20. 被害者:ペットボトル
「あれ、絹人くん?」
声をかけてきたのは、クラスメイトの九重トキワだった。
「偶然だねー!まあ家近いもんね」
私もお茶買おっとと呟きながら、絹人と同じものを手に取ったトキワは人懐こい笑みをこちらに向けた。
「ね、絹人くんって梔倉さんと仲良いの?幼なじみのよしみで教えてよ〜」
予想外の質問にたじろぐ絹人を見ながら、トキワは話を続ける。
「私の友達がさ、さっき梔倉さんが風綿くんに挨拶してたの見たらしくて!珍しい組み合わせだってラインが来てたの」
さすが異次元の梔倉天、人に挨拶しただけで噂になるとは。普段人から注目されることなどない絹人は、気恥ずかしさで頭を掻いた。
「国語の講習があってさ。それでちょっと話しただけだよ」
「でもなんか、デートの約束してるっぽい感じだったって聞いたけど」
「近所のファミレスで軽く問題解くだけだよ。漢文の返り点がどうにも苦手でさ」
「そうなんだ。ファミレスに行くだけなのにお茶2本も買うの?それ、梔倉さんと自分の分でしょ」
トキワは小動物のような笑顔のまま、小さく背伸びして絹人の手にあるペットボトルを弾いた。
この人、いつもはこんなに話しかけてこないのに。今日はちょっと…いや、失礼なくらいしつこい。梔倉さんが絡むだけで、こんなに態度が変わるなんて。いつも誰かに見られていて、自分の動きがゴシップになる。彼女にとってはこれが日常なのだと思うと、あの無愛想さも納得いく気がした。
「まあ、別に」それ以上どう会話を続けて良いかわからなくなった絹人は、小さく会釈してその場を立ち去った。
絹人が背を向けた途端、トキワの愛らしい笑みは消え去り、般若のように釣り上がった。2人分のペットボトルを会計して去っていく彼を見て、彼女の額に青筋が浮かぶ。ペットボトルがぐしゃりと潰れ、中身が四方八方に飛び散る。
「ちょっと、あなた!」
品出しをしていた中年の女性店員にしぶきが飛び、事態に気づいてトキワに駆け寄る。すると般若の顔は一瞬にしてハムスター然とした愛らしさに戻った。
「わああっ!ごめんなさい、これ急に爆発してぇ…」こぼれ落ちそうな瞳で上目遣いをする。
「あらまあ本当?ごめんなさいねぇ、腐ってたのかしら。お嬢ちゃん、怪我はない?」
「大丈夫ですぅ。床汚しちゃってごめんなさい!拭きます」
「そんな、いいわよ!あとはおばちゃんがやっとくから」
トキワは申し訳なさそうにペコリと頭を下げ、コンビニを後にした。
「まったく、ショーケースの温度には気をつけろっていつも言ってるのに…今度の店長は若いから困るねぇ」
ぶつぶつと文句を言いながら、店員がペットボトルを拾い上げた。まだ底に中身が残るそれは、まるで四方八方から何かに食いちぎられたかのようにズタズタに裂けていた。




