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第九話 秘密ですわ!

「同じ、ってどういう……」

「文字通りですわよ」


 じめじめした地下街に、二人の会話が響く。

 オディールの言葉にマギーラがたじろいだ。

 自分の言いたいことを示すように、オディールは自慢のブロンドの縦巻き髪をかき上げた。


「あ……」

「混血ですの。長さからすると、恐らく(わたくし)の方が()()みたいですわね」


 長い上にウェーブのかかった髪の毛に隠れて見えていなかったが、ドレスの令嬢の耳は確かに尖っていた。

 それはエルフと呼ばれる精霊の因子を持つという印であり、周囲の魔力を吸収する器官としても機能する種族の誇りである。

 しかしオディール自身はそんな字面通りの長所を忌々しげに摘まんだ。

 長い爪が少し食い込み、細く赤い糸が垂れる。


「……自分語りになりますが。コレ、あんまり好きじゃないんですの」

「な、なんで」

「何て説明するのが分かりやすいでしょうか……う~ん」


 髪をかき上げている方とは反対の手を顎に当て、オディールが思案する。

 その頃には、もう頭に上っていたマギーラの血は全身へと進路を変えていた。

 散々考えた後、丁寧にオディールが言葉を紡ぐ。


「月並みな表現になりますし、誤解を招くかもしれませんが……呪い、ですわ」

「呪いぃ……? で、でもそんなのぉ、見えねぇよぉ?」

「あぁ──貴女は使えるんですわね」


 意味ありげに呟き、オディールが低い天井を見上げて大きなため息を吐いた。

 拾われた時から付いており、現在進行形で地下の湿気に追い打ちをかけられている椅子の金具が、ギイと歪む。

 その言葉の意図を計りかねたマギーラはふと我に返り、つい先刻まで置かれていた屈辱的状況を思い出した。

 ギリギリと食い縛った歯を軋ませて、迸る感情の勢いのままに令嬢の胸倉を掴んだ。


「おい、その態度はなんだぁ、当てつけかぁ? まさかよぉ、可哀想だ、とか思ってねぇよなぁ!?」

「まさか。寧ろ羨ましいくらいですわよ」


 至近距離で熱の籠った声を浴びせかけられるも、オディールは冷淡な瞳のまま、狼狽えもせずに真正面から言葉を返す。

 余りにも堂に入った佇まいで、根が小心者のマギーラはまたしても怯む。

 そして怯んだ自分に対する情けなさで、襟首を掴む拳に一層の力が込められた。


「んだよぉ! 馬鹿にしてんじゃね──」

「この服が。どうして今は反応しないかお判りですか?」

「何言って」

「今の貴女に、怒りはあっても明確な害意を感じ取らなかったからですの。このドレスには母の髪が編み込まれておりますので」

「母……?」

「エルフですわ」


 何でもないことのようにさらりと発言したオディールだが、この文脈におけるその単語はマギーラの手を緩めさせるのに十分すぎた。

 目を見開き思わず後ずさりするマギーラに、椅子に座らされながらも上の位置からオディールが視線を送る。


「貴女なら分かるはずですわ、このドレスの仕組みが。私を狙ったのも、私なら誘拐できると見えたからでしょう?」

「な、何で分かって」

「散々唱えられましたもの。朝起きた時からランチを頂いているときも、就寝しようとするときも」


 重みが込められていた。

 その台詞は、貴族としての教養や品性を求められるだけでなく、大変珍しい人間とエルフの間に生まれ落ちた子として生きて来た彼女の半生そのものだった。

 古くより残る伝承然り、実際に帝国の政治部に潜伏している官僚然り、エルフは人間にはない特殊な能力を持つとされる。

 エルフは耳を受信機として周囲の膨大な量の情報を収集でき、結果として視界に対象の人となりや心の揺れ動きを映し出せる。

 つまり、相手の性格や心情を認識できるエルフは対人関係で大変優位に立てる上に、大量の情報を処理する頭脳を持つため一般に知能が高いのだ。

 ただし、以上の話は全て純粋なエルフに限る。


「貴女が見えたものは私には見えませんでした。頭の作りが違うのでしょう。どれだけ勉強を重ねても、原生エルフの食生活に則っても、森に放り出されても──私はその力には目覚めなかったのですわ」

「……」


 自分には想像もつかない話にマギーラは言葉を紡げない。

 一方のオディールは半分は怒り、もう半分は諦観を抱えていた。

 こうして自ら整理してみると、ヘルムート・ルーフェがオディールを追放したのもこのあたりが関与していそうだった。

 そんな中でも一人の”人間”として接してくれたセバスに対して、彼女が際限のない信頼を寄せるのも無理もない話だ。


「とはいえ、今の私はそんなこと気にしていませんわ。私は私ですし、エルフの素質について伝え聞く限りでは相当な()()もするのではなくって?」

「!」


 連れてきて監禁した相手から飛び出す労わるような言葉。

 心の臓の弱いところを突かれたようにマギーラはびくりと身体を震わせる。

 そんな彼女が自分の目から滴り落ちる涙に気が付いたのは、情けない表情を相手に見せたくなくて手で顔を覆った時だった。


「くそっ、なんだこれぇ、くそぉっ」


 拳で拭えど拭えど、十年以上蓋をし続けてきた水瓶は一度ひっくり返ったらもう止まらない。

 震えた声で虚勢を張る彼女を、オディールは曇りのない眼差しで見つめ続けた。

 自分が辿ったかもしれない未来の一つとして、彼女達はお互いから目を逸らしてはならなかったからだ。


「私の話を聞かせてしまったお詫びと言ってはなんですが、もしよければ貴女のお話を聞かせて頂きたいですわ」


 嗚咽が収まり目が赤くなったマギーラは、ぽつりと自分の来歴をかいつまんで語り始めた。


「ぁ、あたしはさぁ、ずっと一人で、さぁ。会う人、会う人みぃんなぁ、黒くて汚くて……」

「えぇ」


 オディールはたった一言だけ、けれども確かな誠意をもって相槌を打った。

 エルフは相手の素性や心情を視覚的に察知可能だ、と言えば聞こえはいいが、その実待ち受けている道は茨に満ちている。

 社会を形成する知生体はみな、集団内における自らの立ち位置を維持・向上させるために複数の手段を使い分ける。

 『欺瞞』、『建前』、『偽善』、『忖度』、『利己心』、『虚栄心』……集団の健全な運営には少なからず必要となるこれらの方法だが、原生地である森の倫理に立脚するエルフの性質には致命的なまでに合わない。

 エルフの視覚が備え付けられたマギーラは、金が全ての都市の日陰のスラム街の半生で、それらを嫌という程見続けてきた。


「綺麗な、色もあったんだぁ。で、でもずっと、ずっと見てると、どうしても汚いのが目にこびりついて……!」

「想像を絶しますわね……」


 森の番人とも呼ばれるエルフの視覚はそもそも森にとっての異物を排除するために発達したもので、人間社会で生き抜くように進化するにはいくら何でも世代が足りていない。

 その現実を知っているからこそ出た、オディールの本心であった。

 「分かる」などと口に出すのも烏滸がましいような、精神をすり減らし誰も信じられなくなるような人生を送ってきたのだろう。

 おとぎ話のエルフが王子様に対してそうだったように、優しかった相手のどす黒い内面を直視してしまい誰も信じられなくなった時があったのだろう。


「でも、オマエは、オマエは違った。黒いのもあるけど、それが綺麗な黒いのだったんだ、だから、だからコイツならきっと、ってぇ」

「そういうことだったんですの」


 整理しきれていない頭に浮かんだ内容を、オディールは誉め言葉として受け取った。

 喋りながら来歴を思い返してまた泣けてきてしまったマギーラを眺めながら、彼女にもまた自分と似て非なる呪いが掛かっていたのだとオディールは察した。

 信頼できると判断した相手にエルフの眼を打ち明けたことはあっただろう。

 けれども、人の考えていることが分かる、と曲解されてしまったマギーラがどうなるかは想像に難くない。

 そもそも信じられずに不信を向けられればまだいい方で、金儲けの道具にさせられそうになった経験も一度や二度ではない筈だ。

 貴族というある種俗から離れた存在のオディールですら思い付く所業でこれなのだから、スラムで生きて来たマギーラは実際にソレと比べ物にならない仕打ちを受けてきたのだ。

 親から遺されたローブで隠れているが、貧相な身体には何か所も傷跡が付いている。


「……」


 やるせない思いを抱え、オディールが握り拳に力を入れる。

 最初から不思議と信用していたマギーラのことは、既に他人とは思えなくなっていた。


「あの、もしよかったらなのですけど」

「うっ、んだよぉ、ぅぐっ」

「私と一緒に来ませんこと?」

「は?」

エルフって大変そう(小並感)

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