第一〇〇話 質疑応答ですわ!
先週は更新できず申し訳ありません。
一先ず今週は、普段よりも増量してお送りしております。
また、近々マギーラを中心とした番外編をお送りすることを検討しております。
帝国議会:本会議場
「──では、私から幾つか、質問をさせて頂こう」
並々ならぬ雰囲気を漂わせる壮年の男性が、本会議場の中心に立つオディールに向かって断りを入れた。
本会議場に集まっている高位聖職者や諸侯たちはそれぞれかなりの有力者で、名前を出せばどこかしらの組合や連合に一枚や二枚噛んでいる連中ばかり。
各々の会議においては圧倒的な発言力を持つ彼らだが、この場においては保守派の頂点ヘルムート・ルーフェの放つ空気に気圧されていた。
『ええ、どうぞ。私にできる範囲で、誠心誠意お答えさせていただきますわ』
対するオディールもまた、ヘルムートほどではないにせよ確かな雰囲気を纏っている。
胸を張り泰然自若に構えるその姿は、とても帝国議会に初めて参加したようには見えなかった。
内心の震え具合をおくびにも出さないオディールは、政治の場で立ち回る上で最低限以上の構えを取れている、と言っていい。
かつて実の娘だった女性から促され、ヘルムートは手元の資料を示しながら言った。
「幾つか突くべき点はあるが……この場でさしあたって問うべきは、まず工事に動員する人員だろう。計画書によれば『龍脈型魔法陣』は帝国全土を股にかける一大計画になる予定だが、その工員について記載がない」
『はい、仰る通り、作業に必要な人員の数については未だ具体的な数は出せておりません。ですので、先程の実験に動員した数を基に予測をお伝えいたしますが……』
当然来ると思っていた質問に、オディールも動じることなく答える。
帝国議会という場において、予め計画に隙を設けておくことで、質問を誘導し別の問題に目を向けさせないようにする。
基本的な提案手法の一つだが、ヘルムートも敢えてそれに乗ってきた──その素直さは、オディールにとってどこか空恐ろしい。
心の内側で冷や汗をかくオディールは、努めて息を落ち着けながら、実験の様子を示した頁に資料を動かす。
『先程見て頂いた此方の実験ですが、ここで参加していただいた人員は、総勢で二十人ほどでしたわ。規模にして帝国全土の一パーセントにも満たない領域での実験ですが、開始から終了まで一日で済みました』
「ふむ。全土の一パーセントを二十人で、一日で終わらせた、と。工期はどれほどを想定している?」
『今の質問は特別に、合計三つの質問のうちに数えないことにいたしますが。魔王軍との戦いに向けた計画でもありますので、一年以内に終了させたいと思っておりますわ』
「一年で、となると……二十倍の四百人ほど確保すれば、問題なく遂行できるといったところでよろしいか?」
全体の一パーセントを二十人で一日で終わらせられたのならば、二十人で百日かければすべてが終わる、というのが単純な計算である。
ただし、実際の工事においては予定通りに工事が進むとは考えにくい上、土地の特性を把握して計画を微修正したり、工事以外にも人材と時間を割く必要がある。
利用する資源の調達も滞りなく済むとは限らないため、ヘルムートは経験を織り交ぜて余裕のある人員と工期を推測したのだ。
『そうですわね、ルーフェ閣下の仰る通りの人員を想定しておりますわ。ただ、私のブルーネン領での実験においては、元々四十人を動員する予定でした。実際の数字が半分になっているのは、所謂亜人と呼ばれる方々の特性を活用した結果ですわ』
ヘルムートの言葉を受け止めつつ、オディールは伏せておいた資料を表示した。
そこには、オディールが逸れ者の里で遭遇した、身体のどこかに異形や疾患と見做される特殊な形質を抱えた者たちの姿だった。
口から上がエルフ、それより下が獣人族の女性が、エルフ特有の視界を活かして土地に流れる魔力を適切に報告している。
左腕だけが大鬼族のものになっている男が、その腕力を活かして穴掘りや荷物運びに精を出している。
「ほう……」
革新派の頂点たるヴィッセンシャフト・ツークンフトが、小さく関心の呟きを零した。
科学者としての肩書も持つヴィッセンシャフトは、人間の規範とは異なる形質を持つ亜人を、上手く社会に組み込むことができないかと考えていた。
権利的な発想というよりも、単純に身体的特徴を活かせば様々な分野でより生産性が高まるだろう、という憶測の下の考えだったのだが、オディールの実験はその思想を一つの形にしている。
革新派がオディールに肩入れし始めるきっかけとしては、充分だ。
『ご覧の通り、様々な方々の得意を活かし、想定の半数での実験は成功を収めました。帝国全土で同じことができるのなら、先程ヘルムート閣下がおっしゃったような数字で見積もっていただければ、と思いますわ』
「ふん……ひとまず工員及び工期については理解した。一度の質問に長く付き合わせたな」
『いえ、お構いなく。此方としましても、興味を持っていただけるのは有難いことですので』
取り敢えず、三つの質問のうち一つが終わった。
備えていた質問のうちの一つが来たことで、オディールは十二分に対応でき、ブルーネンにおける新しい都市の在り方を示すことも出来た。
密かに胸を撫で下ろすオディールとは対照的に、ヘルムートは次の一手を考えていた。
「……では、続いて二つ目の質問に移らせてもらおう。今の話にも関係することだが、工事に人員を割くということは、別の分野から人員が減るということを指す。特に力仕事が出来る人材が、戦線から離れてしまうのは非常に危険だと思わないかね?」
『それはつまり、魔王軍との戦争の為に進める計画において、兵力を減らすべきではない、と読み替えてよろしいでしょうか?』
ヘルムートが、腕を組みながら、大仰にこくりと頷いた。
この質問には、保守派としてのヘルムート・ルーフェの性質がよく表れている。
仮に革新派であれば一時の危険性よりもその後の得を取るだろうし、中立派であっても大きな利益を感じ取ったらその計画に賛同するはずだ。
しかし、保守派即ち帝政派のヘルムートは、皇帝が頂点に立つ軍隊組織の規模を減らしたくないのだろう。
ただ、そうした本音の思惑ではなく、それらしい建前を用意するのが、ヘルムートが貴族社会で長年生きて培った振る舞い方だった。
「その通りだ。先程ブルーネン閣下が言及した通り、魔王軍の軍勢は特殊な戦法を使ってくる。それを知るのと知らないのとでは大きな違いがある。皇帝陛下が自由に動かせる人材は帝国軍であるのだから、帝国全土を対象にした計画を進める上で、帝国軍の減少は避けられんだろう」
『即ち、魔王軍に対応するだけの帝国軍は残しつつ、工事に必要な人材をどう確保するのか、ということですわね? それでしたら──』
「それに関しては、ボクの方から説明させていただこう」
「閣下は……ゴドレーシの」
ヘルムートの指摘に応じて、葡萄酒色の髪をした青年領主──ピエール・ゴドレーシが席を立った。
それまでオディールとヘルムートの二人だけが会話していた本会議場に、新たに一人人物が加わる形になる。
ピエールは革靴の底を軽快に鳴らしながら、オディールが立つ演台まで辿り着き、拡声魔石に口を近付けた。
『失礼。この計画については、ゴドレーシ領も一枚噛んでいるのでね。このピエール・ゴドレーシ伯爵にも発言を許可していただきたいのですが』
「……」
司会役を務めるシュライバー・アーベントロート宰相に、ピエールが視線を向けた。
この議会を取り仕切っている司会に発現許可を求めた形だが、宰相はピエールの登壇をあまり喜ばしく思っていなかった。
帝国議会の慣例は、皇帝やその側近たちが事前に考案した諸々の案を通過させるもので、新たな提案を一から紹介する、なんてことはなかった。
ただし、不意打ち気味に計画を通そうとするやり方が気に入らない、という極めて個人的な理由で、宰相が役割を放棄することもない。
「許可する。ただし、ブルーネン子爵と同様、必要なことにだけ答えるように」
『感謝いたします。それでは早速……こちらの資料をご覧いただきたい』
返事をしつつ、ピエールはオディールが予め仕込んでいた情報格納魔石とは別の、彼が独自に用意しておいた情報魔石を、投影魔法が組み込まれた設備に接続する。
つい先ほどまでオディールが行った実験の様子が映し出されていた白布に、ゴドレーシ領の家紋を含む別の資料が映し出された。
『これは、過日の魔王軍対応への協力要請を受けた際に派遣した、ゴドレーシの独自兵力です。その効果は折り紙付き……此方をご覧いただきましょうか』
ピエールが資料を次へと移すと、白布には画像ではなく映像が映し出された。
その中では、前線指揮官がゴドレーシ領の新兵器について高く評価している姿と、実際に新兵器──『魔導工兵』が駆動している様子が映っていた。
前線指揮官は帝国軍でもそれなりの地位に就いている男のようで、皇帝ドヴェルムートの口から、おお、という呟きが漏れた。
その重みを理解できない奴は、この帝国議会に参加していない。
『ご覧いただいた新兵器について、細かなことは公開できませんが……兵力としての強さは映像内で語られている通り。数も、ざっと数百は用意できるでしょう』
「前線の兵力を補うために、その新兵器とやらを頼ればよい、と?」
『ええ、そういうことです。ただまあ、この新兵器の稼働には大量の魔力が必要でして。安定稼働を実現するためには、この『龍脈型魔法陣』の敷設が我々にとっても喜ばしいわけです』
「ふん……しかしその話には聊か疑問が残る。新兵器には『龍脈型魔法陣』が必要で、『龍脈型魔法陣』には新兵器が必要。となれば、最初の費用──即ち魔法陣が起動しない間の新兵器の燃料をどう支払うか、当然考えているのだろう?」
ヘルムートが鋭く言い放った。
確かに彼の言うことは尤もで、二つの計画は相互に依存しているため、最初に動き出すためには膨大な魔力が必要になる。
にやり、とピエールは笑みを浮かべた。
『それを解決するために、一つ、簡単な手法がありまして。この新兵器には通常の魔力炉心に加えて、周辺の土地から魔力を吸い上げる機構が備わっております』
「それは、まさか」
『ええ。前線にこの新兵器を配備すれば、魔力に依存した戦いを繰り広げる魔王軍の勢力を大きく削ぐことになるでしょう……即ち、戦力の増強と敵方の破壊工作の両方が出来る、という訳です』
「なるほど、よくわかった。確かにその仕組みがあれば、殲滅戦において大きな戦果を挙げることができるだろうな……では、最後の一つだが」
かなり資料を備えてきていることを察して、ヘルムートは矛先を変えた。
長々と計画の説明を重ねたオディールの『龍脈型魔法陣』とは異なり、ピエールの新兵器については情報が少ない。
既に実績のある兵器に対して文句をつけるのは賢くない上、本題である『龍脈型魔法陣』から逸れてしまう。
故に、ヘルムートが最後に繰り出す質問は。
「『龍脈型魔法陣』とゴドレーシ閣下の新兵器、その双方に関係する問題だが。計画に関わる資源や魔力の調達及び、効果持続期間はどうなっている?」




