基本陣形を取りつつ、魔物除けの魔道具を惜しまず使って街道を進むこと数時間。


「んー……そろそろ着くはずだが」

「大丈夫ですの? 道を間違えたりしていません? と言いますか、(ワタクシ)もう足が疲れて来たんですが!?」

「迷境ってのは日々ちょこっとずつ場所も移動するもんなんだよ。大まかには変わんねぇけどな」

「そしたら、どーやって探すんだぁ? どこにあるかなんてわかんないんだろぉ」

「そういうときのための魔道具よ」


 にやり、と口角を上げてゲルドは懐から一つの魔道具を取り出した。

 拳大のごつごつした石の外見をしたソレは、内部からは日が沈みだしているこの時間帯で何とか視認できるほどの光を放っている。


「もっと高ぇもんなら見やすいんだが。まぁ何とかならぁな」


 ゲルドが零したように、彼の持つ魔道具は廉価で比較的品質の悪い品である。

 これは、放った魔力の反射を利用し周辺の龍脈との相対位置などを把握して、一度足を踏み入れた場所の位置を記録する魔道具である。

 記録した地点に近付くほど光を強くするその石は、不思議と移動を繰り返す迷境にも対応しているのだ。

 光の強くなる場所を探して右往左往するゲルドに、幾つか荷物をマギーラとセバスに任せて身軽になったオディールが問う。


「そろそろですのー?」

「もうちょい、もうちょい……お」


 不機嫌になりつつある令嬢の質問に生返事をしながら歩き回るゲルドだが、現在地からの方角を把握して一直線に其方へ向かった。

 その様子から、どうやら見つけたらしいと察したオディール達が小走りで着いて行く。

 突然立ち止まり手元に視線を落としたゲルドの背中に、オディールがぶつかった。


「ちょ、ちょっとどうしましたの!?」

「……お、あったぜ」

「ほんとですの!」

「おうともよ」


 そっと身体を譲り、オディールの為に視線を通したゲルドが、懐から地図を広げる。

 印をつけた地点からそう大きく離れていないし、外見は以前探索に入った際に記憶しているモノと一致している。

 ゲルドが冒険者協会への報告の為に今回も位置を記載している間に、オディールは迷境の入り口に走り出す。


「わぁ……凄い、凄いですわセバス! 私、迷境をこの目で見るのは初めてです!」


 興奮しっぱなしのオディールを、セバスとマギーラは遠巻きから微笑まし気に眺める。

 成程、周囲の植生からは考えにくい蔓草が渦を巻いており、入り口からは紫と緑が入り混じった気体が漂ってきていて、オディールが興奮するのも頷ける。

 有毒な魔術に関連する物質であれば各々が持っている魔道具が振動して知らせるので、二人の付き人は安心して見ていられるのだった。

 しかし、地図への記載が終わり顔を上げたゲルドは、一息に顔を青ざめさせて声を張り上げた。


「ッおい! 嬢ちゃんすぐ離れろ!」

「ッ!? わ、分かりましたわ」


 唐突に背中から大きな声が轟いたオディールは、びくりと肩を震わせて渋々といった雰囲気でその場を離れた。


「もう、近付いてはいけないのなら、先に教えておいてくださいまし!」

「いやぁすまねぇな。それに関しちゃあ俺の落ち度──」


 ぴたり、と言葉を止め、ゲルドは手を水平に保ちもう一方の手の人差し指を立てて口元に当てた。

 それは静かに、という手の仕草であり、他の三人もそれを察して口をつぐむ。

 そして、人一倍感覚の鋭いマギーラの、人間よりも長い耳がぴくりと揺れた。


「どうした、マギーラの嬢ちゃん」

「……何かいる……?」

「よくわかったな。それじゃ俺の馬の傍に隠れてな、っと!」


 ゲルドは素早く得物の馬上槍を抜き、風切り音を響かせて何処かより飛来した昆虫型の魔物の角を受け止めた。

 金属同士が衝突したような鋭い音があたりに響き、森の木々がびりびりと振動する。

 オディールとマギーラはすぐさまゲルドの馬の陰に隠れ、セバスは腰に提げていた殴打用の手袋を装着した。


「セバス!」

「ッ、はい!」


 角を受け止めた馬上槍を掴む手に力を込め、ゲルドは一息に攻撃してきた昆虫型の魔物を弾き飛ばす。

 昆虫型の魔物は一旦退いて体勢を整えようとするが、其方は既に必殺の拳が構えられた死地。


「ッセイッ!」

「!?」


 極限まで引き絞られた腕から、押し縮められた後解放された発条(ばね)が伸びるさまを思い起こさせる拳が飛び出した。

 拳は正確に魔物の腹部に命中し、外骨格を軋ませながら人体の其れとは異なる色の体液をまき散らさせた。

 昆虫型魔物は人間で言う所の悲鳴を零し、強かに身体を森の木に打ち付け、少しの間痙攣していたかと思うとぴくりとも動かなくなった。

 細い三対の脚が閉じたのを目視して、ゲルドは一つ息を吐いて得物を拭き始めた。


「よくやったぜぇ、セバスの兄ちゃん! この手の虫野郎は群れることもねぇ。生きようとした彼奴に罪はねぇが、敵対した以上きっちり手土産になってもらうか」

「はい、それがよいでしょう。解体した分は……あの()が背負えそうですね」


 手袋に付着した魔物の体液を丹念に拭き取り、セバスは周囲に注意を向けつつゲルドとの会話に応じる。

 ゲルドの言う通り、攻撃してきた昆虫型の魔物は社会を形成しない種類で、群れの一体が撃破されたため総力を挙げてその危険を排除する……といった事態は考慮しなくても問題ない。

 魔物は昆虫の中でも堅牢な外骨格を有する甲虫に分類されるもので、特に雌に比べて雄が大きく発達させる角は即席の打撃武器として転用できる頑丈さを誇る。

 解体作業は上手く節と節の隙間に刃物を差し込めば波風立たずに進行するが、セバスが一撃で魔物を仕留められたのは唯一の弱点である曝け出された腹部に拳を直撃させたからなのだった。

 革袋と刃物を片手に使えそうな部位の解体を始めるゲルドを横目に、セバスは戦いに区切りがついたことをオディール等に報告する。


「お嬢様、マギーラ様、お怪我はありませんでしたか?」

「えぇ、おかげさまで問題なく」

「あたしも無事だよぉ」

「と、ところで其方の虫さんは何故襲い掛かってきたのかしら? このあたりが縄張り、とかでしょうか?」

「あー、それはだな」


 三人の話し声が聞こえたゲルドが、利き手で器用に甲虫型魔物を捌きつつ、もう片方の手で迷境の入り口を指し示す。

 ゲルドの馬の陰から出て来たオディールは、其方に視線を動かした。


「あれが見えるか? ほら、あの、毒々しい色の煙が出てきてんだろ」

「あぁ、見えますわ。あれがどうかして?」

「ありゃあ、この迷境トレッペが発してる煙でな、魔力を帯びててこの迷境の場所を示してるんだと」

「ははあ、成程……それで、それがどうしたのですか?」

「大抵の迷境は入ってすぐに冒険者協会が設営した安全地帯があるんだけどな、それでも内部で発生した魔物が飛び出てくるのを完全に防ぎきるには無理がある。んで、そーゆー奴らは魔力をふんだんに持ってっから、格好の餌場になんのさ」


 此奴は自分の狩場が奪われると思ったから攻撃してきたんだろうな、とゲルドは付け加える。

 内部の植生の観察や発掘調査などにより、迷境トレッペは龍脈付近を移動しながら、周辺の生物を取り込み内部の生態系を流動的に変化させると知られている。

 場所を示す煙を発するのは外部の生物をおびき寄せて生態系を常に変動させ続けるためではないか、と学者の性質を帯びる一部の聖職者たちが唱えているのだ。

 何故生態系を変動させる必要があるのか、必要性が生じたから現象を起こすのならば迷境は生物の一種なのではないか……と、未だ議論と疑問の尽きない迷境トレッペ。

 これから探索に挑もうというときに早くもその洗礼を受けたオディールは、未知の場所に対する高揚よりも警戒を増幅させた。


「──うし。そんじゃ使えそうなもんは剥いだから、早速入るか。全員、入ってすぐの安全地帯で防具を着用するようにな」

「えぇ。行きましょう!」


 膝に手をついて反動で立ち上がり、ゲルドが革袋を彼の馬に括りつける。

 オディールは大きく頷き、持ってもらっていた自分の分の荷物をマギーラとセバスから回収する。

 高鳴る心臓が興奮によるものか恐怖によるものか自分では判別がつかないまま、令嬢は生まれて初めての死地へ自分の脚で踏み込むのだ。

 一行は蔓草で出来た渦の中心にある入り口に次々と入っていき、全身に違和感を覚える。

 それこそが即ち、この世界から少しだけ離れた不思議な空間、迷境への入場券を手にした事実の合図。

 環境だけでなく法則すらもやや歪んだ箱庭で、竜の牙を見つけるという目的は叶うだろうか。

久方ぶりのバトルシーンだ!!!

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