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第一〇話 口説き文句ですわ!

「一緒にぃ、って何言ってぇ」

「言葉の通りですわ。能力含め、貴女の人生を預かりたいのです」


 直球な台詞を、恥ずかしげもなくオディールが放った。

 状況が状況ならば婚約の申し込みに等しい口説き文句だが、マギーラは喜びはしない。

 寧ろ激高して壁を殴る。


「んだよぉ……分かったよぉな口利いといて、結局それかぁ? オマエもあたしの目が欲しぃだけなんだろぉ? あぁ!?」


 苛つきを隠しもせず、縛り上げた令嬢を睨み付ける。

 少しでも自分を理解してくれる相手が表れたかと思って期待していた分、反動で失望も大きかった。

 何度も繰り返した心の動きをもう二度とするまい、と決めていた筈なのに、どうしようもなく怒りを抑えられなかった。

 射殺すような視線を真っ直ぐに浴びながら、オディールは呟いた。


「優しいんですのね」

「てめっ……!」


 尚も神経を逆撫でする発言を繰り返すオディールを殴り飛ばそうとするが、マギーラの拳が止まる。

 端正な顔立ちを殴り飛ばす直前で無理矢理勢いを殺されて止まった握り拳は、ぶるぶると震えた後、力なくだらりと垂れ下がる。


「……あぁそうだよぉ、あたしは臆病者さぁ。ここ(地下街)で生きて来たけど、いつになっても殺しはできねぇし、騙しもうまくいった試しがねぇ。殴るのさえ怖くてよぉ」


 一念発起して人生を変えてやろうという心意気で決行した誘拐の相手に、弱さを突き付けられて絶望感に苛まれていた。

 マギーラは自分の人生と性根に我ながら愛想を尽かし、自暴自棄な気分になってきた。


「オマエくらいだ、あたしに付いて来てくれたのはぁ」

「何度も言いますわよ、(わたくし)は貴女の才能が欲しいのですわ、その目だけでなく。最初に私に話しかけてきてくださったときから、ずっとそう思っていますの」

「何言って」

「本当ですわよ。私生まれてこの方、嘘を吐いたことなどございませんの」


 しっかりと相手に届くように、直線でマギーラへ言葉を送るオディールは、無意識のうちに貴族としての教養を発揮していた。

 相手に自分の言説を染み込ませるのは貴族の重要な技能の一つであり、規模の大きいルーフェ家は一人娘のオディールにもその手法を叩きこんでいた。

 相手の精神が弱っているときは好機、相手を形成する要素のうち心の奥深くにあるものを叩く。

 そして今回の場合は、弱い自分とエルフの能力を除いた部分の承認である。


「環境の影響で貴女は気が付いていないようですけれど、それは貴女の美徳ですわ。高潔さの象徴ですのよ」

「高潔……?」

「えぇ。エルフは森の倫理に従いますが、その中には当然捕食者と被食者の関係、つまり一定の暴力が含まれますわ。自分の生活にも苦しい状況で他者を傷つけられないのは、貴女が森の倫理に侵食されておらず、優しい()()という証拠ですわよ」

「あ──」


 マギーラの心の柔らかいところが触れられ、彼女は一筋の涙を流した。

 オディールは必死に言葉を紡ぐ。

 自分の思いを伝えられるように、相手に前向きになってもらいたくて。


「私は、そんな貴女に一目惚れしてしまいましたの。貴女の優しさが大好きですわ……それとも、この私の愛では満たされないとおっしゃる積り?」

「────」


 何を言うことも出来ず心の動きに身を任せるマギーラ。

 焦げ茶色の髪が小刻みに震えるのを見つめ、オディールは自分の言葉に偽りがないのを改めて認識した。

 内面も外見も素晴らしい原石のマギーラと一緒に行きたい、という本心が心の底から出たものであると確信した頃、マギーラが握り拳で目元を拭う。

 彼女は真っ赤になった目でもう一度オディールを見つめ、持って生まれた目の力でやはり初対面で抱いた印象に間違いがないと確かめ、我ながら捨てたものではないと思う。


「うん……うん」

「落ち着きました?」

「あぁ。あたしもオマエ嫌いじゃねぇし、このままここに居たって底辺からは抜け出せねぇ。ついてってやるよぉ、オマエの道ぃ」

「! ホントですの……あ」


 嬉しい返事を受け取り前のめりになったオディールが、縛り付けられている現状を忘れて椅子ごと前に倒れ込む。

 危ない、と思ったマギーラが手を差し伸べようとしたその刹那、黒い影が部屋の入り口から滑り込み、倒れ込む令嬢の身体をしっかりと支えた。

 訪れると踏んでいた衝撃に備えぎゅっと固く口を結び目を閉じていたオディールが、予期した結末が一向に訪れないのを不思議に思って目を開けると、そこには。


「探しましたよお嬢様」

「セバス」


 足から滑り込むようにして支えたセバスと倒れ込んだオディールは、互いの息がかかる距離で呼び合う。

 何が起きたか理解が追い付かないマギーラをよそに、セバスは器用に椅子と一緒にオディールを起き上がらせ、懐に忍ばせている小型ナイフで縄を斬る。


「あら、助かりますわ」

「礼には及びません、執事ですので。それと此方のお方は?」

「あ、あたしはマギーラぁ」


 埃の付いた燕尾服の裾を軽く祓い襟を正して、主と対峙していた人物に視線を向けるセバスだが、向けられた側のマギーラは面食らう。

 状況が状況故に敵意を抱えられるのは当然として、害意は感じない。

 どういうわけか分からないのだが、この執事を名乗る男は直接自分を排除する意思は示さないのに、けして警戒を解こうとはしない。

 無力化する算段が付いているのか、警戒こそすれども何らかの理屈でマギーラは無害だと結論付けているのか。


「遅かったじゃないのセバス。待ちくたびれましたわよ」

「お嬢様がそれ言いますか……? 時間がかかったのは申し訳ありませんが、のこのこ知らない人に着いて行ってはいけませんよ?」

「貴方は母親か何かですか!」


 目の前で漫才を始めた二人に口を挟めず、マギーラがぽかんと口を開けて呆ける。

 その様に気が付いたセバスが手袋を脱いで片手を差し出した。


「申し遅れました、私はセバスと申します。オディールお嬢様御付きの執事をさせて頂いております」

「あ、よ、よろしくぅ」

「二人とも仲良くしてくださいまし! 私達が忙しくなるのはこれからですわよぉ!」


 敵意が無いことを示す素手での握手に応じ、マギーラも片手を伸ばす。

 二人の握手を満足げに眺めるオディールは威勢が良いが、セバスが冷ややかに主を見つめた。


「お嬢様、お言葉ですが」

「お言葉なら言わないでくださいまし」

「そうはいきません。いいですか、私は先程のお嬢様の愛の告白の辺りで到着いたしました。お嬢様が言うのであれば私に文句はありませんし、彼女は頼りになるでしょう」

「へへぇ」


 褒められたマギーラが居心地悪そうに後頭部を掻いた。

 オディールに口説かれた結果、マギーラの精神防御は皆無に近くなっていた。

 ある意味で主によく似て幼稚なマギーラを微笑ましく思いながら、セバスは考えなければならないことを告げる。


「この際彼女の誘拐は水に流します。何か事情があったのでしょうが、それは私に離せるようになってからで構いません。問題なのは人間が一人集団に加わることなのです」

「分かってますわよ。食べ物に着る物、住むところの確保でしょう?」

「その通りです」

「あたしはぁ、ここにいてもいいよぉ?」

「それは駄目ですわ、私が許しません。貴女はもっと自分に合ったところで生きるべきです」

「ですね。となれば二人と一人で宿泊可能な宿屋を探しましょうか。予算的には共用になるでしょうが、彼女の為にも風呂場は欲しいところですね」


 そこからは話が早かった。

 一行は取り敢えず地下を脱出し、頂点から少し過ぎたくらいの陽の光を浴びながら条件に合う宿屋を探した。

 宿屋の情報が集まる城門付近の掲示板で探すと、意外にも都合のいい宿屋は見つかった。

 ……料金が高い点を除いて文句なしであった。


「なぁ、やっぱりあそこに戻った方がぁ」

「いいのですわよ、貴女は気にしないでくださいまし。というかこれから相応しい衣服を調達するのですから、この宿屋程度で騒ぐと気力が()ちませんわよ?」

「お嬢様の言う通りです。最初から風呂場のあるところを探す予定でしたし、荷物を運びこむ為に二部屋取る予定でしたから、マギーラ様が居ても何も問題ないのです」

「そ、そうかぁ……」


 いたたまれない感覚で部屋の隅に縮こまるマギーラに向かい、二人が気にしていない旨を伝える。

 確かに部屋と服を含めて有り金の無視できない割合を使うが、これは必要な出費だとセバスもオディールも考えていた。

 しかし消費行為と縁遠い生活を続けてきたマギーラにとっては、自分の為にお金を使って貰うのがどうしようもなく申し訳ない気分になるのだった。

 染みついた習慣を変えるのは一朝一夕では行かないだろう、と無言で意思疎通をし、令嬢と執事は何度でもマギーラに語り掛ける決心をしたのだった。


「さて。宿屋を見つけたことですし、夕飯までには少々時間があります。これからの計画を詰めましょうか」

「ですわねぇ。具体的にどうするか、ですけど」

「な、何かするのかぁ?」


 事情を知らないマギーラが疑問の声を上げる。

 面食らったセバスがオディールを睨むが、当の本人である令嬢は明後日の方向を向いて口笛を吹くばかり。

 大きくわざと聞こえるようにため息を吐き、セバスはマギーラの下へ歩み寄って説明を始める。


「何処まで聞きましたか?」

「あんまりお金持ってない、ってことくらいぃ。あとルーフェ? ってとこの人なんだろぉ?」

「ルーフェ家のことは?」

「知らないぃ」


 どうやら自分と相手との間には相当な知識や世界観の隔たりがあるようだ、と察したセバスが懇切丁寧に事情を話す。

 オディールは元々貴族の娘である事、つい先日追い出されたこと、父と憎き相手を見返すために皇后を目指していること、その第一歩として経済力をつけたいことなどを噛み砕いて伝える。

 そして凡そやるべきことは決まっても、具体的に何をすべきかは定まっていないという事実も包み隠さず。


「つまりぃ、商人たちに売り込みたいってことぉ?」

「そうなりますわね」

「ならぁ、一個、いいもんあるかもぉ」


 思いがけず飛び出した言葉に、セバスとオディールが目を見合わせ。


「是非!」


 同時に身を乗り出した。

お嬢様、人たらし。

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