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第74話 これが本当のオトコノコ

「…」


 目を覚ますと、視界には知らない天井が広がっていた。起き上がって辺りを見回すと、薬品の入った瓶やガーゼなどが置かれていた…例えるなら、田舎の病院のようだった。

 何故俺がここに居るのかは、大方予想が付く。確か謎の腹痛と少しの吐き気に突然襲われ、耐えきれなくなって気を失ったのだ。それでビュリードがここまで運んできてくれたのだろう。

 窓の外を見ると、まだ夜は明けていないようだった。


「目が覚めたみたいですね…シンさん」


 ガチャと音を立てながら扉が開くと同時に、そんな声が聞こえてくる。


「ビュリード…あれ、声が…」


 俺は意識を取り戻してから初めて声を出すが…俺の喉から発せられた声色は、別に意識している訳でもないのに何故か少し高くなっていた。

 その声は例えるなら、女性の声優が男性キャラを演じる時に出すような声だった。


「シンさん…やっぱり」

「“やっぱり”ってどういう事だ?あんた、何か知ってるのか!?」

「シンさんの謎の腹痛を医者に診てもらったんですが…どうやらあれは“生理痛”らしいんです」

「——は?」


 俺はビュリードの素っ頓狂な発言に耳を疑った。

 生理痛って、そういった事に関しての知識があまり無い俺ですら“女性だけが味わう痛み”だという事を知っている——少し語弊があるかもしれないが。


「僕も驚きました…まさかシンさんが女性だったなんて」

「違う!俺は正真正銘の男だ!」

「…女性らしい体つきな上に、声も地声に戻ってる状態で言われても説得力無いですよ」

「ッ…!」


 俺はビュリードにそう言われ、つい最近フェリノートに下半身が太ったと言われていた事を思い出す。それに加え、胸周りにも脂肪が付き始めていたが…これは太った訳じゃなくて、女性としての体つきに変化していたという事なのか…?

 俺は自身に掛かっている布団を投げ捨てて自身の身体を見てみると…何もしていない状態だともはや言い訳出来ない程に胸が大きくなっており、何よりズボンの股間部分が血のように真っ赤に染まっていた。


「——嘘だろ…!?」

「シンさんの男装、すごくカッコよかったですけど…すっぴんのシンさんは凄く可愛らしいですね」

「ふざけんな!!俺は男だって言って——なっ!?」


 俺は自分が女になってしまった事が受け入れられず、八つ当たりするようにビュリードの胸ぐらを掴むが…女性の身体になったからか力負けして逆にベッドに押し倒されてしまった——その時のビュリードの目は、虚ろで惚けていた。


「まさか…これって」

「シンさんの事は全然そんな目で見てなかったんですけど…女性として見ると、凄くドキドキするんです…」

「やっ、やめろッ!」


 俺は全ての力を使ってビュリードを突き飛ばすと、自分の服が少しはだけている事など気にも留めずに病室から飛び出していった。

 どうして俺が急に女体化したのかはわからなかったが…ビュリードのあの目を見てすぐに理解した。

 ——恐らく自分の意思とは関係無しに、俺が新たな“色欲の悪魔”に成ろうとしているんだ。ビュリードのあれは、異性を惑わす力に影響されたのだろう。


「あたっ!?」

「いてっ!!」


 無我夢中で走っている最中、突然目の前に人が出てきてぶつかってしまい、空中に資料らしき沢山の紙が舞う。


「痛た…大丈夫ですか!?」

「…アリリ!」


 ぶつかったにも関わらず、俺の方へ心配そうに駆け寄った人は…騎士団総団長のアリリだった。


「えっ…あの、どちら様?」

「お、俺だよ!シンだよ、フェリノートの兄!」

「あっ、兄って…どう見ても女の子じゃないですか」

「色々あって女になっちゃったんだ!頼む信じてくれ!!」


 俺は縋るようにアリリに告げる。

 数週間前は説教していた俺が、まさかこんな形で頼ろうとするなんて…屈辱というか皮肉というか。


「——嘘をついている訳ではなさそうですね…わかりました、信じます」

「本当か!?」

「まぁ異世界であれば何が起こっても不思議ではありませんからね」

「はぁ…ありがとうアリリ」

「いえいえ!ですが流石にここだとアレな上に、君のその格好だと目立つので場を変えましょうか…あ、拾うの手伝ってください」

「あ、ああ…」


 俺は改めて自分の格好に目を向けると、死装束みたいな病人服に加え、下半身が血で赤黒く染め上げられていた。確かにこんな格好の女が居たら目立つな。

 俺は早急に移動するべく、思うところがありながらもアリリと共に落ちた紙を拾い上げると、団長室へと駆け込んだ。

 団長室は落ち着いた色味に歴代の総団長の顔写真——まるで、学校の校長室みたいな雰囲気だった。

 顔写真の中にはカナンの凛々しい顔も当然あり、一番新しいアリリの顔写真は…なんかプリクラで盛ったみたいに悪い意味でキラキラしていて、歴代で最も浮いていた。


「さて、話をする前にひとまず着替えですね…私の服しか無いんですけど」

「俺の服は無いのか?この部屋には無くても、気を失ってる間にこれに着替えさせられてるんだからある筈だぞ」

「それはそうなんですけど、折角女の子になったんですからそれっぽい服を着てみましょうよ」

「ふざけんな。俺は望んでこうなった訳じゃないんだぞ」

「むぅ…仕方ありません、持ってくるので待っててくださいね」


 納得いかない表情をしながらも、アリリはそう言って団長室から出ていき、俺が着ていた服を探しにいった。

 ——全く…あのアリリの能天気さというか空気の読まなさというか、本当にどうにかならないのか?まぁでもなんだかんだ持ってこようとしてくれてる事には感謝しなきゃな。


「お待たせしました」

「早いな」

「本当に偶然君の服を持ってた人が通りかかったので…はい」

「ありがとうな」

「あ、でもちょっと待ってくださいね。ここで着替えるのはなんの問題も無いんですが…流石に下着が汚れたままというのは嫌ですよね?」

「…まさか」


 俺は嫌な予感がしたが、今の俺のパンツは血で赤黒く汚れており、これをずっと履いたままというのは気持ち悪い。下着も変えられるのなら変えたいところだが…アリリが持ってきた下着は案の定、ブラジャーと女物のパンツだった。


「不本意とはいえ、女になったのならせめてブラくらい付けないと」

「パンツはともかく、ブラジャーなんて要らないだろ」

「要りますよ、超重要ですよ!君の場合はそれなりに大きいので余計に!」

「…そうなのか?」

「はい!胸が揺れたりとか、そういう痛みから優しく包んでくれるのがブラなんですよ」

「へぇ…てっきり形を良く見せる為かと思ってた」

「まぁそれもありますけど…とにかく女性にとってブラは必要不可欠なんです!」

「わかった、わかったから!付ければいいんだろ!」


 俺は面倒くさそうに言ってアリリから下着を受け取ると、病人服と汚れた下着を脱ぎ捨てる。仮にも体は女体化しているので当然ではあるが、今の俺の股間には男性器はなく女性器があった。

 改めて俺は女になってしまったのだと何ともいえない気持ちになりながらも新しいパンツを履いて、当たり前だが人生初のブラジャーを付けようと試みる、が…。


「あれ、くそ…どうやって付けるんだこれ」

「ああやりますよ」

「ごめん、頼む」


 ブラジャーを付ける事を任せると、アリリは慣れた手つきで一瞬にしてパチンと付ける。女って凄いな…フェリノートも、こんな事を毎日何気なくこなしてんのか。

 ——俺が女になって帰ってきたら、フェリノートはどんな反応するんだろうか。わかってくれるか、それとも別人扱いされてしまうんだろうか。


「はいっ」

「あ、あぁ…ありがとな」

「いえいえ!」


 アリリに感謝を伝えた後、俺は自分の服に着替える…が、ズボンは元々無理やり履いて伸びていた事もあって難なく履けたが、上半身のTシャツはブラジャーをしているとはいえ胸がそれなりに大きくなっているため少しキツくなっていた。

 その上からはパーカーを羽織れたが、胸のせいでジッパーを閉じる事は出来ず、胸とTシャツの柄をより強調させてしまっている。


「むぅ…元々は男なのに羨ましい…」

「俺としては嬉しくないぞこれ…動く時に支障は出るだろうし、服もキツいし」

「嫌味じゃないですか」

「もう何だっていいよ…はぁ」


 ブラジャーも付けて、パンツも女性用、胸もちゃんとあって、男性器は無くなり、声も…どこからどう見ても女でしかない事実に、俺は思わず溜め息を吐いた。

 もはや男である要素の方が少なくなってしまった…強いて上げるなら口調と心だけで、今の俺は完全に“オレっ娘”だ。


 だが、これはある意味“チャンス”なのかもしれない。フェリノートは俺と一緒にいる事が幸せだと言っていたが、俺にとってそれは嬉しくはあるが、望ましくないのだ。

 俺は幸せになるべきではない…俺が幸せになるくらいなら、フェリノートが俺の分まで幸せになるべきなのだ。俺の望みは、フェリノートが兄という存在を必要としなくなる事だ。


 シン・トレギアス…フェリノートの兄が実質この世から消えてしまったも同然となった今だからこそ出来る事がある。


「…アリリ、あんたにしか頼めない事がある」

「はい?」

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