10. 守護する者たち
「勝った……勝った!!」
沈黙を破ったのは、やはり梔倉であった。
「私が勝ったんだわ!私のアブノーマル・ファイティングが!ね、2人とも見たでしょ?」
「おお……!!すごい、お前すごいよ梔倉ぁ!風綿も怪我ないか?」
我に帰った陽向が、興奮気味に梔倉に駆け寄り肩を揺さぶる。
「今、何やったんだ??」
「ただ私の願いを言っただけです。奴らを倒したいって。そしたら叶ったんです!」
「なんだそれ。にしても異端の証明か。お前らしいゾンビの名前だな」
「この力はこういう名前だって、頭の中で声がしたんです」
「そういうもんなんだよ、ゾンビって」
アブノーマルが私らしいのか、とちょっとにやけながら髪をかきあげようとした梔倉は、自分の右手が固く握られていることに気が付いた。
「あれ、なんか右手が…あっ!」
右手をゆっくりと開くと、その中には小さい石があった。晴れた日の空のようにも、駄菓子のようにも見える鮮やかな水色。ぼこぼこと小さな球体が突出した、葡萄のような見た目の石がいつの間にか彼女の右手に握られていた。
「先生、手の中に石が!」
「やっぱりな。ちょっと見せてみろ。えーっとこれは確か…異極鉱だな。」
「異極鉱?」
「まあ、詳しくは図鑑でも見てくれ。とにかくお前は異極鉱を司る守護者ってことだ」
「ちょ、さっきから全然理解できないんですけど!?ゾンビ?守護者?異極鉱の守護者として説明を求めます!」
「めちゃくちゃノリノリじゃねえか」
腰に手を当て、ビシッ!と指さすポーズをとった梔倉を見た陽向は、こいつ、こんなふざけたキャラだったのか…と苦笑した。当の本人はいたって真剣で、自分がかっこいいと思うポーズをとっているだけなのだが。
……いいな。
きゃいきゃいと盛り上がっている2人を横目に、絹人は座り込んだまま動けないでいた。あの状況で結局何もできず、好きな女の子に守ってもらった自分が情けない。梔倉さんはやっぱり特別な人だった。それに引き換え僕は…ただのモブだ。
悔しさと情けなさで胸が暗く塗りつぶされて、地面を強く握りしめる。
「痛っ!?」
突然、手のひらに鋭い痛みが走った。握り拳から一筋の赤い血がぽと、と伝う。恐る恐る手を広げると、そこにはゴツゴツした乳白色の石があった。コンクリートの塊のようにそっけないそれは、絹人の柔らかい掌に食い込んで赤く染まっていた。
「これは…?」
石を手に取りまじまじと眺めていると、その様子に気づいた陽向が駆け寄ってきた。
「風綿!お前も石が出たのか?すごいな!!」
「なんで…?僕は何もできなかったのに…」
「いやあ、最初からばりばりゾンビを使えるコイツが特別なんだよ。最初は誰でもお前みたいに戸惑うもんさ。どれどれ、これは…なんの石だろうな?ちょっと先生には判断が難しいから、あとで機関の人に見てもらおう」
「機関?」
「ああ。こういうゾンビを専門とする機関があんのよ。もう呼んでるから、すぐここに到着するはず」
「先生も機関の一員なんですか?」
「まあ、そうなるな。でもお前らも今日から仲間だぞ!石が出たやつに拒否権はない!」
陽向は笑いながら、絹人の肩をバシバシと叩いた。やめてくださいよと払いのけつつ、自分も特別な力があった、その事実と安堵で、絹人は思わず目が潤んでしまった。しかし梔倉の前で情けないところは見せまいと、必死で涙をこらえる。
「風綿さんの石って…コンクリート?なんだか私のとずいぶん違うわ。私の石見る?とても奇麗でしょ?」
「ほ、ほんとだね」
「異極鉱っていうらしいわ。奇麗で、アブノーマル。私にぴったり」
やっぱこの人おかしいな、と絹人が苦笑いした時だった。
「処理部隊、到着!」
暗い廊下に男の声が響いた。足音も気配もなかったが、いつの間にか数人の男たちが階段の下に立っていた。彼らは全員黒いスーツを着込んでおり、見るからに異様な雰囲気が漂っている。先ほどまで戦っていた化け物たちと負けず劣らず個性のない男たちの間を割って、一人の男がつかつかと歩み寄ってきた。
「お疲れ様です、ミスエリソン。あなたの担当校からまさか2人も守護者が出るとはね」
丁寧で耳障りがよいが、どこか厭味ったらしいものを含んだ声で男は言った。ゆうに190センチはあるだろう長身に、キツネを思わせる鋭い顔立ち。長い黒髪をオールバックにし、後ろでくくっている。他の男たちと同じく黒いスーツを着ているが、彼だけがシャツまで真っ黒だ。その身長も相まって、男は異様な威圧感を放っていた。
「ミスタードチ。お疲れ様です」
先ほどまでのふざけた様子とはうって変わり、陽向は姿勢を整え、まじめな表情で答えた。エリソン。どうやらそれが、陽向の組織での名前らしい。
「彼らが守護者ですか?」
「はい。少女の方は異極鉱の守護者で、既に能力を使いこなしています。ここにいるゾンビも彼女一人で倒したものです」
「ほう…それは大したものですね」
ドチと呼ばれた男が、目を細めて梔倉を見る。表情の読めない赤い瞳に見据えられた縹は、誇らしさと居心地の悪さを同時に感じた。
「まだ能力は発現していませんが、少年の方も石が出ました。私では判断がつきかねますので、確認していただけますか?」
陽向に促されるまま、絹人は石をドチに差し出した。ドチは、それを眺め、匂いを嗅ぎ…口に入れた。
「ちょっ!?」
「ふうむ…これは。セピオライトですね」
平然とした顔で言い放ち、絹人の手を乱暴に引き寄せると、その手のひらに石をぺっと吐き出した。
「うわあああ!!!ちょっと!さっきから何するんですか!」
「何って、あなたが司る石を鑑定してあげたんじゃないですか」
「うっ…」
自分にも不思議な力があると安堵した矢先、守護する石がいきなり成人男性の唾液まみれになってしまった。どこがツボに入ったのか、人の不幸を見て笑いを抑えられない様子の梔倉を横目で見ながら、なんで僕っていつもこんな役回りなんだと絹人は肩を落とす。
「とりあえず、本部に行ってから話しませんか?」
絹人にさりげなくティッシュを渡しながら、陽向が言った。
「それもそうですね。名もなき少年よ、私の唾液に感動するのはわかりますが、今は移動せねばなりませんよ」
「名はありますし、感動もしてないです…それより、この人たちって大丈夫なんですか?」
足元に転がっている死屍累々のゾンビ…だった生徒たち。その中に一人、明らかに大けがをしているものがいる。梔倉がシャーペンで目を突き刺した生徒だ。
「私、警察に連れてかれたりしないですよね?正当防衛ですから、非はないと思いますけど」
梔倉が少し気まずそうに手を挙げた。あの状況で選択肢がなかったとはいえ、人の目を抉っておいて心配よりも自己保身とは。絹人は内心呆れたが、それもまた彼女のいいところだよな、と思い直す。
「もちろん。ゾンビに対しての暴力は全て、何の罪にも問われません。それにこの目をやられている彼も、わが組織の治療技術で明日には何事もなかったかのように治っていますよ。ゾンビだった時の記憶も残りませんから、安心して大丈夫ですよ。」
「よかったあ…」
「まあ、そこら辺の詳しい説明は本部でするよ。いいな?車まで歩くぞ」




