8. 梔倉天という女
自分が美しい、と気づいたのはいつ頃だろう。
幼稚園の頃、お遊戯会でシンデレラの劇をしたことがある。シンデレラの青いドレスが着たくて主役の座を狙う女の子ばかりのなか、梔倉は1人、外でアリの巣に水を注ぎ入れていた。
侃侃諤諤の話し合いの結果、シンデレラ役に選ばれたのはなぜか梔倉だった。希望していた他の女の子たちも、梔倉本人でさえ、その配役の意味が全く理解できなかった。
「わたし、やりたくない」
「天ちゃん、そう言わないで。先生たちで話し合ってね、シンデレラは天ちゃんにやってほしいってことになったのよ」
園児の間では当然不満が噴出し、事の顛末を子供から聞いた保護者からクレームが殺到して結局女の子全員がシンデレラ、男の子全員が王子様をやるというおかしなお遊戯会になってしまった。用意されていた青いドレスは、最初にクレームをつけた保護者の娘が着ることになったため、梔倉の母はおもちゃ売り場で大急ぎで買った安っぽいドレスを娘に持たせた。
そしてお遊戯会当日。
まだ不慣れな様子の新米教諭のナレーションとともに舞台の幕が上がると、そこにいた誰もが――まだ幼い園児たちでさえ――当初梔倉が主役に選ばれた意味を知った。
園近くのおもちゃ売り場で買った安いドレス。大多数の園児が同じものを着ているはずなのに、観客の目は梔倉にくぎ付けになった。舞台の光がすべて彼女に集まっていた。安っぽいポリエステルが絹の輝きを持っているかのように艶めき、申し訳程度に縫い付けられたスパンコールが、宝石のようにきらめく。
賞賛、驚愕、嫉妬。色んな感情がごっちゃになった視線が、梔倉を捉える。
その瞬間、幼い梔倉の未発達な神経はこれまで感じたことのない圧倒的な感情に支配された。
私は特別なんだ。もっと私を見てほしい。
その歪んだ優越感は彼女の心をじわじわと蝕み、まるで麻薬のようにあっという間に中毒に陥らせた。
小学校へ上がると、彼女の異次元さはさらに成績の面でも発揮され始める。
勉強は嫌いではなかった。今まで知らなかったことを学ぶのは楽しく、教科書が配られたその日に全て読んでしまうほどだった。他の生徒が授業を止めるとイライラして、皆なんでこんなこともわからないのかと思ったし、そこで手を挙げて答えを言い、尊敬のまなざしで見られるたびに背中がぞくぞくした。
彼女が小学4年生の時のことである。どの授業でもまるでワンマンショーかのように授業で正解し続ける彼女の、真面目さに隠れた傲慢さを鋭敏にかぎ取った中年の女教師が挙手を無視し始めたのだ。クラスの誰も答えられない質問で梔倉1人が手を挙げていても、まるで彼女が透明人間かのように扱った。
だが、梔倉は手を挙げ続けた。親に泣きつくでも、怒るでもなく。授業中ずっと無視され続けて手がしびれても、ずっと手を挙げ続けた。
そこまでして授業に参加したかった?勉強熱心?…どれも違う。
彼女の目的は「この問題がわかると周囲にアピールすること」であった。実際に当てられなくてもよい。教師に嫌われようがどうでもいい。私はこの問題をわかっている、私は優れている、ただそれを皆に知ってほしいだけだから!
これが梔倉天という女である。
どこまでも尊大で、自分が一番だと思っているし、実際に一番である。誰よりも人の目を気にしていて、誰よりも認められたくてあがいている天才。
心の中に大きな穴が開いているみたいで、どれだけ褒められても全然足りないし、もっとちやほやされたいし、皆からあがめられたい。しかし高校生にもなると皆彼女を「異次元だからね」といって済ませるようになってしまい、欲望はますます満たされなくなっていた。
自分は頭も顔もいいし、このままいい大学に行って就職して、確定された勝ち組ルートを歩むのだろう。でもそんなのクソ退屈すぎる!特別な私には、特別な人生があってしかるべきなのに!!
身勝手な不満を抱え、痛いほど膨れ上がった彼女の自意識は、化け物との遭遇ではじけて強烈に輝きを増したのだった。




