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第十七話 好敵手ですわ!

 宿泊している宿に小鳥のさえずりが滑り込む朝、未だ目の覚め切らないマギーラを揺すり起こしてオディールが窓を開ける。

 彼女は清々しい空気をいっぱいに吸い込んだ。


「気ン持ちのいい朝ですわぁ~!」


 朝日の照らす石畳の路地には、早朝から既に多くの人が行きかっている。

 朝から近場の迷宮の探索に乗り出すもの、魔物に襲われながらも返り討ちにし素材を持ち帰ったもの、そうした手合いに魔道具などを売るため準備や呼び込みを行うもの。

 実に様々な職の人々が己の生計を立てる為に汗を流すその様は、かえって爽やかな朝に似つかわしく映る。

 満足げな表情で一旦窓を閉めたオディールは、その後朝の支度を済ませる。

 顔を濡れた布で拭き、手持ちの化粧品で最低限の肌の手入れをし、髪を梳かして袖に腕を通す。

 同じことをマギーラ相手に繰り返して、彼女は隣の部屋で寝泊まりしているセバスを呼び寄せた。


「──というわけで、今朝ここ(ブルーネン)に到着したらしい先生に会いに行きますわよ!」

「そうしましょうか。ところで事前に連絡は入れてあるのですか?」

「いえ、特に何も!」


 軽い朝食を取っていた彼ら三人の内、嚥下したオディールが意気揚々と宣言する。

 既に自分の取り分を摂取し終えていたセバスが確認を取ると、返って来たのは予想外と言うべきか、この令嬢ならば然もありなん、というべきか。

 恐らくそうだろうな、と思っていたセバスは、隣で一心不乱に食事を取るマギーラに水を渡しながら会話を続ける。


「仕方ないですね、しかしそれでも大きな問題はないでしょう。そもそもあの先生ですから、事前に連絡を入れたとて認識されない可能性の方が高く思われます」

「ですわね、(ワタクシ)もそう思いますわ。認めたくはないですが、あのいけ好かない派手な男が私の頼みを無碍にしたことは一度もありませんし」


 子供のころから、先生を通じて知り合ったピエール・ゴドレーシとオディール・ルーフェの間には、彼等にしか分からない独特の空気感がある。

 オディール自身は、互いに互いのことを嫌いながらも不必要な干渉も拒絶もしない、という関係性だと思っているが、一方のピエールがどう考えているかはこの場の誰も分からない。

 ただ、オディールの証言を踏まえて帰納的に考えるのならば、今回の頼みをにべもなく断られるという事態は考えにくかった。


「じゃ、正午前には出かけましょうか。ここから先生たちの宿泊する宿まではそう遠くないですから、昼食前には十分間に合うでしょう」

「むぐんぐ」

「こらマギーラ、口の中に食べ物を入れたまま喋らないように、と教えましたわよ」

「ごめんぐ」

「そこまで行くと器用ですわね」


 頬いっぱいにパンを詰め込みながらしゃべるマギーラの口元をオディールが拭う。

 食べかすを拭き取ってもらったマギーラが口に含んだものを呑み込んでお礼をし、セバスが頃合いを見計らって口を挟んだ。


「それでは私は一旦自室に戻らせていただきます。少々準備がありますし、お二人も先生に会うのならばお色直しが必要でしょう」

「ですわね~、それじゃまた後で呼びつけますから、それまで待機でいいわね?」

「かしこまりました……それではマギーラ様、陰ながら応援させていただきます」

「へ?」


 自分が話を振られると思わず、きょとんとした様子のマギーラと腕をまくり上げるオディールを残し、セバスが部屋を後にした。

 ギイ、と蝶番が軋む音を皮切りに、その部屋からは女のむせび泣く声とお叱りが聞こえて来たとか、来なかったとか。




 マギーラは徹底的に基礎的な礼儀作法を叩きこまれ、立ち振る舞いも突貫工事ながらなんとか形になった。

 代わりに精神力をすり減らしたのか、口数が多い方の彼女にしては珍しく殆ど喋ろうとしなかった。

 出発直前にオディールに頼まれた手土産を調達し終えたセバスは彼女らの部屋に舞い戻り、明らかに様子の変わったマギーラに恐る恐る声を掛ける。


「あの、マギーラ様?」

「ごきげんよー」

「……ご機嫌のほどは如何でしょうか、調子の悪い箇所などございませんか?」

「ありませんことよー」

「──」


 言葉を失ったセバスの肩が叩かれたかと思うと、其処に立っていたのは誇らしげな令嬢。

 腰に手を当て上体を逸らしつつ、ふふん、と鼻を鳴らした。


「どうですか私のこの手腕!

 あのマギーラがこんなにも言葉巧みになりまして……!」

「お嬢様、『言葉巧み』の意味が間違っています」

「ごきげんよー」

「──まさかお嬢様、マギーラ様に教えられた言葉と言うのは」

「貴族だのなんだの言いますけどね、マギーラはまだ私の従者の一人なんですのよ? だったら『ごきげんよう』と『ナントカですわ、ことよ』だけ言えればそれでいいじゃありませんの!」

「そーですわー」


 普段の歯が抜けたような声に無気力さとやけくそが合わさり、マギーラの言葉はすさまじく生気に欠けている。

 小綺麗に着飾った彼女は何処か虚無を見つめており、セバスがそのある種何の光もない瞳を覗き込んでも焦点が合っていない。

 唐突に情報を詰め込まれた人間が思考を放棄するとこうなるのか、とセバスは不謹慎ながらも感心したのだった。

 今後オディールに付き従うのなら敬語の扱い方を学ぶのは必須なうえ、片言でも取り敢えず今日乗り越えられればいいか、と自分を納得させた彼は、屈んでいた腰を起こす。


「まぁいいでしょう。それではお嬢様、向かいますか」

「えぇ。先生とあの派手好きクソ息子が宿泊しているのは、先生が寄越してくれたカミヒコーキとやらの魔方陣を書き換えて把握済みですの」

「お嬢様は何と言いますか、そういう小細工は得意ですよね」

「誉めてらっしゃる!?

 ねえそれ褒めてらっしゃるって解釈で果たしていいのかしら!?」

「そーですわー」

「お黙りマギーラ!」

「お嬢様がそう言わせているのでは……?」


 自分の発言を棚に上げたセバスが令嬢の自分勝手さに突っ込みを入れた。




 手段は置いておいても、オディールの調べた宿は高級なもので。

 それは、限られた持ち合わせと手放したルーフェ家の威光がオディールに安宿を選択させたが、その条件が揃っていなかったら間違いなく彼女も宿泊していただろう宿。

 建築様式からして豪奢かつ美麗であり、入り口傍に待機している守衛ですら気品を漂わせている。

 物怖じしない性格のオディールだからこそ胸を張って入口の戸を通り抜けているが、本来ただの町娘である彼女が入る資格などない。


「突然訪ねて来たから何事かと思ったよ。君がここに居るなんてねぇ」

「……伝手を辿るのは賢明な判断ではなくって?」


 唇を尖らせたオディールは意図して冷たい瞳で男を見上げた。

 宿屋にやってきたはいいものの、身分を証明する品物を特に持参しなかったオディールらは守衛らに拒まれたのである。

 約束を取り付けたわけでもなく客観的には押しかけただけの彼女らを窓越しに見つけ、態々出向いて話を付けたのが、この男ピエール・ゴドレーシだった。

 現在彼らは宿の入り口近くの広間に備え付けられた緩衝付きの椅子に腰を掛けていた。


「いや? 別段悪いとは思っていないよ、ただまあ、本当に()()()()か、てね」


 彼はきちんと記憶している。

 オディールが勘当された日にルーフェ領に訪れていたことに加え、帰りしな彼女に遭遇し助言を授けたことを。

 相手が助言として受け取っていないことまでは気付いていなかったのだが。


「それに関しては今はいいじゃないか。ここにいる理由も敢えて聞かないけど。用があるのは僕と先生どっちだい?」

「先生ですわ。少々頼みごとがありまして」


 かくかくしかじか、とオディールがピエールに先生と呼ばれる人物に会いたい旨を伝える傍らで、セバスがマギーラに耳打ちしていた。


「マギーラ様、今少々よろしいでしょうか」

「いいですわー」

「──いえ、失礼しました、忘れてください」


 ピエールからオディールに向けられた感情について尋ねようとしたのだが、この調子ではまともな意思疎通が危うい。

 セバスは一旦きっぱりと諦めて、後日また訪れるだろう機会に希望を託した。

 粗方の事情を理解したピエールが顎に手を当て考え込む。


「ふぅむふむ。となれば早い方がいいね。先生は僕と同じ部屋に泊まっているから、そこまで案内しよう」

「……随分協力的なんですのね」


 彼女がセバスとマギーラにこの計画を打ち明けるのに言いよどんだのは、その過程で関わらなければならないだろうピエールに茶々を入れられるのが嫌だったからだ。

 けれど蓋を開けてみれば、少なくとも突っぱねるような素振りは見せてこない。

 拍子抜けに感じたオディールがピエールを訝しむのは当然と言えば当然だった。

 しかし、組んでいた脚を解いて立ち上がるピエールは、臆面もなく返答を口にする。


「当り前じゃないか。君がそんなところで燻ぶっているのは、らしくない。君は傍若無人で自由な人間じゃないと、こっちの調子まで狂ってくるよ」

「それはどーも。お礼は言っておきますわ」

「ふふ、此方こそ」


 にやり、と笑うピエールは妖しい雰囲気を漂わせながら、手招きをしつつ階段を上っていく。

 オディールら一行は彼女を筆頭に、先生という人物の元へ歩みを進めるのだった。

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