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第66話 空虚な正義、遺された剣。

「——またルィリアか」


 アリリの告げた名前に、アーシュ君は面倒くさそうにため息をついて呟く。


「“また”って…どういう事ですか?」

「実は君と出会う前、僕達はゴーストタウンでルィリアという人物を被験者とした非人道的な研究についてのレポートを発見したんだ」


 アリリの疑問に、意外にもナギノくんが答える。


「——まずゴーストタウンに行けたのも驚きですが、ルィリアを被験体とした非人道的な研究って…?」

「簡単に言うと、テメェみてぇな異世界転生者に対抗する兵器を生み出す研究だ」

「どうしてそんな研究を!?」

「…テメェ、本当に性別と顔と立場と力のお陰で生きてこれただけの世間知らずなんだな」


 アーシュ君は鼻で笑うように告げる。その表情にはもはや呆れすら感じているようだった。

 “異世界転生者に対抗する兵器を作る”と聞けば、何故そんな事をするかなんて普通に考えればわかる事…それどころか、この世界に生きる者全員が心に留めているはず——それは言わずもがな、この世界に生きる人々が異世界転生者の共通して持ち得る強大な力を恐れているからに他ない。

 アリリがそんな事に気付かないのは本当に世間知らずだからなのか、それとも単純に馬鹿だからなのか…どちらもあり得てしまうから、私も心底呆れる。


「——もちろん、異世界転生者が恐れられている事くらい心得ています」

「意外!!」


 私は思わずそう口に出してしまう。一瞬だけアリリに睨まれたが、すぐに別の方向に目を向けた。


「だったらこの世界の人がこんな研究をしたのは理解は出来なくとも、納得は出来るはずだが?」

「——いや納得も出来ません。確かに私達は異世界転生者ですが…本質は普通の人と同じなのに、どうしてバケモノ扱いされなきゃいけないんですか」


 どこか哀しげに告げたアリリの言葉は、本当にアリリの口から発せられたとは思えない程にまともで、私は思わず頷いてしまった。

 異世界転生者はどんな形であれ、共通してとてつもない力を得てこの世界へ転生してくる。私みたいに強い身分という形もあれば、下手をすれば世界を滅ぼせてしまうほど恐ろしい力だって持ち得るかもしれない。

 ——でも、この世界で生きている人間に変わりはない。


「じゃあ聞くが、テメェは血縁者以外に自身が異世界転生者だと告げた事はあんのかよ?」

「そ、それは…」

「——何が“バケモノ扱いされなきゃいけない”だ。そんな経験は一度も無ぇくせに、結局ただ一丁前な言葉並べただけじゃねぇか」


 核心をつくような問いかけに狼狽えて答えれないアリリにアーシュ君はまるで見捨てるように背中を向けて、目を合わせずにそう吐き捨てた。

 ——ちょっと見直したと思ってたけど、私も前言撤回。


「愛想振り撒いてりゃ許されるどころか寧ろ甘やかされるような生温い環境で生きてきて、差別なんてされて来なかったようなテメェが何ほざいてんだ…まぁ、バカな奴らはそんな上っ面だけの言葉に感化されんだろうよ」

「——ふざけないで…!さっきから聞いてれば何なのよ!?何も知らないくせに!」


 ずっと敬語でどこかスカしていたアリリも、流石に腹を立てたのか本性を現すかのように敬語ではなくなり、声を荒げる。

 ——遂にボロが出たな。


「じゃあ聞くが…テメェは自分の大切な人を殺さざるを得ない状況に陥った事はあったのか?」

「はぁ?何急に…」

「大切で唯一の家族を失った絶望と孤独、行方不明の家族が生きてるか死んでるかもわからねぇ不安を、今まで必死に積み上げてきた努力をどこぞの知らねぇ奴に全て奪われた虚しさと悔しさを——テメェは知ってんのか?」


 アーシュ君が告げた悲しみは、自身と私とナギノくん——そしてカナンさんの経験してきた、もしくは現在進行形で抱えているものばかりだった。

 ——意外だったのは、あれだけ毛嫌いしていたアーシュ君がカナンさんの事を話した事だった。そもそもカナンさんの過去は直接聞いた(途中で寝落ちしちゃったけど)私しか知らないはず。


「し、知らないわよ!そんな悲しい思い、したくないし…!」

「——最後の虚しさと悔しさに至っては、テメェがカナンに味わせた“悲しい思い”だがな」

「人聞きの悪い…どうせそれは私とカナンが総団長の座を掛けて一騎討ちした奴でしょ?!互いの了承があっての事よ!私だって負けたらせっかく入った騎士団を辞めさせられる事になってたんだから!」

「カナンがどんな思いで総団長になったか、どんな思いでテメェとの戦いに臨んだか…知ってんのか?」

「…あ〜、何かほざいてたけど一言も覚えてないわ。どうせ私が勝つし、騎士団のみんなもそれを望んでたし」

「そうか。じゃあフェリィ、ナギノ…行くぞ」


 意外にもアーシュ君はあっさりと返答すると、そのまま廃墟に向かって歩いていった。私もナギノくんも、少し困惑しながらもアーシュ君の背中に着いていき、廃墟へと向かった。

 ——当然ではあったがアリリは着いてこず、逆方向に一人で歩いて行ってしまった。


「アーシュ君、どうしてカナンさんの過去を知ってたの?」

「…実はあん時、俺も話を聞いててな。どうしてカナンが異世界転生者を嫌い、やたら鍛錬に拘るのか…それを知ってから、アイツに強く当たれなくなってな」

「そうだったんだ…」


 今にして思えば、あの夜を明けてからアーシュ君のカナンさんに対する態度が柔らかくなっていたような気がする。当時はお互いの仲間意識が強まったとか、そんな感じだと思ってそこまで深く気にしていなかったけど…まさかあの態度の変化は同情からだったとは。

 カナンさんに対しての感情があったからこそ、それに反比例するようにアリリへの当たりが強くなっていたのか。


「アイツの一言一句全てが気に入らなかったんだ。そこら辺のアニメの名台詞を取って付けたみたいな感じで…なんつーか、重みが無ぇっつーか」

「ちょっとわかるよ、それ」

「アイツはわかってねぇんだよ…大事なのは“同情”じゃなくて“被害者の声”だって事がな——“悪い事はしちゃいけない”?そんな当たり前の事を言って、正義感に浸ってんじゃねぇ」


 まるでアリリに言いそびれた言葉を吐き出すかのように、アーシュ君がそんな独り言を呟く——何だかその言葉が私に向けられているような気がして、逃げるように視線を別方向に向けた。

 かなり広い庭には家族一組入れそうな大きいプールがあり、肝心の家はもはや家というより館に近いほど大きく、白を基調とした清潔感がありつつも神殿のように神秘的に感じる外見。

 そして私はやたら大きな玄関を開けて中に入ろうと試みたが、経年劣化していたからなのか力を入れた途端に扉が破損してしまった。


「あ」

「フェリノート…君、やったね」

「ま、まぁ…出入りしやすくなったって事で…あはは…」


 ナギノくんの言葉に、私はそんな言い訳で返す。扉を破壊してしまったのは申し訳ないと思うけど、もう使われていない上に家主がもう居ないのだから良いでしょ、と思う自分が居るのも事実である。

 そして、私は実家に帰るような感覚でルィリア邸へと入っていった。内装は外部よりも経年劣化が酷く、壁も装飾も全て黒ずんでいた。


「うわぁ…懐かしい!」

「外はそうでもねぇけど、中は随分荒れてんな…マジで火事が起こってたレベルだぞ」

「いや、どうやら実際に火事が起こったみたいだね…ほら」


 ナギノくんは黒ずんだ箇所を触れ、その指に付着した黒い粉のようなもの——炭を私達に見せてきた。


「でも私が昔ここに来た時は既にこんな感じだったよ?」

「なら考えられるのは、フェリィの兄貴がルィリアを殺した時だろうな…もしフェリィの兄貴が本当に俺を倒した“強ぇヤツ”なら、点火イグナイテッドを臨機応変に応用する戦闘スタイルだからな」


 アーシュ君は自身の過去を基に、そんな考察をする。

 この前、お兄ちゃんがルィリアさんらしき人を殺すという夢を見たが、確かに周辺は燃えた後のように黒ずんでいたし、グレイシーさんと戦った時もお兄ちゃんは自分の手に炎を纏わせていた。

 ——もし、かつてアーシュ君を倒したのがお兄ちゃんなのだとしたら…お兄ちゃんはあんな風に苦しみながら毎回戦っているのだろうか。


「その強い人って、どんな感じだったの?」

「第一印象は最悪だったぜ、何せアリリと同じだったしな」

「うわ…それは確かに最悪だね」

「でもあん時の俺は自分が1番の被害者だって思ってたからな…アイツの剣と拳から、何かを感じ取ろうとしなかった」

「——何も感じ取れないと思うよ。もしその人がお兄ちゃんだったらの話だけどね?」

「何でだよ?」

「私、お兄ちゃんを見てて思うんだ。本当に強い人って、善意とか正義とか…そんな気持ちは存在しないって」

「…どうしてそう思うんだ?」

「だって人に優しくする事とか、誰かの為に戦うって事が当たり前だって思ってるから。鳥が空を飛ぶのと、私達が今歩いてるのと同じ感覚なんだよ…きっと」


 私はアーシュ君にそう告げる。

 言葉にしてみるとアリリと同じように聞こえてしまうのがもどかしい。絶対的にお兄ちゃんの方がアリリに比べて辛い人生を歩んでいるだろうけど、私には記憶が無いからお兄ちゃんがどんな過去を経験してきたのかが全くわからない——強いて言うなら、私の事を意地でも“咲薇”と呼ぶ事くらいしか。お兄ちゃんは私に“フェリノート”と修正される度に、悲しそうな…寂しそうな表情をしてやり過ごす。

 ——それでも十分なのかな。


「すげぇな、フェリィの兄貴って…本当にヒーローじゃねぇか」

「ま、まぁ…とにかく、アリリとは根本から絶対に違うっていうかさ」

「わかるよ、それくらいはな」


 アーシュ君とそんな会話をしながら、途轍もなく長い廊下を歩いてようやくリビングに辿り着く。

 ——そして真っ先に私は、あるものが視界に入った。


「あっ、これって!!」


 私はそれを見つけると、真っ先に駆け寄っていった。

 真っ先に視界に入った“あるもの”…それは、かつて私が家出してこの家に隠れていた時、護身用としてこの場所で拾った…埋め込まれた紅い宝石がキラリと光る黒い剣——それが床に突き刺さっていたのだ。確かお兄ちゃんもこれと同じような剣を持っていたような気がする。


「——それは…!!」


 私より少し遅れてこの剣を目にしたアーシュ君が、意外な反応をした。


「アーシュ君、もしかしてこの剣を知ってるの!?」

「知ってるも何も、それは俺を倒した“強ぇヤツ”が持ってた剣じゃねぇか!!見間違える訳が無ぇ…!」

「えっ…嘘!?」


 私はアーシュ君の反応から導き出される結論に、驚愕した。

 まさかとは思っていたけど…かつてアーシュ君を倒した強い人が、お兄ちゃんだったなんて…!

 勇者であるアーシュ君を倒して、雪女であるグレイシーさんも退けて、あまつさえ片手を怪我した状態で悪い人達を退治するって…私のお兄ちゃん強過ぎない?

 ——やっぱり、自分で“異世界で一番強い”と謳ってるだけはあるんだなぁ…でもそれだと尚更疑問に思うのが、そんな強いお兄ちゃんがこの事態に何もせず一人で安全な場所へと避難するのかな——どう考えても、グレイシーさんが嘘をついているとしか思えない。でもどうしてそんな嘘を?だとすればお兄ちゃんは何処に?


 ——そんな疑問は、直接会って聞けばわかる事だ。元よりそのつもりだった訳だし…逃げないでよ、グレイシーさん…!

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