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呂色高校対ゾン部!  作者: 益巣ハリ
20/22

19. 夢かまことかゾンビとか

リリリリ……


 絹人は眠い目をこすりながら目覚ましを止めた。いつもと何も変わらない、退屈な朝。今日は化学基礎の小テストがあるから少し憂鬱だ。


 しかしすごい夢を見た。先週見た映画に影響されたのか、すごいスケールの夢だったな。それに、あの梔倉さんと親しく喋ったりして…


 夢の中の彼女を思い出し、思わず頬が緩む。スマホを充電器から抜き、メッセージアプリの通知を確認しようとした時……


 風綿家に絹人の絶叫が響き渡った。


 「新しい友達」欄に表示された、気の抜けたようなハリネズミのイラスト。横に表示された名前は「天」。昨日のことが紛れもなく現実であった証拠が、彼のスマホの中で誇らしげに光る。ってことはあのゾンビ達も全部現実で…そして週末梔倉さんとデートするのも現実ってこと!?


 絹人は自分の頬をつねり、今この瞬間が夢ではないことをもう一度確かめた。


 ゾンビ、エリナケウス、守護者、梔倉さんとデート。考えることが多すぎて、微分積分なんて頭に入れてる暇はない。何とか学校についたものの、午前中の授業にも身が入らず、2限目の陽向の現文もうわの空で過ごしてしまった。そして案の定昼休みに呼び出されたが…


「風綿、昨日はお疲れ様。色々疑問もあると思うが、こちらから連絡するまでちょっと待っていてくれ。それまでは…まあ、今週末、頑張れよ」


 なぜ今週末?と絹人は不思議に思ったが、彼女のニヤニヤ顔を見てすべてを察した。透明人間になって生徒の恋愛を盗み聞きするなんて!プライバシーの侵害ですよ、と抗議したくなったが、我ながら変なセリフだと思い口をつぐむ。


 職員室を出た絹人は、いつもの習慣で図書館へ向かおうとし、ふと足を止めた。昨日までは本を読むために、そこに行っていた。いや正直な話、梔倉さんに会いに行っていた。あの綺麗な人に一目会えたら、午後も幸せな気持ちで過ごせるから。だけど今日はなんとなく気まずい。昨日もたくさん話したのに今日も会いに行くなんて、ストーカーだと思われやしないだろうか?


 図書館に行く代わりにスマホを取り出し、メッセージを送る。


「昨日は大変でしたね。ところで、観たい映画って何でしょうか?」


 なぜかメッセージだと敬語になってしまう。しかし今は彼女も昼休みのはずだが、一向に返事が来ない。教室に戻って母親の作ってくれた弁当を開き、たこさんウインナーを食べ、スマホを確認。白米をかきこみ、スマホを確認。アスパラのベーコン巻きをいつもの五倍くらい噛んで飲み込んだ時、スマホが振動した。


「チキンオブザデッド」

「それ知ってます!ミチプリコット姉妹の新作ですよね?僕も気になってました^^」


 知っていたタイトルなことがうれしくて、思わず秒速で返信してしまった。


「よかった」

「梔倉さんもミチプリコット姉妹観るんですね!」


 ミチプリコット姉妹は、B級映画界ではかなりの有名監督だ。有名作のパロディをふんだんに取り入れたお下劣な脚本と低予算丸出しのチープな映像は、なぜだか世界中のB級映画ファンを魅了し続けている。


 親指を立てたハリネズミのスタンプが送られてきた。ヘタウマとも言えないほど崩れたその絵が、2人の会話を打ちとめる。


 しかし彼は満足だった。チキンオブザデッドが上映されているのは、街中の小さなシアターだけだ。雰囲気があるおしゃれな通りにあり(絹人はそこに足を踏み入れるたびにおしゃれパワーに圧倒されて小走りで映画館まで逃げていた)、デートにぴったりだ。


 ああでもないこうでもないと色々なプランを考えながら、その日はあっという間に過ぎていった。

放課後、靴箱に向かいながらもまだ考える。ご飯はどこに行けばいいんだろう。初手ファミレスはダメだってことはSNSで勉強したんだ…


「「よっ!」」


 絹人はいきなり後ろから両肩を掴まれた。


「フーさん、昨日の『魔法少女☆ヴェンデッタ』はご覧になりましたか?」


 声をかけてきたのは絹人のクラスメイト、双子の撫子 右門(ぶし うもん)左門(さもん)である。2人とももやしのように細長く、牛乳瓶の底のような厚いメガネをかけており、彼らを見分けるのは困難だ。風綿の風を音読みしてフーと呼んでくるのは、呂色高校でも彼らだけだ。ちなみによく喋る方が弟の左門、大人しい方が兄の右門だ。


「だから見てないって!僕はラノベ原作アニメには興味ないの」 絹人はうざったそうに手を振り払う。

「ふふふ…そういうと思ってましたぞ。いつも小難しい本ばかり読んでおりますものなぁ」「なぁ」


「よし右門、あれを出せ」

「ヘイっ」


 絹人は半ば無理やり重い袋を渡された。中を覗き込むと、いかにもラノベらしい美少女が表紙の本がぎっしり詰まっている

「うわっ、重!これは原作本?押し付けられても困るよ」


 遠慮したが結局押し切られ、大量の原作本を渡されてしまった。絶対ハマるから!と騒ぐ2人をいなしながら下駄箱へ向かい、スニーカーに手を掛ける。


 するとざわめきがすっと鎮まり、周囲の空気が変わった。夕方の淡い光を背に受け、小さな足音を立てながら、靴箱に梔倉が現れた。騒ぐ生徒たちが思わず口をつぐんでしまうような、そんな美貌。


 昨日長い時間一緒にいたにも関わらず、その靄がかかったような美しさは新鮮に絹人の心を打ち抜いた。なんとなく気恥ずかしくなり、手に持っていたラノベを思わず後ろ手で隠してしまう。右門たちはすっかり緊張してしまって、固まったまま少しも動かない。


 梔倉は右手で髪を耳にかけながら、ゆったりとした動作でローファーを取り出した。


 挨拶した方がいいのかな。いやでも、僕なんかと知り合いって思われたくないかも。けど無視するのは感じ悪いし…


 絹人の頭が、ゾンビと相対した時並みにフルスロットルで回転する。考えすぎてオーバーヒートしかけた時、梔倉がこちらに鋭い目線を向けてきた。


 切れ長の涼しい双眸が、絹人を睨め付けるように光り、唇が片方だけ歪む。彼女はそのまま歩き出し、すれ違いざまに呟いた。


「風綿さん、また明日」


 梔倉は振り返らず、艶やかな黒髪を靡かせながら帰っていった。


「あっ…また明日!!」


 驚きで喉が詰まりながらも、小さくなっていく彼女の背中に向かって絹人は精一杯の大声を出した。


梔倉さんの方から、声をかけてくれた。彼の小さな心臓は、今にも爆発しかねないほど激しく脈打つ。


 喜びに浸る絹人の側で、右門たちは時が止まったように固まっていたが、梔倉が校門を出て姿が見えなくなると、ダムが決壊したように話し始めた。


「ふふふふふふフーさん!今、あのっ、梔倉様に、挨拶されてましたよなっ!?右門も見たよな!?」

「見たぜ見たぜ弟よ!」

「しかもまた明日って…明日は休日ではありませぬかっ」

「左様!」

「これは説明がいりますなぁ」

「そうですなぁ」

「あーあーあーうるさい!昨日国語の講習会があってさ、それで仲良くなっただけだって!」

「「仲良く!?」」2人の声がシンクロする。


「そうそう。ちょっとファミレスで勉強のこと話し合うだけだって」本当は映画館で、そのあとゾンビのことを話すんだけども。そんなことはとても言えないので、絹人は嘘をついた。


「よかった……本当によかった。2次元専門の我らと違い、フーさんはどの次元の女子とも縁がなく、我ら兄弟心を痛めておりまして」

「可哀想だった…」右門が追従して頷く。

「余計なお世話!」


 帰り道でもずっと騒いでいた2人と駅で別れたあと、絹人はふと考えた。明日は緊張して喉が渇くだろう。でもそんな時にお母さんが入れてくれた水筒を出すのは恥ずかしい。コンビニでペットボトルを買っとこうかな。


 駅入り口にある小さなコンビニに向かう。梔倉さんの分も買っておいた方がいいかもと思い、ミニサイズのお茶を2本手に取った時だった。


「あれ、絹人くん?」


声をかけてきたのは、クラスメイトの九重トキワだった。

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