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呂色高校対ゾン部!  作者: 益巣ハリ
13/22

12. ようこそ、秘密組織エリナケウスへ

「ようこそ、エリナケウスへ」


 ドアの隙間から入ってくる異国の香り。

 

 ここはどこ?まさか瞬間移動して海外に行ったの?ニューヨーク?ロンドン?上海??


 謎の組織への期待でぱんぱんに膨らんだ梔倉の胸は、ドアを出た途端に完全にしぼんでしまった。


 目の前にあるのは、4階建ての薄汚い雑居ビルだった。外壁に「健康な男性求む♡」と書かれた怪しげなポスターが所狭しと貼られ、コンクリートはひび割れて今にも崩れそうだ。もちろんエレベーターなんてものはないらしく、一階入り口の隣に上へと続く階段がある。申し訳程度の白い金属の手すりは、触るだけで怪我しそうなほど錆で覆われている。異様な数の室外機がブンブンと唸り、重くて熱っぽい空気をかき回す。


「ああああの。まさかここじゃないですよね?もしくは、地下にすっごい基地が隠されてるとか?」


 動揺する梔倉に優しい微笑みを向けたドチは、ゆっくりと上を指差した。


「星尘刺猬公司」  


 一文字ずつ白抜きで印刷された赤い紙が、ビルの3階の窓に貼られている。何枚かは剥がれ落ちかけて斜めになっており、寂れた雰囲気を倍増させていた。


「嘘…。こんなぼろいところ…」

「いやっでも梔倉さん、それだけ街に溶け込んでるってことだよ。すごくない?」

「なんだ風綿、いやに嬉しそうじゃないか」


 失礼にも落胆の色を隠さない梔倉と異なり、絹人は内心ほっとしていた。謎の組織というから、どんな危険で恐ろしい施設に連れていかれるかと思ったら。少なくとも世間の目に触れている場所ならば、もし何かあっても逃げられるだろう。


「少々驚かせてしまいましたね。御覧の通り、わが組織エリナケウスは少々…資金不足でして」


階段を上りながら、先頭のドチが口を開いた。ちょっとどころじゃないわよ、と梔倉がこぼす声が背後で聞こえてくる。


「さあ、つきました。組織の構成員はここでノックを2回して、合言葉を言うのです」


 くすんだ灰色のドアを2回ノックすると、少しの間をおいて、ドアについた小さなスライド式の窓が開いた。


「Man muss noch Chaos in sich haben」くぐもった女の声。


「um einen tanzenden Stern gebären zu können」


ドチが答えると、ガチャガチャと鍵が開く音がした。


「これって、ニーチェの…」

「いかにも。少年、その若さでニーチェを原文で解するとは。なかなか見込みがありますね」


ドチに褒められ、絹人は照れくさそうに頭を掻いた。毎朝の図書館通いが思いもよらぬところで役立ち、頬が緩む。そしてよっぽどセキュリティが厳重だったのか、ようやくドアが開いた。


「ようこそ、若き守護者たちよ。私はカンニィンと申します。さあ、中へどうぞ」


 カンニィンと名乗った女は、パーマがかかったショートヘアの、40代半ばほどの女であった。この薄汚いビルには似つかわしくない、いかにもお金持ちの奥様然とした風貌である。


 部屋の中は、わずかに残った梔倉の望みを打ち砕くには十分な乱雑さだった。高校の教室より1回り小さいほどの空間。その真ん中に、飴色をした大きな木の机がある。机の両端にはボロボロになった革張りのソファが2対置かれている。


「風綿絹人さんに、梔倉天さんね?能力発現、おめでとうございます。わたくしたちエリナケウスは…いえ、詳しい説明は後にしましょうかね。まず、お服を着替えましょう。狭いですが、あそこにシャワー室がありますから」

「私は結構です。建物の外観からして、シャワー室の清潔さに期待が持てませんから」

「こら梔倉!」

「いいんですよエリソン、確かにうちのビルは古いですもんねえ。それなら制服だけ着替えますか?新しいものを用意してますので。ついでにタオルで身体を拭くといいですよ」


梔倉の失礼な発言にも顔色一つ変えず、カンニィンは傍においてあった袋から新品の制服を取り出した。


「風綿さんはどうされますか?」


 漏らしてしまった絹人がシャワーを断るはずもなく、タオルと制服を受け取って大人しくシャワー室へと入った。梔倉の予想を裏切り、中のユニットバスは意外と清潔に整えられていた。2種類の蛇口を回して温度を調整するタイプで、そのタイプを使ったことがなかった絹人は思いのほか苦戦したが、何とか適温の水を出すことができた。暖かいシャワーを浴びていると気が抜けてしまうが、排水溝に流れていく赤黒い水が先ほどまでの戦いが現実であったと実感させる。石鹸が所々擦り傷に染みるが、幸い大きな怪我はないようだった。体を拭きながら脱衣所に出て、まだ生地の硬いブレザーに袖を通す。まるで採寸したかのようにサイズがぴったりで、いつ用意したのかと絹人は驚いた。今のところ悪い組織ではなさそうだが、何にせよ非現実すぎてあまりうまく頭が働かない。梔倉さんは大丈夫だろうか。


 部屋に戻ると、既に着替えた梔倉が席につき、何かを一生懸命に食べていた。さっきまではなかった大きな衝立が出ており、きっと彼女はその陰で着替えたのだろう。


 エリソンに促されて梔倉の隣に座ると、カンニィンが琥珀色をした紅茶と、小さなスコーンが乗った小皿を絹人の前に置いた。とてもじゃないけど食べる気分じゃないな、と絹人は思ったが、隣の梔倉はもう完食しており、口の周りにジャムまでつけていた。さすが梔倉さん、大物だ……となぜか感心してしまう。


「皆さん揃いましたね。それでは説明させていただきます。まずはドチ、組織の説明をお願いします」


 柔和な笑顔をたたえたカンニィンが促すと、ドチが立ち上がって話し始めた。

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