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第九八話 帝国議会開会ですわ!

遅れましたぁ!

 帝国議事堂:本会議場




 圧倒的な存在感を放つ、壮年の男性が、演台から本会議場を見回す。

 会場の構造的に、演台は扇状の会場の中央に位置しており、物理的には会場で最も低い場所にある。

 しかし帝国議会に参加している誰一人として、壮年の男性を見下したりはしなかった。

 壮年の男性──当代皇帝ドヴェルムート・S・シュトルネンは拡声魔石に向かって口を開く。


『てなわけで、ここに第……第何回だったかな? ──ああそう、第三五八回特別帝国議会の開会を改めて宣言する。諸君らの貢献に期待するよ』


 傍らに控える宰相に耳打ちされながら、ドヴェルムート陛下は挨拶をそこそこに演台を降りていった。

 そこからの司会進行は、宰相が行う。


『それではこれより、私シュライバー・アーベントロートが進行を務めます。まずは此度の議会の留意事項について──』




<***>




 議会は、恙なく進行していった。

 と言っても、議会の体を成しているか、というとかなり怪しい部分は多かった。


『──では、防衛費用については税収からの捻出を三割、帝国一時金庫から三割、残り四割を諸侯から分担する形で。比率については領地面積と産業の進展度合いを参照し──』


 大抵の議題については、司会進行役の宰相が概要を説明し、高官たちが事前に会議して考案したものを議会参加者に説明する。

 その後反対か賛成かの決を取り、不参加者を賛成と見做して、賛成が全体の三分の二を越えれば採用となる。


『──軍備の増強については可決。配備については、南東部への配置を増やし、特に前線地帯にある河川沿いには砦を新造──』


 そもそも今回の特別帝国議会の目的は魔王軍との戦争を有利に進めるためであり、議題もそれに関連したものが殆どであった。

 議決を取るときも、反対する者が挙手をする形式のため、誰も手を挙げずに議決が為されていく。

 しかしオディールの目には、それが熟慮の下に下された判断の集合の結果である、とは思えなかった。


(何ていうか……随分と覇気がないですわねぇ)


 会場の空調は整えられており新鮮な空気で満たされているはずだが、それにしては退屈そうな態度の者が多い。

 眠気に襲われているのか、首をこくりこくりと動かしている後ろ姿も、オディールの席からは見て取れた。

 思うに、帝国議会とは言うものの、定期的に参加している者にとっては恒例行事となってしまっているのだろう。


(革新派の中心、ヴィッセンシャフト・ツークンフト公爵あたりは何か突っかかるものと思っていましたが……考えてみればそんな必要はありませんわよねぇ)


 オディールがちらりと見た席に座る薄緑の波打ち髪の男性、ヴィッセンシャフト・ツークンフトは目立った動きを見せないまま、粛々と議会に参加していた。

 賛成できない案には挙手していたようだが、それでも全体の三分の一を巻き込むことは出来ず、議会の流れに一石を投じることは出来ていない。

 それもそうだろう、大半の諸侯は新たな案を出すでもなく、問題点を指摘するでもなく、ただ与えられた方針に無条件で従うだけ。

 免税特権などの領主権力の保護を皇帝から賜っている諸侯の大部分は、皇帝に追従することが目的であり、帝国全土をよりよくすることには、大して興味はないのだった。


『──では、本日予定していた議題については以上。それでは参加者からの提案の時間に移るが──』


 三十分ほど経過した頃、宰相は手元の資料をめくり切って、会場全体に目を向けながら呼びかけた。

 しかし、ただの議決でも追従を決め込んでいた諸侯たちや高級官僚、高位聖職者たちが改めて独創性を発揮する訳もなく。

 誰一人として手を挙げないまま、宰相が今回の帝国議会を締めようとしたところ、一人の才女が綺麗な姿勢で挙手をした。


『では、そちらの席に座るオディール・ブルーネン子爵』

「発言の許可を頂き、感謝しますわ。一つ、私からこの場にお集まりの皆様に、ご提案したい計画が一つございます」


 計画、という一言がオディールの口から放たれた瞬間、本会議場の空気が一変した。

 当代皇帝のドヴェルムートは本会議場の前方の特別席に座って腕を組んでいたが、オディールの発言を契機に、机に前のめりになる。

 若干の騒めきが会場を包む中、進行役のシュライバー宰相が静寂を取り戻す。


『静粛に。それでは子爵、演台へ来るように』

「かしこまりましたわ」


 オディールは椅子を立ちあがり、本会議場の最前にある演台へと足を運ぶ。

 従者たるセバスもまたオディールについてゆく。

 彼は小脇に鞄を抱え、演台に到着して拡声魔石を軽く二度叩くオディールの隣に控える。


『それではお話しさせていただきます。ブルーネンを預かっております、オディール・ブルーネン子爵と申しますわ。初めましての方は、ここで名前を憶えて行ってくださいませ』


 得意の社交辞令的な挨拶を一言挟み、オディールはお辞儀を一つ。

 特定の分野に関する議決を目的とする特別帝国議会で新たな発案をしよう、という輩が久方ぶりに出てきたことで、参加者の間には恐れや興奮が渦巻く。

 誰も彼も、これから一体何が始まるんだ、という思いは共通していた──ピエール・ゴドレーシを除いて。


『それでは早速ですが、私が提案する計画についてお話しする──その前に。皆さまに一つ、此度の戦争を勝ち抜くうえで必要なものは、何だと思われますか?』


 オディールは本会議場に集まった者たちを見回して、問いを示す。

 参加者たちの注意を引き、自分の計画を吟味させるという弁論的な目的に加え、これはあくまでも今回の議会の主題である戦争に則った話である、と印象付けさせるための入り方。

 元々口の回る性質のオディールは、帝国でも名だたる権力者たちを相手にしても微塵も怯むことはなかった。


『金、兵力、それとも食糧? それも間違いではないでしょう、けれど、我々人間を中心とする帝国軍が魔王軍に打ち勝つためには、皆様もお察しの通り避けては通れないものが一つあります……魔力、ですわ』


 一本の指を立て、オディールは語り続ける。

 オディールが言う通り、魔王軍と帝国軍がぶつかったときに戦況を左右する要素の一つは、間違いなく魔力量と質の差である。

 魔物や魔獣、種族としての亜人を中心とする魔王軍は、魔力や魔術を中心とする文明を発展させており、魔王軍の軍勢もまた魔術や魔力を活用した戦術を使ってくる。


『先日、帝国軍の前線で戦っていた経験を持つ友人に聞いた話ですが。魔王軍の戦術の多くは土地や環境を左右するようなものが多いと言います。土や水、風や炎の魔術を用いて戦場を有利に整えるのが得意なようですわね』


 人間一人が持つ魔力の量はそれほど多くなく、質もそれほど優れているわけではない。

 一方で魔王軍下の兵士、即ち亜人たちは魔力量・質のどちらか片方若しくは双方が優れている場合が多く、集まれば大きな影響力を発揮する。

 人間では束になっても出来ないような地形の変動や大火災などを、魔王軍では準備さえ整えれば小隊一つでも引き起こせる。


『環境への適応能力も高い魔王軍に対して、人間が生息できない環境や地図になかった地形で戦うのは、兵士に大きな負担を強いる……と、知人は言っておりました』


 当事者の体験として語るオディールの口調は真に迫っており、これまで前線になど全く出た経験がない諸侯や高位聖職者たちは無言で唸った。

 これまで彼らも戦争支援をしてきたが、それは主に食糧や武器などであり、魔力や魔術について思考を巡らせたことはなかった。


『実際、私が先日支援した大量の魔石についても、現場からはとても高評価を頂けましたわ。現地での限られた魔力資源の中で、予め魔力が込められた魔石が重宝された、と見て取ってよいでしょう』


 魔石について触れるオディールが一同の顔を見回すと、その中の一部は合点がいった、というような表情をしていた。

 先日の支援の中で高評価だったものを記した書簡は帝国全土に配られており、この場に参加した有力者たちの殆どがその書簡を目にしている。

 既に実績を積んでいる、という印象を与えることで弾みをつけ、オディールは次の一手を選択する。


『そこで、です。此方にも、良質な魔力が潤沢にあればどうでしょう? そして、皆様はそれが何処にあるか……心当たりがありますわよね?』


 もったいぶって本会議場の一同に考える時間を与え、オディールはしばらく様子を見た。

 数十秒ほど時間を与え、たっぷりと期待を持たせてから、オディールは自分の足元を指でさす。


『そう。龍脈、ですわ。ここ帝国首都を心臓部として、帝国全土に流れる魔力の流れ……それを魔法陣の形状に整え、莫大な魔力的恩恵を得る。これこそ、私が提唱する『龍脈型魔法陣』ですわ』

※魔力について

人間の魔力は比較的少量かつ低品質である、とありますが、当然個人差はあります。

マギーラや老爺は、特殊な血筋の影響などを受けて大量かつ高品質な魔力を保持していますが、一般人の中からも才能に溢れた者が生まれてくることがあります。

しかし魔力については血筋で決まる場合が多いため、一部の名門貴族は魔力に秀でた者同士の婚姻を繰り返し、その地位を盤石にしてきた、というわけですね。

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