第75話 姫と悪魔のルーラー
「アリリ、あんたにしか頼めない事がある」
「はい?」
「…カナンは何処にいる」
俺はアリリに問う。
本当はフェリノートから聞こうと思っていたが、こんな姿になってまともに話す事なんて出来ないだろうし、カナンと入れ替わる形でメンバーに加わったのなら、何かわかるはずだ。
「頼み事っていうか聞きたい事じゃないですか…“私にしか”なんて大袈裟に言うから身構えちゃったじゃないですか」
「悪い、ちょっと色々やりたい事があってな」
「何をしたいのかはわかりませんが、秩序を乱す事じゃなければ協力します!」
「——秩序は、ちょっと乱すかもな」
俺は快く承諾してくれたアリリに対して、少し気まずそうに答える。別に罪を犯す訳でも何かを壊す訳でも、結果的に誰かを悲しませる訳でもない。だが形だけで見れば平和を脅かすような行為かもしれない。
「君は…何がしたいんですか」
「ひとまず今はカナンに会いたい」
「そうですか…でもカナンに関しては私も知らないんですよね」
「そうか…」
「ですが心当たりならあります」
「心当たり?」
「はい。私と出会う前、フェリノート達はゴーストタウンに赴いていたみたいで」
「…ゴーストタウン?」
「この国の近くある小さな街です。もう廃墟になってるのでそう呼ばれています」
「…あそこか」
俺は家出をしてこの国に来てからは出た事が1回しか無いから、国の外について詳しく知らないが…俺の住んでいた街はぽつんとある田舎だったから、恐らくそこだろう。
「噂によると、そこで非人道的な研究が行われていたらしいです」
「——ルィリア」
「どうして知ってるんですか!?」
「うんぬんかんぬんだ」
「なるほど何もわかりません!」
「とにかく俺はそのゴーストタウンとやらに行ってみる。そこでカナンに会ったら、ここに連れ戻してくる」
「あ、ちょっと待ってください!もしゴーストタウンに向かうのであれば気をつけてください」
早速例のゴーストタウンへ向かおうと背を向ける俺を、アリリが呼び止める。
「何にだ?」
「実は例の研究の更なる調査の為、騎士団の団員を数名ゴーストタウンへ向かわせたのですが…それ以降連絡が途絶えているんです」
「…わかった、気をつける」
「あーっともう一つ!!それでもなお向かうというのであれば、“運び屋”を利用した方が良いです!」
「…運び屋?」
〜
アリリに“運び屋”なんていう不穏な名前の人物が居る場所を教えてもらい、俺はわざわざそこまで赴いてきた。アリリはまだ仕事があり、持ち場を離れられないらしいので俺一人だ。
因みに運ぶのは荷物ではなく人で、前世で言うタクシーのようなものらしい。別に点火飛行で飛んでいけるのだが、ただでさえ身体の力が男の時より弱くなっているのだ…いざという時以外はなるだけ魔力行使は避けたい。
「…あれか」
割と距離を歩いた末に、ようやくそれらしきものを発見する。当然この世界にタクシーなんて立派なものは無いから、動物——馬にでも乗っていくのだろうと大方予想していたが…。
「あ、ご…ご利用しますか?」
「ああ。まさかあんただったとはな…えっと、ナギノだっけか」
俺がこの世界に戻ってきた時、手を負傷していたようでドラゴンに寄り掛かっていた女の子…に見える男の子だ。華奢な見た目でこんなデカいドラゴンを使役出来るのだから、異世界は本当に驚きが絶えない。何が一番驚きって、彼が異世界転生者ではない事だ。
「い、いやぁ…嬉しいなぁ。貴女みたいな綺麗な人に名前を覚えてもらってるなんて」
「…俺、フェリノートの兄だぞ」
「え!?でもどう見ても女の人…」
「それはあんたもだろ」
「で、でも…胸…」
ナギノは恥ずかしそうに目を逸らしつつ、明確に俺のふくよかな胸に指をさして言う。一応服装は敢えてあの時のままなのだが…体型と顔が変わると全くの別人に見え…いや、それは当たり前だな。
「事情は後で話すから、とりあえずゴーストタウンとやらまで連れて行ってくれ」
「わ、わかりました…ちゃんと説明してくださいね!じゃあ僕に…違う、ドラゴンに乗ってください!」
ナギノは顔を赤くしながらドラゴンの首元にそそくさと乗っていった。
——下心丸見えじゃないか。これも色欲の悪魔としての力の影響なのかと思うと心が苦しくなる。人間の唯一自由な心でさえも、無意識とはいえ弄って変えてしまうのだから。
また俺を性的な目で見る者が増えるのか…色欲の悪魔、結構精神的にクるな…。
〜
ドラゴンの背中に乗り、数十分の空の旅の最中、俺はナギノに自分がどうして女の身体になってしまったのか…今に至るまでの経緯を説明した。
余談だが、側から見るとドラゴンの背中には女しか乗っているようにしか見えないのに、実際は男だけ(俺の場合は身体が女になっただけだからノーカンという事にしてほしい)というよくわからない状況になっている。
「なるほど…つまり自分が悪魔だと自覚した事で色欲の悪魔としての力が覚醒し始めてきている、という事ですか」
「あくまで可能性だけどな」
「フェリノートには伝えたんですか?」
「いや」
「何でですか!?絶対心配してますし、フェリノートならきっとわかってくれますよ!」
「そうかもしれないが…このままじゃフェリノートはいつまで経っても巣立ち出来ない」
「シンさんは、フェリノートにどうなって欲しいんですか」
「当然、幸せになってほしいよ」
「だったら尚更…!」
「——但し、俺抜きで…だ」
「意味がわかりません…!あの日、フェリノートは兄といる事が幸せだって言ってたじゃないですか!フェリノートを幸せにしたいのなら、どうして遠ざけるんですか!?」
ナギノはフェリノートと俺の事をちゃんと考えてくれているのか感情のこもった声で言うと、使役されているドラゴンもご主人であるナギノの心とリンクしているように吼えた。
——いざ問われると、確かに俺の行動は矛盾しているどころか逆の結果を招くようなものに感じる。
「…俺の幸せとフェリノートの幸せ、祝福されるのはどっちだと思う?」
「どっちもに決まってるじゃないですか」
「言い方を変える。人間を誑かす色欲の悪魔とデリシオス国王の娘…どっちが幸せになるべきだと思う?」
「そんな言い方されたら…ほぼ一択じゃないですか…!」
ナギノは心底悔しそうに言った。
普通の人間なら“そんな事関係ない!どんな身分でも、どんな姿でも…幸せは平等になるべきだ”的な感じの綺麗事を言うのに。素直過ぎて逆に現実的な考えしか出来ないのか、それとも俺の気持ちを汲み取って敢えてそう答えたのか…それはわからない。
そんな何とも言えない絶妙且つ微妙なタイミングでドラゴンが降下を始める——どうやらゴーストタウンとやらに到着したようだ。
「シンさんが居なくなったら…フェリノートはきっと悲しみますよ」
「大丈夫だ——フェリノートの知ってる兄は…もう居ないから」
ナギノのまるで最終忠告のような発言に対して、俺はそう返す——いつもなら“大丈夫だ、俺は死なない”って言うのにな…と内心思った。
そして改めてカナンが居るであろうゴーストタウンとやらに目を向けた途端、俺は驚愕した。
「なっ、何だよこれ」
「…まるで氷の国だ」
ナギノの言う通り、目の前に広がっていたゴーストタウンもとい俺の故郷は、氷属性魔術が暴走したかのように至る箇所に氷柱が出来ており、いつの間にか辺りには雪が降っていた。そしてその奥には俺の知らない——氷の城が建てられていた。
——あの城の中にカナンが?
「まさか…!」
俺はふと嫌な事が頭をよぎった。
この街で秘密裏に行われていた異世界転生者に対抗する人間兵器を作り出す研究、その被験者であるルィリアは氷属性を得意としていた。
この場所でその研究に関する資料が見つかったという事は、証拠が隠滅されていない…イコール、まだ研究所が残されている。
そしてここにカナンがいる可能性がある…この3つから自ずと導き出される答えに俺は居ても立っても居られなくなって、氷の城目掛けて駆け出していった。
「——待ってろ、カナン…!!」
俺は走りながら、ルィリアの苦しみと重ねてそう叫んだ。
この時の俺には自身の容姿なんて一切気にも留めておらず、ただ“カナンを助けなきゃ”という思いだけが先走っていた。