第73話 褪せないキモチ
世間体では真夜中と示される時刻。
辺りは国王即位を記念したイベントの後片付けを行なっており、屋台や装飾などが散乱していた。そんな中、わざわざフェリノートを家に置いてまでここに出向いた訳は…。
「お前さんはさっきの…」
「ああ。景品の件に関しては感謝しているよ」
「気にすんな…どうせ売れねぇ品だ。ほら見ろ、お前さん達が行った後も結局誰もやろうとすらしてくれなかったよ」
射的の店主は大きな箱の中身を俺に見せてきた。その中にはフェリノートが貰ったソフビを除いた、棚に置かれていた景品全てがまるでゴミ箱に捨てられたゴミのように雑に収納されていた。
「良いのか?こんな雑に扱って」
「——娘の苦しみも知らずに作ったもんなんざ、無くなっちまった方が良い」
「“娘の苦しみ”って…やっぱりあんた、過去に何かあったんだろ」
「人間誰しも過去には何かしらあるだろ…お前さんはさしずめ、俺の過去を聞きにわざわざ彼女さん置いて戻ってきたっちゅー訳だな」
「彼女じゃないが…まぁそういうことだ。一体何があったんだ」
「さっき言った言葉まんまさ…俺は自分の娘が病気に蝕まれてたってのに、それでも自分の趣味を優先したクズ野郎なのさ」
男は片付けを着々と進めていきながら、自身を卑下するような事を言う。
つまりこの箱に入っている景品達は全て、娘が苦しんでいるのを気にも留めずに作り上げた代物ばかりという事か。
この男は自分がクズだという自覚があるから、フェリノートに“優しい人”だと言われた時に“自分の娘には優しくしてやれなかった”という後悔と自分に対しての怒りであんな表情をしていたのか。
「亡くなった娘を追うように妻も自殺した…俺に残ったのは、ローンとコイツらだけだった…だが作られたコイツらに罪は無ぇ。だからせめて、これを欲しいと思ってくれるヤツの手に渡ってほしいって思ってたんだがな…結局選ばれたのは、娘の病気が治った時に渡す為に作ったあのソフビだけだ」
フェリノートが貰ったあのソフビは、この男がいずれ訪れるはずだった娘の病気の回復を祝う為に——娘を想って作ったものだったのだ。
「そんな大事なもの、貰ってよかったのかよ」
「ああ…もう良いんだ。結局渡せなくなっちまったし、墓に置いたところで…今更こんなクズ親からのプレゼントなんざ、嬉しくねぇだろうしな」
「…墓には行ってないのか?」
「どの面下げて行くってんだ、俺は娘を見殺しにしたも同然なんだぞ…!?」
「だからって墓参りにすら行かないのは違うだろ…!」
「うるせぇ!!綺麗事言いやがって…そんな簡単に割り切れる訳無ぇだろ!?お前さんみたいな青二才が、知ったようなクチきいてんじゃねぇ!」
男は俺の胸ぐらを勢いよく掴み、怒りを露わにして叫ぶようにそう言った。
娘が亡くなって、妻が亡くなってからどれくらいの月日が経っているかはわからない。この男の後悔はもしかしたら、途轍もなく果てしないものだったのかもしれない。
——コイツは俺と似て、ずっと過去に囚われているんだ。
「——俺だって、目の前で大切な人が死ぬ瞬間を見てきた」
「あ…?」
「一人に限っては罪を犯して、俺が終わらせた事だってあった」
「…!?」
「でもみんな、最期の一言が俺に対する謝罪だった…俺は別に許してない訳じゃないのにだ…」
「…」
「“さよなら”を言えないのは、とても悲しい事だから…例え相手が望んでいなくても、言葉を交わせない墓石だとしても…せめて別れくらいは告げてあげてほしいんだ…!」
俺はそう言って懐からフェリノートが貰ったソフビ取り出し、徐々に胸ぐらを掴む力が弱まってきている男の胸元に押し当てる。
「お前…何でこれを」
「このソフビはあの棚で一番輝いてた…だからあんたと何かしらあると思ってこっそり持ってきた」
「…いいのかよ、彼女さん悲しむぞ」
「俺から言っておく。だからあんたはこれを娘さんの墓に持っていって、ちゃんと愛していた事と、別れを告げるんだ」
「…わかった」
男は自身の胸に押し当てられたソフビを受け取ると、そのまま何処かへ走っていった。その父親の背中を見届けた後、俺はあの男の代わりに後片付けを済ませて帰ろうとした…その直後だった。
「…君は本当にいつも健気だな」
「!?」
よそ見をしていた訳でも油断していた訳でもないのに、いつの間にか俺の真隣に女が立っていて、耳元でそう囁いた。
声のトーン的に敵意が無いのは感じ取ったが、あまりにも突然現れたかのようだったため思わず剣を引き抜いて構えてしまった。
——というかこの女、どこかで見た記憶が…。
「まだ男なのにもう可愛らしいじゃないか」
「あんた…何者だ?」
「——シン・トレギアス、と言ったら…信じるか?」
女は俺と全く同じ名前を名乗った。しかし少し微笑んでいるあたりから察するに、俺を困惑させる為の嘘なのだろうが…どうして俺の名前を知っているんだ?
大体、自分で言うのもアレだが“シン・トレギアス”なんて不吉な名前、この世界で俺だけだろうし。
「…それで、俺に何か用か」
「——君はいずれ、“嘘”を好むようになる」
「は?」
「嘘で自身を塗り固め、自分自身を保とうとする…」
「何を言ってんだあんた…?」
「フフ、私はね…君の——」
「ちょ、ちょちょちょっとシンさん!!なに公共の場で剣なんか構えてんですか!」
謎の女の言葉は、何の前触れもなく駆けつけてきた者によってかき消され、俺は若干腹を立てつつもその者——ビュリードを睨みつけた。
「いや…そこに不審な女が——あれ?」
俺は弁明しようと女の方に指をさしたが…肝心の女は音もなくいつの間にか姿を消してしまったようで、指さす方向にはイベントの後片付けに使われているであろう箱しかなかった。
「え…何言ってるんですかシンさん」
「本当だって!さっき俺の前に変な女が」
「——最初から女の人なんて居ませんでしたよ?」
「…え?」
俺はビュリードの発言に耳を疑った。
最初は単純にビュリードの確認不足なんじゃないかと思ったが、よく考えてみればあの女は現れた時も去った時も一切の音も前触れも無かった。
——まさか、幽霊の類か?
「だから、シンさんが一人で急に剣を構え始めたんですよ?」
「…俺にしか、見えてなかったのか?」
「まぁとにかく、一応まだ人が居るんですから気をつけてくださいね」
「あ、あぁ…うっ!?」
ビュリードの言葉に少し納得がいかなかったがひとまずあの女は幽霊だったという事にして頷いた直後、突然耐えられないくらい…腹の調子が悪い時とかそんなのは比じゃない程の腹痛に加え、少しの吐き気に襲われ、俺はその場に蹲ってしまった。
「ちょ!?シンさん!!大丈夫ですか!?」
「うっ…ぁあああっ!!何だ、この痛みはッ…!?」
「お腹?!お腹が痛いんですね!?」
「はぁ、はぁ…いっ…ぁ…フゥッ…!」
「えぇっとどうしよう…ひとまず本部の救護室に…!」
ビュリードの慌てる声を最後に、俺は痛みがあまりにも酷すぎてまともに喋れないまま、その場でぷつんと意識が途切れてしまった。
◇
「——悪ぃな、遅くなっちまって」
男は一人でに呟く。
「お前は俺に会いたくねぇかもしれんが…せめて別れくらいは告げようって思ってな。遅過ぎるのはもちろんわかってる…だが、ようやく決心がついたっつーかさ。ずっと病室で一人は寂しかったよな…一度くらい、会いに行ってやればよかったな…お前がもし退院したら、渡そうと思ってたモンがあるんだ…今更渡されてもって思うかもだが、お前のために作ったんだ——そうだ、他の誰でもない、お前の為に作ったんだよ………!なのに…ずっと渡せなくてすまない…!ちゃんとお前を愛してやれなくてすまない…!もっとお前と飯食って、抱っこして、一緒に笑って…そんな当たり前で幸せな日々を過ごしたかった…全部俺のせいだ…!」
男は涙ながらに墓に埋められた自分の娘に向かって、そう告げた。