第〇話 始まり、そして別れですわ!
おためし版の反響が良かったので連載化致します〜
「……は?」
自室のベッドの上で横になり、宝石類を眺めながらオディール・ルーフェが父親の入室を許したのが数分前。
そしてその父親、ヘルムート・ルーフェの口から信じられない言葉を耳にして、情けない声を上げて固まったのが数秒前。
間抜けな顔を晒す自分の娘に、ヘルムートは同じ内容をもう一度繰り返した。
「聞こえなかったか? オディール、お前の行いは目に余る上に、侍女や使用人から苦情が殺到している。特に最近雇ったルイースには厳しい仕打ちをしているらしいな」
「はぁ? 何を言ってるんですのお父様、私が彼女に厳しい仕打ちですって? そんなの知りませんわよ、勝手に被害妄想に取り憑かれているのではなくって?」
眉間にしわを寄せて父親の発言に異を唱えるオディールは、未だに自分の境遇を理解しきれていない。
ヘルムートが大きくため息を吐き、びくっと肩を揺らしたオディールを諭す。
「オディール、お前がどう思おうとも証拠の映像魔石を先日私は確認した。配給を投げ捨てる姿をな」
「え、いや、あ、あれはその、違いましてよ」
どうやらこれは本格的に拙い展開だ、そう悟ったオディールは上半身を起こして何とか説明もとい釈明を試みた。
ヘルムートは取り乱す自分の娘を見下し、心底呆れるとともに自分の子育ての不始末を恥じた。
「……映像の確認は嘘だったのだがな。その様子ではルイースの言葉が正しいようだ」
「な、このッ、騙しやがりましたわねこのクソ親──」
「──何だ?」
冷徹に放たれた言葉に思わず怯んだオディールは、うぐっと言葉に詰まる。
其処にいたのは最早父親ではなく、経済的にも文化的にもその他の意味でも帝国内で指折りの領土を有するルーフェ家の当主様であった。
「──兎に角。これは決定だ、オディール、貴様には勘当を言い渡す。身支度をして疾く屋敷から出ていけ」
「で、ですが私は」
「出ていけ。そう言ったはずだぞ」
「~~~~~~ッ」
生まれてこの方味わった覚えのない悔しさと絶望に表情を曲げるオディールを部屋に残し、ヘルムートは去っていった。
大理石の廊下を革靴が叩く音が遠ざかり、ベッドの上の宝石箱から放たれる輝は虚しいばかり。
かと思えば、また別の革靴のコツコツという音が聞こえてきた。
放心状態のオディールの耳にその音が本当に入っていたかと問われれば、非常に怪しいところなのだが。
「……お嬢様、失礼いたします」
「──セバス」
自分付きの執事の名前を呼んだものの、オディールの顔は未だ上がらない。
力なく豪奢な装飾のテーブルを眺めるばかりである。
「心中お察しします。矯正しなければ遅かれ早かれこうなると分かっていた自分の過失でもありますし」
「──セバス……ん? ちょっと待ちなさい今貴方なんて?」
「遅かれ早かれこうなると分かっていた、と」
「なんっ、何でよ!?」
「あ、元気出てきましたね。それでこそオディール・ルーフェですよ」
「そんな元気の出させ方がありますか!」
オディールにとっても自分の主が追放されたセバスにしてもこの状況は絶体絶命と言って差し支えない。
けれども二人の間に流れる空気は昨日のソレと全く変わらず、二人の重ねてきた年月の長さを感じさせる。
息ぴったりの掛け合いに差し出がましさを覚えながらも扉から顔を覗かせる女性が一人。
「あ、あの……オディール様……その、大丈夫ですか……?」
「あっルイース! 貴女この私の形相で平気だとお思いで!?」
「ひっ!?」
「どうどうお嬢様……ルイースも隠れてないで出てきてくれ、お嬢様が簡単に怒らないのは君も承知してるだろ?」
今にも牙を剥きだしそうなオディールを窘めて、セバスがルイースと呼ばれたメイドに入室を促した。
そばかすが特徴的な少女は背中を曲げながら部屋の中に入り、オディールに深々と頭を下げた。
「す、すみません!」
「何のつもり? 貴女何かしたの? あっ、まさか私秘蔵のお菓子貯蔵庫からくすねていったのは貴女でしたの!?」
「あ、それ自分です」
「アンタかセバスぅ!」
父親の方に向いていた怒りは今は鳴りを潜め、代わってセバスが襟を掴まれ前後左右に揺さぶられる。
気弱なルイースは怒り心頭なオディールの形相を見て、自分の言いたいことが伝わっているのかと不安がった。
「あの、オディール様……わたしのこと、怒ってないんですか……?」
「何貴女、何かしたの?」
「だ、だってわたしのことでオディール様、大旦那様に誤解されて、そのうえ勘当だなんて……っ」
ルイースは言いながら涙を零して俯いてしまう。
きょとんとしたセバスとオディールだが、オディールは直ぐに一つ溜息を吐き、ベッドの上から跳び下りてルイースの正面に位置取った。
「貴女、聞いてましたの?」
「すっすいません……その、丁度近くで掃き掃除をしてて」
「ま、それはこの際構いやしませんわ。貴女に聞かれて困る話なんて私はしませんし」
「ほっ、本当にすみませ」
きちんと目を見て謝らねば、と思い顔を上げたルイースの目の前にあったのは、腰を曲げて彼女と視線を合わせるオディールの姿。
顔と顔が触れてしまいそうな距離にある整った顔に思わずルイースが怯みかけたとき、彼女の額に鈍い痛みが広がった。
「ッ痛ぁ」
「なぁに辛気臭い顔してるんですの。言いましたわよね、私の前では笑顔以外許さないと。これが最後の機会かもしれませんわ、しっかり覚えておくように」
「──」
事の成り行きを内心ハラハラしながら見守っていたセバスだが、やはり自身の主はこうでなければと、ある種の優越感めいたものを感じていた。
何が起きたのか理解が及ばずぽかんとするルイースに、オディールは続けた。
「大体ね貴女、貴女一人に対して私の態度が悪かったからって、そう簡単に勘当になるものですか。少々自分を買いかぶりすぎなのではなくって?」
「い、いえそんなつもりは!」
「わかってますわ──全く」
オディールはフッと微笑みを浮かべると、ルイースのくせ毛に優しく掌を置いた。
頭からじんわりと伝わる体温に、ルイースは先程とは違う涙が零れそうになる。
「オ、オディール様」
「私は貴女の友。身分がどうとか他のメイド連中は言っているのでしょうけれど、私そういう堅苦しいの好みじゃありませんの」
「じゃ、じゃあわたしのこと怒って──」
「怒るわけないでしょう、貴女本当に察しが悪いのね。そういう所も気に入っているけれど……悪いのは全部、あのクソ親父なんですのよッ」
「……」
地団駄を踏むオディールの姿は、確かに貴族の令嬢としては似つかわしくなく、セバスはヘルムートが勘当を言い渡すのも無理もないような気がした。
勘当される直接の原因になった友には怒らず、楽しみにしていたおやつを取った相手には怒髪天を衝く。
その癖自分のこだわりは絶対に押し通す強烈な自尊心を有し、父親にも反骨精神を露わにする。
それこそがオディール・ルーフェという女性の在り方なのだ。
「さて……それじゃそろそろ行きますわ。あまり長居して無理矢理追い出されるのはごめんですの」
「はいはい、それじゃそうしますか」
「あの! だったらわたしも──」
責任感を感じ着いて行こうとしたルイースの言葉は途中で遮られた。
彼女の口には、オディールの人差し指が当てられていた。
「駄目よ、貴女には夢があるのでしょう? でしたらソレを放り投げるなんてこの私が許しませんわ」
「──っ、はい!」
「それでいいの。ま、この私なら直ぐに大物になれるでしょうから、そうなったらまた雇ってあげますわよ」
「……お待ちしております! それでは、お気をつけて!」
ルイースは涙を流しながらも笑顔を作り、部屋の中からオディール達を見送った。
セバスとオディールは二人で廊下を歩き、硬質な床と靴との接触音を響かせる。
「あのお嬢様、自分には此処に残れって言わないんですね」
「えっ」
想定していなかった言葉が自分の耳に入ったショックで、オディールは歩みを止めた。
数歩進んでから気が付いたセバスが後ろを振り返ると、困ったような表情のオディールが彼の顔を覗いていた。
「な、何貴方、まさかここに残りたいとか、言いませんわよね……?」
「──はぁ。言いませんよ、勿論ね。誰かさんがこの上なく放っておけないもので」
溜息を吐いて誤魔化したが、今の上目遣いと弱った表情は彼の心を深く大きく揺り動かしていた。
そういう時に限って素直になれないのがこの青年の悲しい性なのだが。
答えを聞いて安堵したオディールが明るい表情でセバスの背中を叩いた。
「んもう、何よ貴方、いきなりそんな意地悪して!」
「はいはい、すみませんでした。海の向こうでも無人の山奥でも地獄の果てでも、どこまでもお嬢様に着いて行きますとも」
「それでこそセバスですわね!」
自信を取り戻し胸を張るオディールの背を追うセバス。
彼の頭には単純な人だな、という感想がぼんやりと浮かぶだけで、自分の放った重過ぎる発言には気が回っていなかった。
「それで、これからどうするんですか?」
「決まってますわ……」
「──あのクソ親父を! 見返してやるんですわよ!」
本日の日付変更位の時刻に第一話(おためし版と同内容)を投稿予定です〜