9. やればできる子なんです
そして舞台は現在に戻る。
どたどたと迫りくる化け物たち。
「風綿さん、安心して。私ならなんとかできるはず」
やっぱり私は選ばれし者。きっとなんか超能力が覚醒して化け物どもを蹴散らすのよ、と謎に自信満々な梔倉。
父さん母さん今までありがとう。彼女はできなかったけどなんだかんだ幸せな人生でした。死を覚悟して、座り込む絹人。
「んなわけあるかーッ!!!!!!」
突如強烈な怒号が響き渡り、階段の空間がゆがんだ。化け物をも圧倒する怒号が響き渡り、絹人と梔倉は首根っこを掴まれて謎の空間に引きずり込まれた。
「痛っ…」
「痛っじゃない!!」
尻もちをついた梔倉に、思い切りげんこつが飛んできた。聞き覚えのあるその声は。
「陽向先生!?」
国語教師の陽向が、2人の背後に仁王立ちで立っていた。
「先生、なんでここに!?この空間は何ですか?てか体罰っ!!」
「誰だって殴りたくなるわ、梔倉あ!お前あのままだったら死んでたぞ!!」
「大丈夫です、先生。私ならきっと倒せます!」
「その根拠のない自信は何なんだよ…大体お前、あいつらが何か知ってるのか?」
「先生は、知ってるんですか」
この空間に来てからずっと黙っていた絹人が、口を開いた。いつになく真剣な目をした陽向の口から飛び出したのは、衝撃的な単語だった。
「あいつらは、ゾンビだ」
「「ゾンビって、あの!?」」
梔倉と絹人の声が重なった。ゾンビといえば、腐りかけの死体、嚙まれたら感染する、ウイルスが原因、いやいやブードゥー教…。
「でも先生、あの…あのゾンビたち、別に腐ってませんでしたよ!」
「しかも皆同じ顔をしてました!」
「私血を触っちゃいました…感染しますか!?」
思い思いに疑問をぶつける2人をうざったそうに手で払うと、陽向はさらにとんでもないことを言い出した。
「そして、お前らもゾンビだ!」
「「はあ!?」」
「ゾンビってのは、映画で見るような腐った死体でも、感染するようなもんでもない。お前らみたいな煩悩まみれのお年頃、そういう思春期的な青いエネルギーが暴走して生まれたバケモンなんだよ。つまり高校生は誰でも、心の中にゾンビの種を持ってるってわけだ」
陽向が話し終わると同時に、ドンドンドン、と激しいノックのような音が空間に響き渡った。無数の手が、怒りを込めて殴っているような暴力的な音。
「どうやらのんびり説明してる暇も無さそうだな……よし、とりあえずお前ら、ゾンビを出してみろ!」
「そんな、いきなり言われても。第一、ゾンビってエネルギーの暴走によって生まれる化け物なんでしょう?自分の意志でどうこうできるものなんですか?」
「お、さすが学年一位、いいとこに気づいたな」
褒められた梔倉は、まんざらでもなさそうな顔で片方の唇を上げた。
「ゾンビをコントロールするにはまず、心の底に眠っているゾンビが暴走するギリギリまで負荷をかけて、意識的に目覚めさせる必要がある。今ヤバい経験をしてきて、心にめちゃくちゃ負荷がかかってるだろ?第一条件はすでにクリアだ。あと必要なのは、ゾンビに心を乗っ取られない、何物にも左右されない意志の強さだけ!出そうと思えば出せる!信じろ!」
「無茶ですよ。梔倉さんはできても、とても僕にはそんなことできそうにないです」
「風綿!しゃきっとせんか!お前もやればできる奴だって、先生知ってるんだぞ!」
言い争う2人を眺めながら、梔倉は己の手をじっと見つめた。手先までどくどくと血が通っているのがわかる。やっぱり私こそが選ばれた人間なんだ。私ならゾンビをコントロールして、不思議な力で戦える!
彼女がそう信じたと同時に、無数の手が空間を突き破り、彼らを包んでいた結界がびりびりと破られた。膜のような結界は消え、一気にぬるついた下界に叩き落とされる。
『『こいつら、どこに行っていた?』』
『『女が一人増えた。こいつも顔があるねえ』』
『『お前も顔を剝いでやるゥゥゥ!!!』』
無数の手が絹人の顔を掴んだ。饐えた血の匂いが鼻につき、喉奥から苦いものが上がってくる。ゾンビの手が耳、口、目にお構いなしに侵入してきて、嫌悪感で身が縮まった。
「ゾンビ!出ろ!(れろ)」
一縷の望みをかけて掠れた声で叫ぶ。しかし、やはり何事も起こらない。必死で同じ言葉を繰り返すが、言葉は虚しく宙を漂う。ゾンビなんてそんな、僕にできるわけないじゃないか。僕は凡人なんだから。
喉奥まで指をねじ込まれ、酸欠になった頭は妙に冷静で、そういえばさっき漏らしちゃったな、なんてことを考えながら意識を手放しかけた。その時だった。
「私は強い!」
「私は天才!!」
「私が主役!!!」
梔倉の声が空間に響いた。彼女は一歩ずつゾンビに近寄りながら、目をらんらんと光らせて叫び続ける。自分ならば絶対勝てる、という確信が彼女の心で燃える。自分が今何をすべきか。体の中でうねるエネルギーの名前は何か。かつてなく頭の中がクリアで、今なら全てのことを正解に導ける気がする。すう、と息を吸う。生臭い空気を胸いっぱいに詰め込んで、叫んだ。
「私こそが世界の中心!私が願えば何でも叶うの!」
「異端の証明!!」
その瞬間。世界を構成する分子が壊れるように、開いた花が散るように、ゾンビたちの顔が粉々になりはじめた。断末魔の叫びがこだまし、鼓膜を鷲掴みにして揺らしてくる。
『『やめろオオオ!!!』』
ゾンビたちは抵抗も出来ず、ひたすらもがき苦しんでいる。
「私が勝つ!」
自信に満ちた梔倉の声が空気を震わせ、ゾンビたちは全員、台風にまきこまれたかのような圧倒的な力でねじ飛ばされ、やがて糸が切れたように床に崩れ落ちた。いつのまにか彼らの顔は、本来の個々人の顔に戻っている。そこにいる誰もが…梔倉自身でさえ、一体今何が起こったのか理解できず、しばし立ち尽くした。




