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第57話 弱い涙、もう無理だ。

「厄災って…そんな!」


 アーシュ君から告げられた“厄災”という言葉に、私は驚きを隠せなかった。この状況を見て、実際に経験してきたアーシュ君が言うのなら間違いないんだろうけど…。


「だがどういう事だ!?俺の記憶が正しけりゃ、厄災が起こるのは1年後のはず…!」

「…っ」


 今厄災が起こるのはあり得ない、と困惑するアーシュ君の発言を聞いた後、カナンさんは何故か一瞬だけ私の方を見つめてきた。


「厄災って…止める方法は無いの!?このまままだと僕達はどうなるの!?」

「厄災を止めるには魔王を倒すしか手段は無ぇ、だがもし仮に魔王を倒せず厄災を止められなかったら…この異世界の文明が滅ぶ」

「何ッ…!?」

「だが安心しろ、俺には魔王特効の剣がある」


 そう言って、アーシュ君はドヤ顔をしながら私達に勇者の剣を見せつける。

 かつてアーシュ君はコンティニュー前にこの剣で魔王を倒して、文明が滅ぶほどの厄災を止めた事がある経験者だ。経験者の口から発せられる“安心しろ”と、そんな人が持つ勇者の剣ほど心強いものはない。


「でも、良いの?」

「…俺がやるしかねぇだろ。この場で魔王を倒せんのは、アイツを呪縛から解放してやれんのは、この剣に選ばれた俺だけだからな」


 私の言葉に、ドヤ顔だったアーシュ君は表情を曇らせ、勇者の剣を見つめながら強く握りしめる。

 この場にいる人達はみんな、コンティニュー前とはいえアーシュ君と魔王には数年にわたる交流があった事を知っていた。だからこそ、アーシュ君の決断と本音が真逆だという事に気付いてはいたが…彼の選択はあくまで“世界を救う事”であり、その選択に水を差す事は出来なかった。

 遅かれ早かれ、魔王は文明を滅ぼす厄災を齎す存在…例え親しい関係だったとしても、結局は手遅れになる前に誰かがやらなくてはいけない。その役目を、アーシュ君が全うしようと言うのだ。


「だが問題は、この雨の中どうするかなんだよな〜…しかも」


 アーシュ君は窓の外を眺めながらわざと声色を明るくしてそう言った。

 外は紅い雨が降っている。馬車で行く分には操縦士を除いて雨に濡れる事は無いが…今は厄災の真っ只中、事態は一刻を争う状況である。加えて、外にはあのドラゴンが徘徊している。


「…ドラゴンなら、僕に任せて」

「そっか!そういえばナギノくんはドラゴンテイマーなんだよね!」

「うん!僕があのドラゴンを使役して、一気に魔王の城までひとっ飛びだ!」

「…そうと決まれば、だな!よし行くぞ!」


 元気な声で言うと、アーシュ君は雨の中に飛び出して行った。紅色の雨とはいえ、アーシュ君が何の対策もせずに出て行ったということは、どうやら人体に触れても害は無いらしい。じゃあ紅い意味は何なの?


「待ってよ!僕が居ないと意味ないじゃないか!」


 ナギノくんは、飛び出して行ったアーシュ君を追いかけるように家の外へ出て行った。

 いくら私達側に勇者の剣と経験者がいるとはいえ、仮にもこれから文明が滅ぶかもしれないというのに全くそんな緊張感が皆無で調子が狂う。

 ——多分、それはわざとなんだと思う。実際に手を下すアーシュ君が自身の気分を紛らわす為か明るく振る舞うから、私を含めこの場にいるみんなはそれに合わせているんだ。

 家の外では、雨に濡れながらドラゴンと対面して何かを話しているナギノくんと、いつドラゴンが襲いかかってきても対処出来るようにと警戒するアーシュ君の姿があった。

 私も外に出ようと扉のドアノブに手を掛ける——が、ずっと黙り込んで何も無い方向を見つめるカナンさんが気がかりになった。


「どうしたのカナンさん」

「——姫様は、アーシュが魔王を倒す事をどう思っていますか」

「えっ…それは」


 突然のカナンさんからの質問に、私は少しだけ戸惑った。今までは私がカナンさんに質問をしていた側だったから、何だか新鮮だ。

 この質問の返答は、考えるまでも無い。


「——正直に言うとね、やっぱり嫌…かな」

「私も同感です。これから起こる悲劇を考えると、奴があんな風に明るく振る舞っているのが却って辛いと言いますか」

「そうだね…どうにかして魔王を倒さずに厄災を止められればいいのに」

「——厄災を止めるには魔王を倒す他無い。だから、私は考えたのです」

「まさか…」


 カナンさんの考えは、ある程度察しがついていた。駄々をこねても、神に祈っても、どう足掻いても結局は魔王を倒さなくちゃ厄災は止まらず、やがて文明が滅び——世界は終わる。

 そしてその魔王を倒せるのはアーシュ君だけ。何故ならアーシュ君はマルールちゃんを魔王という呪縛から解放——魔王を倒す事に特化した最強の剣…勇者の剣を持っている。

 ——つまり逆を言えば、勇者の剣さえあれば誰だって魔王を倒せるという事でもある。


「私が代わりに魔王を倒す。そうすればアーシュは私を恨む事ができる。…誰も恨めないから自分を責め続けるという事がどれだけ辛い事か、私は知っていますから」

「カナンさん…」

「加えて、これはスライムに国を乗っ取られる要因を作ってしまった事への贖罪でもあるのです。言ってしまえばこれは勇者の手柄を横取りするようなもので、卑怯なのは承知しています…ですが」

「そんなの絶対駄目だよ!」


 私は大きめの声でそう言って、カナンさんの言葉をかき消す。


「姫様…」

「卑怯とか、贖罪とかそれ以前の問題だよ!確かに出来る事なら魔王を倒すのは嫌とは言ったけど、だからって代わりに倒すなんて…そんなのアーシュ君の覚悟を侮辱してるのと同じだよ!!」

「っ…」

「突然ほぼ一択みたいな選択を迫られて、当然心の中で葛藤したと思うし、何度も悩んだと思う…アーシュ君は勇者として魔王を倒しに行くんじゃない、大切な人を魔王という呪縛から救う為に倒すの」


 私の言葉を聞き、カナンさんは少し前まで私が寝込んでいたベッドに、全身の力が抜けたかのように無言で座り込んだ。

 ——少しだけ、意外な反応だった。てっきり反論したり納得したりするかと思ってたけど、今のカナンさんはなんていうか“疲れて何もやる気が出なくなった”かのようだった。


「——やっぱり、そうですよね。そう言われると思ってました」

「えっ…?」

「私は姫様と共に行動するようになってから、何の戦果も挙げられていないんです。王国を脱出する時も、ドラゴンと戦った時も、姫様をナギノの固有結界から救出する時も…殆どアーシュのお陰なんですよ」


 カナンさんはそのままベッドに寝転んで、一応自分よりも立場が上の私に対して話しているようには思えないような態度でそう言った。

 確かに——とはあんまり言わない方が良いのかもしれないけど、王国を脱出する時は正直に言うとアーシュ君の“炎の翼”しか印象に残っていないし、ドラゴンに関してはその場に居なかったからわからないけど、ナギノくんの固有結界に閉じ込められた時もアーシュ君の千里眼が無ければもしかしたら私はあのまま殺されていたのかもしれない。

 もちろん全く活躍していないという事は無いだろうし、私達の見えない所で努力しているのもわかってはいる…けど、戦闘面においては異世界転生者にして勇者であるアーシュ君の方が、正直に言ってしまうと優れている上に戦績も良い。

 でもそれは仕方のない事だと思う——だって異世界転生者はカナンさん風に言うと“無条件に便利で、理不尽に強い”のだから。


「——薄々感じていました…戦果を上げようと足掻いても、何も無いからと努力しても、結局生まれ持った才能には勝てないんだって」


 私の方を見ずベッドに横たわって天井を見つめたまま、普段であれば絶対に言わないであろう言葉を発した。

 ——その声は、震えていた。

 カナンさんは騎士団総団長という肩書きがあり人一倍責任感が強く、姫様である私を常に見守り、庇うのも総団長としての責任感からだろう。

 だからこそ私を除いて唯一何の特殊能力も持たず、戦闘においては寧ろ足手纏いになっていると感じてしまうのだと思う。だけどそうやって何でもいいから戦果を上げようと神経質になって行動しても、得る物は戦果ではなく“認めたくない事実”だけ。

 

「カナンさん…」

「——私を置いて、行ってください…姫様」

「なっ、何で!?これから厄災を止めに」

「それはアーシュの務めであり、アーシュにしか出来ない事です…私が赴く必要はありません」

「そんなの、正直私だって同じ」

「いいえ…姫様は彼らの戦いを見届け、戦闘後のアーシュを慰める役目があります。ナギノも移動用のドラゴンを使役する為に必要です」

「でっ、でも…」

「無理に私の役目を考えなくて結構です。どちらにせよ、赴いたところでただ醜態を晒すだけでしょうから」

「…そっか」


 どんな言葉をかけても、きっとカナンさんは意地でも魔王の城へ行こうとはしてくれないだろう…そう思った私は、カナンさんを説得する事を諦めて部屋を出て行き、お望み通りその場に置いて行った。

 カナンさんの気持ちもわからない訳じゃない、寧ろこの中では一番知っているつもりだ。

 ——でも…はっきり言って面倒くさい。

 

「フェリィ!随分遅かったな——って、どうした?浮かない顔だが…それにあの団長サマは?」


 ようやく部屋から出てきた私に駆け寄ってきたアーシュ君は、顔を合わせて早々にそんな事を聞いてきた。


「——行かないってさ」

「何でだ?」

「戦果を上げられない自分が行っても無駄だ、だって」


 私はため息混じりに返答する。

 普段あまりしないような表情を私がしたのを見て察したのか、アーシュ君は深くため息を吐いて顳顬こめかみあたりを掻いた。


「——ま、そんな状態の奴を連れて行っても意味無ぇどころか寧ろ逆効果か。そんじゃ俺達だけで行きますかねー」

「そうだね」


 そんなまんざらでもなさそうな会話をした後、私は囂々《ごうごう》と降り注ぐ紅い雨の中をアーシュ君の背中に着いていくように歩いて行く。

 すると段々と見慣れたシルエットに、大きさが桁外れの明らかに人型ではないバケモノのシルエットが見えてくる。


「二人とも!こっちこっちー!」


 見慣れたシルエットはやはりナギノくんで、遠くから私達に向けてぴょんぴょん跳ねながら手を大きく振っている。

 私達はナギノくん達の姿を捉えると、手を振り返して駆けていって合流した。当然カナンさんが居ない事についてナギノくんに聞かれたけど、アーシュ君の時と殆ど同じ返答に同じようなリアクションだった為、省略。


「…にしても、このドラゴン大丈夫?急にアーシュ君に襲いかかったりしない?」


 話にひと段落がつくと、私はもう一つの規格外のシルエットの正体——ドラゴンを見上げながらナギノくんに問う。


「何で襲われる対象が俺なんだよ」

「だってアーシュ君が倒したんでしょ?目の前に自分を倒した相手が居たら排除しようとするでしょ」

「ずいぶん野蛮な考えだな…本当に大丈夫なのか?」


 不安になったのか、アーシュ君は冷や汗を垂らして腕を組みながらナギノくんに問い詰める。


「うん!そこは安心して、ね?」

「ウォオオオオオ!!!」


 ナギノくんが返答すると、それに応えるかのようにドラゴンが雄叫びをあげる——が、前の時とは違って今回のは敵意のようなものは感じなかった。更にそれだけではなく、ドラゴンは翼を大きく開いて私達を紅い雨から守ってくれたのだ。

 ——流石ドラゴンテイマー、こんな巨大なドラゴンをもこの数分で手懐けてしまうなんて、恐るべし。


「さぁ乗って乗って、鱗を梯子代わりに登って!」

「うぉ、これはなかなか…」

「良い運動、だね…!」


 私達はドラゴンの背中に乗る為に均一に生えている鱗を取っ手代わりに掴み、さながらロッククライミングのように——という程高くはないけど、上を目指して登っていく。

 ドラゴンの背中に辿り着いた時には、私が運動不足を極めているからというのもあるけど、汗だくになっていると同時に息が切れてその場にうつ伏せになってしまった。


「うー、しんどいー…」

「お疲れ様!後はひとっ飛びだから、急上昇に備えればもう大丈夫だよ!」

「いやどう備えんだよ、まさかまた鱗掴んでろってか?」

「うん、そうだよ?」

「——俺は構わねぇが、フェリィは大丈夫なのか?」

「う、うん…なんとか」

「…もし無理そうなら、お…俺の身体に掴まれよ」


 アーシュ君は何故か顔を赤くして私にそう言った。確かに自分の身体に掴まられるのは恥ずかしいけど、掴める部分が少ないドラゴンの鱗よりかは信用できるし安心もできる。


「うん、そうさせてもらうね」

「良いのかよそれで?!」

「だって、アーシュ君なら私の身を任せられるから」

「そ、そうかよ…じ、じゃあ出発だ!」

「ウォオオオオオオオオオオ!!!」


 アーシュ君の言葉に応えるかのように雄叫びを上げた後、ドラゴンは翼を大きく羽ばたいて上空に向かって急速に上昇していった。

 一気に身体が持ち上がるような感触を感じ、私は“何かに掴まらないと飛ばされる”と直感し、鱗に掴まるアーシュ君の身体に瞬時にしがみついた。


「ちょっ!!おま…本気かよ!?」

「だって飛ばされたら嫌だもん!」

「そりゃそうだけどよ…!!俺は異性だぜ!?」

「そんな事言ってられないでしょ!」

「ああもうその通りだなチクショウ!!」



 誰も居なくなり、窓に打ちつける雨の音だけが聞こえる静寂の部屋で、女は何かをする訳でもなく天井をひたすら見つめる。


「私達凡人は異世界転生者きさまらを引き立てる為に生きて、戦っているのではないんだ…」


 遂に優しき姫にすら見放された哀れな騎士団総団長代理は、天井を見つめながら誰かに言う訳でもなく独りでそう呟いた。

 不意に、不吉な色をした雨の音の中に聞き慣れた声が聞こえてきた。総団長代理はふと立ち上がって、声のする方向を窓から眺める。雨でよく見えないが…大きなシルエットと、それぞれ大小異なる3人の人影があった。


 ——“本来であれば、あそこに私も居たのだろうか”


 不意に総団長代理はそんな事を考える。彼女としては、敬うべき姫と残酷な運命を背負った勇者に希少な職業を持った少年の“厄災”を止める戦いに同行しない事に後悔していないと言えば嘘になるが…。


 ——“行ったところで私に何が出来る?”


 姫は“私だって行ったところで何もできない”と言った…だがそもそも姫は存在そのものに意味と価値がある。

 しかし総団長代理はどうだろうか。これまで(姫と同行する以前からも)大した戦果も上げられず、何か特殊な能力を持っている訳でも無く、人間関係もお世辞にも良いとは言えない。

 

「…楽しそうだなぁ」


 何をしているかはわからないが、窓の外から聞こえてくる高らかな声に総団長代理は呟く。


 ——“やっぱりみんなと一緒に行こうか”。


 そんな事が頭をよぎる。だがもしそんな事をしようものなら、あの楽しそうな雰囲気を壊してしまうだろう…仮に壊れなかったとしても、自分の言ってしまった事は曲げたくはないというプライドが邪魔をしてきて、足を動かす事が出来なかった。

 ——ふと総団長代理の目に、この街の最奥に隠されていた研究施設から回収してきた研究経過観察日記が映る。

 その内容は、ルィリア・シェミディアという無知な少女に“グリモワール・レヴォル賞を受賞した天才の頭脳”を取り込ませ、異世界転生者に対抗する為の人間兵器を生み出す、という研究——その被験者の状態や考察、それによって得たインスピレーションなどが事細かに書かれている。


「——はは…アハハハハハハハ!!!!」


 騎士団総団長代理は狂ったように笑った。だがその表情はまるで、これから自分の望みが叶うという喜びに満ちているようだった。

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