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第68話 無我夢中、帰還せし救世主。

 アーシュ君とナギノくんがそれぞれ自身の出せる全力全開を以て、全ての元凶であるグラトニーに立ち向かう。

 アーシュ君は金色の光を発し、蒼白の炎を纏わせて最大まで力を解放した勇者の剣を、マルールちゃんを苦しめたグラトニーに向けて大きく振り下ろした。

 ナギノくんは固有結界を展開し、無数の蔦や枝を触手のように操ってグラトニーを貫こうと繰り出す。


「君達の攻撃なんて、よそ見してても効かないよ」

「何ッ…効いてねぇ!?」

「そんな…!このっ!!」


 グラトニーはあろう事かアーシュ君の渾身の剣を指2本で受け止め、ナギノくんの繰り出した触手のような蔦と枝は氷で固めて動きを完全に封じていた。

 ナギノくんは負けじと次々と繰り出していくが、それら全ては虚しくも凍らせられてその上から氷で二重に固められてしまう。


「雪女と呼ばれるほど氷属性に長けたボクが、炎に対して対策していない訳が無いじゃないか?」

「対策のしようが無ぇだろ…氷は炎に溶ける、それが物理法則ってもんだろ?!」

「無くなってしまうのならまた作ればいい…簡単な話だろう?」

「だったら何度でも溶かして、テメェの魔力を枯渇させてやる!!」


 そう言って、アーシュ君は自身に纏わせている炎の火力を底上げすると、グレイシーを蹴って一瞬よろけさせ、その一瞬の隙を突いて剣を何度も振り回して氷を溶かしつつダメージを与えようと試みる。

 しかし、その攻撃がグラトニーにダメージを与える事は無く、すべて指2本で受け止められてしまった。


「無駄だよ。ボクの魔力は底が無いからね…人間とは違って、属性魔術を行使するにおいて魔力消費はゼロだ」

「何!?」

「それに、君は知らないのかい?氷は溶けたら…何になると思う?」

「ッ!?」


 グラトニーの問いの意味に気付いたアーシュ君は距離を離そうとするが、たった指輪2本で止められていた剣がアーシュ君の腕ごと氷で固められてしまい、身動きが取れなくなってしまっていた。

 しかしアーシュ君は身体に炎を纏わせている為、氷は一瞬にして溶けた——が、その溶けた氷は水となり、アーシュ君の炎を消化してしまった。


「どんなに火力が高くても、水を掛けられちゃ炎は消えちゃうよね…それが物理法則ってもんだろう?」

「クソッ…この野郎…!」

「その顔良いね…今にも殺したいほどボクを憎悪しているのに、歯が立たなくて何も出来ないその悔しそうな顔!!ギャハハハハハ!!!」


 全力を出し過ぎて魔力が枯渇してしまったのか、何も出来ずに地べたに這うアーシュ君の髪を掴んで持ち上げ、その悔しさと憎悪の入り混じった表情を見て、グラトニーは心底楽しそうに…そして狂気的に笑う。

 ——これが、悪魔…。


「さて、次は君だ…ドラゴンテイマー」

「っ…!」


 グラトニーはそう告げてアーシュ君の顔を地面に叩きつけると、目線をナギノくんへと向けた。


「くっ…!」

「君は植物達とドラゴンしか操る事が出来ないのかい?それはとても…つまらないね。それにこんな見かけ倒しみたいな固有結界、ボクの前では無意味さ」


 そう言って、グラトニーは指をパチンと鳴らして腕を上に掲げて勢いよく下ろす。するとナギノくんの固有結界そのものが凍り、やがて全て跡形もなく砕かれてしまった。


「そんな…固有結界を破られるなんて…」

「そもそも人間が悪魔を戦うなんて事が愚かなんだよ——ましてや、契約以外で人間如きに手を貸すなんてもってのほかだよ…!!」


 グラトニーは怒りに満ちた声で叫ぶと、今度は私の方に目を向ける。その眼光は鋭く、私の恐怖心を更に煽り、それこそ身体が凍らされてしまったかのように動けなくなってしまう。


「ッ…!」

「死んだフリしてないで、早く出てきなよハティ…じゃないとフェリィが死んじゃうよ?」

「は、“ハティ”って何なの…?」

「——かつてシンと一緒にボクを退け、そして…シンと契約した悪魔のことさ」


 グラトニーは私にそう告げた。

 ——お兄ちゃんが悪魔と、契約だなんて。でもグラトニーを一緒に退けたって事は、きっとお兄ちゃんの仲間だったんだよね…?


「お、お兄ちゃんと契約した悪魔の名前を、何で私に…!?」

「何でって…願いの対象が君だからさ」

「え…私!?」

「考えてみなよ、シンが私利私欲で契約なんてすると思うかい?」

「た、確かに…」


 グラトニーの言葉に私は妙に納得してしまい、思わず深く頷いてしまった。お兄ちゃんは良くも悪くも、あんまり欲が無いというか…いや、今はそんな事どうでも良い。


「おっ…お兄ちゃんをどうしたの!?あのお兄ちゃんが、何もせず避難なんてする訳無いよ…!」

「そうだよねェ…シンがフェリィを置いて居なくなる訳が無いもんねェ…それこそ、死んでもないと…ね?」

「え………嘘……」


 私はグラトニーから告げられた言葉に、絶望のあまりその場に膝をついて崩れてしまった。

 ——お兄ちゃんが、死んだ?


「キャハハハハハハハハ!!!その顔だよ!!ずっとその顔が見たかったんだよ!!長い時間を掛けてゆっくりと育まれてきた絆、そして互いを想い合う兄妹…その片方が本当の意味で居なくなった喪失感!絶望感!!ぁああ堪らないッ!!」


 目の前でグラトニーが心底気分が良いからか甲高い声で笑い、長い時間を掛けて漸く達成された喜びを噛み締めている声が聞こえてくる。

 ——お兄ちゃんが死んだ。死んだ…しんだ?お兄ちゃんがシンだ…あはは、何を言ってるんだろ、そんなの当たり前だよ。お兄ちゃんの名前は“シン”なんだから。あはは…ははは………はぁ……ぁあああああああ!!!


「でも…その顔を見たらボクはもう大満足だよ!それじゃ…バイバイ、あの世でも仲良くね」


 グラトニーは私にそう告げると、懐から禍々しい鍵のような剣を取り出して、私に向けて振り下ろしてきた。

 私は抵抗せずにそっと目を閉じ、死を覚悟する——ここで死ねば、お兄ちゃんに会えるんだ。アーシュ君にはあんな偉そうな事言ったけど…今なら、あの時の気持ちがわかる。

 ——死んだって事は、もう2度と会えないって事なんだ。



 ………………



 そして金属と金属がぶつかり、鈍い音が響いた——しかし、身体に痛みは感じなかった。私は目を開けて何が起こったのかを目に映すと、そこには。


「ハァ…ハァ…よそ見すんなっつったよな」

「アーシュ君…」


 私の目の前にはボロボロで魔力も枯渇しているにも関わらず、グラトニーの攻撃から私を守るアーシュ君の姿があった。


「君はボクに勝てないよ…さっき本気を出しても意味無かったの、気付いてない?」

「だからって…目の前の仲間を見殺しに出来るほど、俺は腐ってねぇ…!」

「——いつまで勇者を気取ってる気?」


 グラトニーはそう告げた途端、アーシュ君の握っていた勇者の剣が氷のように砕け散った。

 ——武器が破壊されて驚いているようだったアーシュ君はそれでも引き下がる事は無く、依然として私を守るようにグラトニーの前に立ち塞がった。


「君が持っていた剣はね、ボクが本物そっくりに作ったレプリカさ…いずれこうして敵対するのを想定してね」

「じゃあ俺があの剣の力を解放出来てたのは」

「あれもボクが勇者の力を再現してみただけさ。ボクはね、君達がこの王国から脱出する時に何かしら“印”を付けているのさ…例えばフェリィなら虫を寄生させ、君にはその剣を持たせて…」

「俺のはともかく、フェリィのは何の意味が…!?」

「もしボクの身に何かあった時の“切り札”さ…まぁ、切り札というより保険のような感覚だったけどね」

「——まさか、フェリィの身体に乗り移るつもりだったのか!?」

「そ。でもやっぱりボクが人間如きに負ける訳が無いし、些か無駄だったような気がするけどね…さて、おしゃべりはここまでかな。二人とも今度こそ終わりだよ」


 そう言ってグラトニーは勝ち誇ったように笑うと、鍵のような剣を私達に向けて振り下ろしてくる。

 アーシュ君は炎属性の魔術を発動して抵抗を試みるが、やっぱり人間の魔術では根本から異なる魔力を持つ悪魔には敵わないようで、グラトニーが少しも怯む事は無く、私たちを殺すべく振り下ろされている刃が刻一刻と迫ってくる。

 ——やっぱり、人間がどんなに抗っても悪魔には勝てない…アーシュ君は諦めず抵抗しているけれど、結局意味を成してない。もう、終わりだ。

 

「終わりじゃありません!!!」


 突如聞き覚えのある声が聞こえ、その直後に金属同士がぶつかり合う鈍い音が響きわたる。


「な、何なんだ君は…!?」

「なんか私の事を知らない人多くないですかね…私は騎士団総団長、アリリ・イルシエルです!以後お見知り置きを!!」


 自己紹介を終えると、アリリはグラトニーとの鍔迫り合いの末に力押しして吹き飛ばした。


「アリリ…どうして?!」

「事情は後で説明します!ですがその前に…ごめんなさい!カッとなってみんなに酷い事を言ってしまって…!」

「え…?」


 アリリはあろう事か、私達に深々と頭を下げて謝罪してきた。意外な行動に、私もアーシュ君もきょとんとしていた。


「確かに私は前世から今に至るまで、苦労とは無縁の日々を送ってきました…そんな私がみんなを諭すなんて烏滸がましいのはもちろん理解しています!」

「アリリ…」

「でも…だからって、苦しんでいる人を見過ごす事なんてしたくないから…!偽善者だって言われようが、私は人々に手を差し伸べたい!」

「何をさっきからゴチャゴチャと…君みたいな想定外の者は耳障りなんだよぉッ!!」


 アリリが自身の決意を告げた後、痺れを切らしたグラトニーが怒りの声を上げて氷柱を一斉に放ってきた。アリリは“本物”の勇者の剣を構えるとグラトニーへと向かっていき、飛んでくる氷柱をまるで未来予知でもしていたかのように簡単に避けて距離を詰めていく。

 そして距離を刃が届く範囲まで詰めると、自身の持つ勇者の剣で魔法陣を描いて突撃していく。グラトニーは氷の壁を形成して攻撃を防ぐが、アリリは何の迷いもなく勇者の剣でそれを貫く。


「フフッ、どうやらボクには届かなかったみたいだね?」

「——それはどうでしょうか?」

「何?」


 すると突然氷の壁に魔法陣が浮かび上がり、グラトニー側に向けて魔法陣と剣先から光線が放たれ、グラトニーは直で光線を食らう。


「ぐぁああああ!!!」

「——君が人間じゃない事くらいお見通しです…さしずめ、悪魔と言ったところでしょう。悪魔の魔力はほぼ無限に近い上、人間の持つ魔力とは異なったエネルギーの為、普通の人間には魔術で悪魔に対抗する事は不可能」

「そうだ…その筈だ!!なのにどうしてボクは…!」

「君が形成した氷の壁から、悪魔の魔力を抽出して私の魔術として繰り出しただけです。普通は難しいんですが、氷は固形ですからね…抽出は非常に簡単です」

「そ、そんな落とし穴がッ…!」


 先程まで喜びと狂気に満ち溢れて居たグラトニーの表情が、アリリと対峙してから一瞬で怒りだけに満ちた表情へと変貌する。


「君がどんな氷魔術を使ってこようと、私がそれを自分の魔術ものに変換してお返しするだけです。これ以上続けても無駄です…素直に負けを認めてください」


 アリリはそう告げながら地べたを這うグラトニーに歩みを寄せると、そのまま刃の先を向けて脅す。

 私の知っているアリリとは違って、まるで氷のように冷たいその表情は、遠くで見ている私ですら怯えさせた。

 ——これが、異世界転生者の力。


「クソッ…まさか本物の勇者がこんな短期間に現れていたなんて…しかもよりによってボクと相性の悪いパターン…ぁあああ!!」

「そうです、君と私とでは相性が悪いんです。だから」

「諦める訳無いだろう…?都合の悪い事があるのなら、この世から消して仕舞えばいい」


 グラトニーは不敵に笑うと、手に持っていた鍵のような剣を天に掲げる。すると鍵先から禍々しい閃光が放たれ、玉座の間の天井を貫いて空に巨大な穴のようなものを出現させる。

 そしてその穴に誘うように、辺りに強風が上に向かって吹き荒れ始め、私達は身体を持っていかれないように近くの柱にしがみついて耐える。


「なっ…何ですかあれは!?」

「これはかつて、神が罪人を地獄へ強制送還する際に使用されていたとされる鍵さ」

「て事は、あのブラックホールに飲み込まれたら地獄行きって訳かよ…!!」

「そ、そんな…ん?」


 ふと、私がずっと握っていた黒い剣に埋め込まれた宝石が未だかつてない程に激しく発光している事に気付く。そして何故か私だけ吸い込まれていないようで、柱から恐る恐る身体を離してみる。

 ——風は強いけど、確かに身体が持っていかれそうにはならない。まるで自分が風をもろともしないくらい体重が増えたみたい。


「ギャハハハハハ!!!アリリとか言ったっけ…君のような危険分子はここで退場だよ!!」


 アーシュ君もアリリも、耐える事に精一杯でグラトニーには太刀打ち出来ない…まるで、私に戦えと告げているみたいだ。

 ——私が、やるしかないんだ。


「やぁあああああッッ!!!」


 私は走っていき、油断のあまり隙だらけなグラトニーに剣を振り下ろして、さっきアリリがダメージを与えた箇所を更に斬りつけた。


「ぐぁあっ!!な、何故動けるんだ…この状況で!?」

「わかんない…けど、今戦えるのは私しか居ないから…!お兄ちゃんとマルールちゃんの仇は、私が取る!!」


 そう叫んで私はグラトニーに再び斬りつける…が、流石にそう簡単にはいかず、アーシュ君と同じように指2本で刃を捕らえられてしまう。

 しかし私は、まるで覚えているかのように身体を動かし、即座に先程斬りつけた箇所を足で思い切り蹴り飛ばした。


「ぐぅうっ…やっぱりフェリィの中で生きてるんだろ、ハティィイイイイ!!!」

「——あまり表に出たくはなかったんだがな…シンとの契約に従って、フェリノートを死なせる訳にはいかないんでな」


 突然、グラトニーの問いかけに答えるかのように私の口が勝手に動き、そう言った。

 ——まさかこれが、“ハティ”…?


「人間に毒された、哀れな悪魔が…!」

「はぁ…貴様はまだわからないのか。いや、受け入れたくないのか?」

「何の事だ…まさか、ボクは人間に勝てないとでも!?」

「さぁ…どうだろうな。自ずと分かる」

「君のそのすましたような態度は昔から気に食わないんだよ…フェリィと共に死ねッ!」


 グラトニーは怒りの声で叫ぶと、本気を出したのか玉座の間全体に氷を張り、相手にとっては不利で自身にとっては有利な環境に作り変えると、氷柱と獣の顎のようなものを形成し、それらを一斉に私に向けて飛ばしてくる。


「——人間如きに本気を出すなど、本心を曝け出しているのと同等ではないか…すまないなフェリノート、人格を君に戻すが、身体だけは借りさせてもらう」


 ハティが私の声でそう言った後、身体の自由が戻ってくるような感覚になり、顔の表情を自由に動かせるようになった。

 ——“身体だけは借りる”って言ってたけど、その割に身体も自分の思い通りに動く。

 そして氷柱達が私に向かって飛んでくると、グラトニーを咄嗟の判断で蹴り飛ばした時のように私の身体が勝手に動き、慣れた剣裁きで氷柱を斬り砕いていき、獣の顎は床に氷が張られて滑りやすくなっているのを利用し、まるでフィギュアスケートのように優雅に滑り、華麗に躱していく。


「す、すごい!何か私が手慣れてるみたいな感覚!」

「ちょこまかと…でもボクにだけ集中してて良いのかな?」

「えっ…?」


 グラトニーの唆しに引っかかり、私は辺りを見渡す。すると柱にしがみついて強風に耐えていたアリリとアーシュ君が、氷が張られた事によって滑って地獄への穴へ向かって飛ばされてしまっていた。

 私は助けようと滑って向かい、手を伸ばそうとした直後、グラトニーがその隙を狙って氷柱を飛ばしてくる。咄嗟の回避が間に合わず擦り傷を負ってしまい、私は体勢を崩してその場に転んでしまった。


「アーシュ君!!アリリ!!」


 二人は空中へ投げ出され、何も出来ずにされるがまま、穴へと吸い込まれていく——その瞬間、謎の魔物がアーシュ君とアリリを攫っていき、その魔物はこちらへ向かって飛んできた。

 徐々にその魔物の姿が鮮明になっていき、私はそれが見覚えのあるドラゴンだと気付く。


「——ナギノくん!!」

「フェリノート!ここはひとまず撤退しよう!僕の手を!」

「ボクが逃すと思う?」


 …が、当然そんな易々と逃してはくれず、グラトニーは私に向けて伸ばされたナギノくんの手を氷柱で貫いた。


「ぅぁああああああああ!!!」


 貫かれた箇所から真っ赤な血を流し、痛みのあまりナギノくんは叫ぶ。痛覚を共有しているのか、ナギノくんが使役しているドラゴンも痛そうに吼えると、空中で暴れた後にそのまま地面へと倒れてしまった。


「ナギノ!!テメェ…この野郎!!」

「気持ちはわかりますが抑えてくださいアーシュ!このままドラゴンから離れても、今度こそ地獄送りになるだけです!」

「クソッ…クソォオオ!!」

「あーあ、痛そうだねえ。完全治療クーア・アスクレピオスでもする?…あぁ、憶えてないか」

「——どうしてこんな事が出来るの」


 強風が吹き荒れる中、私は思わずグラトニーに問う。誰かを傷つけて、人の苦しんでいる顔を見て笑う…そんな事がどうして平然と出来るのか、不思議で仕方なかった。


「ボクはね、今この瞬間を迎える為に長い時間を掛けてコツコツと準備してきたんだ…努力が実る瞬間は、誰だって嬉しいだろう?」

「こんな誰も幸せにならない事に、何が努力なの!?」

「つまらない日々に刺激を求めて何が悪い?」

「悪いに決まってるよ!!自分の自己満足の為に他人を苦しめて、悲しませて…そんなのが許される訳ないでしょ!?」

「別に許されるつもりは無いよ…ボクは悪魔だからね」

「悪魔とか人間とか…そんなの関係無いよ!他人を悲しませる事なんて…絶対駄目だよ!」

「——フェリィさ、中でハティがカバーしてくれてるからって調子に乗り過ぎだよ」


 グラトニーは静かに怒りを感じるような声で告げると、まるで怒りをそのまま形にしたかのような大きな氷柱を形成する。

 私は避けようと試みるが…いつの間にか足が氷で固められてしまっており、身動きが取れなくなってしまっていた。


「う、嘘…!?」

「終わりだ…フェリィと、哀れな悪魔」


 そう告げ、グラトニーが氷柱を私に向けて放つ。どうする事も出来ず、遂に本当の終わりを覚悟して目を瞑った——その瞬間、黒い剣が宝石だけではなく全体が強く紅く発光し始めた。

 ——その直後、目の前に一筋の流星が落下してきて、その衝撃で周囲に張り巡らされていた氷が全て砕けていった。そして落ちてきた流星は炎の翼を広げ、辺りの気温を上昇させて砕けた氷と私に向けて放たれた氷柱を一瞬にして溶かして水となり、室内にも関わらず雨が降る。

 ——しかし、その炎は水にさらされても消える事はなかった。


「炎の翼——まさかアイツは…!!」

「なっ…どうして君がここに…一体どうやって!?」

「——言ったはずだ…“兄は妹の為なら不可能をも可能にする最強の存在なんだ”ってな…!」


 その言葉と声は、忘れるはずもない。

 不思議な事に、私はその声を聞いただけで終わりだと思っていた絶望が一瞬にして勝利への希望へと変身する。

 ——ずっと…ずっとずーーっと待ち望んでいた声に、私は思わず涙した。


「お兄ちゃん!!」


 私は即座にお兄ちゃんのもとへ駆け出す。お兄ちゃんは私が近付いてくるのに気付くと、炎の翼を解除した。そして私は心のままに従って抱きついた。


「——待たせたな、()()()()()()

「…やっと私の名前、呼んでくれたね」


 私は久々にお兄ちゃんに優しく頭を撫でられながら、ようやく名前を呼んでもらった事に、こんな状況にも関わらず、思わずはにかんで笑ってしまう。

 この一瞬だけで、今までの全てが報われたような気がした。

 

「これ、お兄ちゃんのでしょ?」


 中に居るハティさんに“渡してやれ”と言われたような気がして、私はお兄ちゃんに黒い剣を差し出した。


「…なるほど、そういう事か」

「ふぇ?」

「何でもない、ありがとうな咲…フェリノート」

「今“咲薇”って呼びかけた!!」

「ごめんごめん、まだ癖でさ…これからはちゃんと名前を呼ぶから…な?」

「もー…わかった、感動の再会に免じて許してあげる!」

「…ありがとうな、フェリノート」


 お兄ちゃんは戦いの場にも関わらず、微笑みながら私の頭を優しく撫でた。

 ——そんなに日が経っている訳でもないのに、このやりとりが懐かしく感じる。


「何呑気に感動の再会しているんだ…ふざけるなァァァァア!!」


 そんな私とお兄ちゃんのやりとりに、グラトニーが水を差す。


「…フェリノート、隠れてろ」

「うん、わかった!絶対…勝ってね」

「当たり前だ、だって俺は…異世界でいっちばん強いからな!」


 お兄ちゃんはドヤ顔で私に向かって言うと、懐からもう一本黒い剣を引き抜き、二刀流で構えた。


「——あの時と同じ構図だねェ」

「同じなのは構図だけだ…多くの悲劇を生んだお前を、今度こそ倒す!!」

「純人間の君が、ボクに勝てると思うなァ!!!」


 そしてお兄ちゃんとグラトニーは互いに雄叫びのような声を上げ、互いの武器をぶつけ合った。

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