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「——随分可愛らしい願いだね」
悪魔は私の望みを聞き、不敵な笑みを浮かべながらそう言う。
「ふふっ…でしょ?」
「じゃあ契約成立だね。君の…“兄とずっと一緒に居たい”という願いを叶えてあげよう…但し、代償が伴うから気をつけるんだよ?」
「代償!どんな!?」
私は“代償”という言葉に過剰に反応し、身を乗り出してまで契約における代償の内容を聞き出そうとする。
——悪魔との契約において代償が設けられているのは、代償によって苦しむ人間の悲劇が悪魔にとっての娯楽だからなんだとか。
「え…何で君は笑ってるんだい…?代償だよ?」
私の反応が予想外だったからか、悪魔は少し困惑しつつも引いているような表情でそう言う。
「うん!それで?早く代償を教えてよ!」
「そ、そうだねぇ…兄と一緒だから、“絶対に治せない病を患う”とかかな…!」
「ふぅん…あははっ、良いねそれ!最高じゃん!」
悪魔から人を弄ぶような悪い表情で告げられた契約の代償は、自分の狙っていた通りの内容で私は喜びのあまり思わず頬を緩ませて笑ってしまった。
「…何で笑ってるんだ、君はこれから死ぬんだぞ?」
「いやぁナイスだよ悪魔さんっ!治らない病とか…お兄ちゃんを私への罪悪感で縛りつけるのに最適じゃんか!」
「縛りつけるって…」
「私のお兄ちゃんはね、私の為ならどんな無茶もしてくれるんだよ!そんなお兄ちゃんが何も出来ず妹が病で死んでいくのを見る事しか出来ないってなったらさぁ…あぁもう想像するだけで興奮するよぉっ!!」
私はこの心から溢れてくる喜びに耐えきれず、身体をふるふると震わせてそう言った。
お兄ちゃんにはずっと私の事だけを考えていてほしい、それ以外の事が疎かになってしまうほど…それで人生が滅茶苦茶になってしまうほど。
妹が病気になったら、お兄ちゃんはきっとあの手この手で私の病気を治そうとするだろう。でも結局それは不可能な事で、努力は虚しく私は死ぬ…。
——罪悪感ほど、人を縛り付ける物はない。
「でさでさ!お兄ちゃんはきっと私の病気を治そうと悪魔と契約しようとすると思うんだよね!」
「…そうか」
「そしたらさぁ…お願いがあるんだけど、お兄ちゃんとは契約を交わすフリをしてくれない?あ、そうだ!悪魔さんのしたい事の為にお兄ちゃんを利用してよ!他人殺しても良いからさ…いや寧ろその方がより一層良い!妹を助ける為に他人の命まで犠牲にしたのに、結局救えずただ悪魔に利用されただけだなんて、最っ高じゃない!?」
「…君、それ本気で言ってる?」
「うん!」
「ふふふっ…私のしたい事って言ったね?君は運が良いよ、私は“強欲”の悪魔だからね…とんでもない事をしでかすかもしれないよ?」
「全然おっけー!やる事が壮大なほど良いもん!」
「——良いよ、君のイカレ具合に興が乗った。君のお兄さんを利用して、私のしたい事をしようじゃないか」
「悪魔さんノリが良くて助かる〜!じゃ、よろしくね!」
私は悪魔との契約を交わすと、事が順調に進んで気分が良かったので鼻歌を歌ってその場を去っていった。
◇
私はとんでもないイカレ女と契約を交わし、鼻歌混じりに去っていく背中をただ見つめていた。
——全く…とんでもない女だよ、ホント。大好きな人の為に自分の命を捧げるだなんて。いや、もとより悪魔との契約とはそういうものか。
「——ふふ、でもただ人間に乗せられるだけじゃ悪魔としての面子が立たない。向こうに不利益があるような大きな事をしてあげるよ」
私は考える。あの女にとって不利益で、且つとても壮大な事…他人の命を犠牲にすると尚良いらしいから、それも考慮すると…あれしかない。
この“強欲”の罪は、太古の昔から受け継がれてきたもの…悪魔は前任者達の記憶を見ることが出来る。確か太古の昔に人類全てを下級悪魔にするというとんでもない儀式——ラグナロクが行われたそうだ。
エゲツない儀式の割に、捧げる生贄は案外すぐに集まる代物ばかり。その中には命ではないが、他人の魂がある。そして一番難儀なのは…悪魔の命か。
そういえば最近、シン・トレギアスが色欲の悪魔として覚醒したって噂を聞いた。その証拠に、身体が女になったらしい。前任者の記憶では、ラグナロク後は色欲の悪魔アプヤヤと下級悪魔に成り果てた人間が子を孕み、子孫を繁栄し続けて今の人類があるそうだ。
そして悪魔の命を生贄にするということは、別に私の命でも構わないという事。それはつまり…シンが私を殺そうが、私がシンを殺そうがラグナロクを起こせる!
「フフフ…悪魔が人間の思い通りに動くと思うなよ、メリモア」