幕間 苦痛、故に考察。
「うぅっ!!ぁあああああ!!!」
ルィリア・シェミディアの名前を告げた瞬間、姫様は突然叫び出し、頭を押さえてその場に倒れ込んだ。
「ひ、姫様!?」
「おい…大丈夫か!?」
突如絶叫して頭の痛みを訴える姫様に、私とアーシュはいつもと違う事を察して一斉に駆け寄る。そんな中、どうやらナギノは状況が理解出来ずに困惑しているようだった。
…こればかりは仕方のない事なのだろう。何故ならば今この場にいるナギノは、姫様を固有結界に閉じ込めたナギノではないのだから。
「ど、どうしたのフェリノート…!?」
「何が理由で起こるのかはわからねぇが、フェリィは定期的に頭痛に襲われんだ…!だが今回のはいつもよりやばそうだ…!!」
「ううぅっ…!!やば…うっ…!」
頭痛に加え、嘔吐感にも襲われたのか、姫様は口を覆う。アーシュの言う通り、今回の姫様の頭痛は只事では無さそうだ。
「おい!どっか横になれる場所は無ぇのか?!」
「え、えっと…!こっち!」
ナギノは指をさし、休憩できる場所へ案内するべく走り出した。アーシュは抱きかかえようと手を伸ばすが、こんな者に姫様を触れさせる訳にはいかない。だから私が姫様を抱きかかえ、そのままナギノの背中を追って急いだ。
「…くそ!俺達は何もしてやれないのかよ!」
ナギノを追って走る道中、アーシュは姫様に対して何も出来ない事を悔やむかのような言葉を放つ。
…この男も、自分なりに姫様を想っているという事か。そこだけは私と同じだな…だが。
「ここに専門的な知識を持つ者は居ない。無闇に行動すれば、症状を悪化しかねない…!」
「…あの日記、頭脳に関して書いてあんだろ!?だったら頭痛に対しても何か書かれてねぇのかよ!?研究施設なら頭痛薬くらいあるだろ!?」
「仮にあったとしても数年も経過している恐れがある、少なくとも姫様に服用させられないだろう!?」
「…クソッ!!」
心底悔しそうな言葉を発するアーシュ。私だって本当は姫様を今すぐ助けたい…だが先程も言ったように無闇に動いて余計に悪化させてしまったり、そのような事で死なせてしまっては本末転倒…無知な者は出しゃばらず、無知なりに適切な行動を取るべきだ。
…もし私が騎士団の総団長でなかったら、あるいはリゼルベラ家に生まれていなければ、アーシュのように感情的になっていたのだろうか。いや、そうでなかったらさまざま姫様と顔を合わせる事すら無かったか。
「…………」
「…姫様!?」
「お、おい…しっかりしろよフェリィ!!」
突然死んだように意識を失う姫様。声を掛けても一切返答が無い姫様に、私とアーシュは何度も声をかける…が、奇跡は起こらなかった。
「…くっ!!」
奇跡は起こらないが、それでも私はナギノの背中を追ってひたすらに走った。まだ身体は温かい、死んではいない…そう言い聞かせ、可能性はまだあると自分を鼓舞させる。
——何故私はいつも、何も出来ないんだ。
〜
運ぶ途中で意識を失ってしまった姫様を、ナギノに案内された家の中のベッドに寝かせた。すやすやと眠るように意識を失っているのを見るあたり、先程よりかは大丈夫そうに思えるが…いつまた姫様が酷い頭痛に襲われるか不安だ。
「…この度々フェリィを襲う頭痛、なんつーか持病とかには思えねぇんだが」
姫様を心配そうに見つめながら、ふとアーシュがそんな事を私に向けて発言する。
確かに姫様の事についてはデリシオス国王から度々聞いてはいたが、頭痛に悩まされるような持病を持っているという話は聞いたことがない。
「いや、恐らく持病ではない」
「じゃあ尚更これは何なんだよ?まさか偏頭痛とか言い出さねぇよな」
「それは持病の括りではないのか?」
「…うるせぇ」
私の発言に、アーシュは悔しいかのような表情で小さくそう言った。自分で言ったものの、持病ではないとなると姫様がなぜ定期的に頭痛に襲われるのかはわからなかった。
そこで私はなんとなく、この街の最奥にある研究施設から回収した“天才を作る研究”の経過観察日記を改めて読み返す。先程はアーシュに対してあんな風に行ってしまったが、もしかしたらこの日記には何か書かれているかもしれない…そう思い、私はページ一枚一枚を見通してペラペラとめくっていく。すると研究員に関する情報が記載された表が出てきたが、これは今知りたい事と関係が無いのでページをめくろうとした時、一瞬ある名前が見え、私は思わず表のページを見返す。
「なっ…!?」
「なんだ?何かわかったのか!?」
突然驚くようにページを戻した私のリアクションを見て、何かがわかったのだと勘違いしたアーシュはまるで希望を見出すかのような表情で私を見つめてきた。
「残念だが、違う」
「んだよ、思わせぶりな事しやがって」
「違うのだが…この研究員の情報が記載された表の中に、姫様と同じ“トレギアス”という名が見えたのでな」
「トレギアスって…フェリィの苗字と同じじゃねぇか!?て事はフェリィの両親はその極悪非道な研究に加担して…ん?でもフェリィって国王の娘なんだよな?」
「…」
アーシュが抱く疑問には、正直私も思っていた。
だがそれは姫様が本当に国王の娘なのか、ではなく“シンは本当に姫様の兄なのか”だ。性別の違いがあれど、いくらなんでも顔が似てなさすぎる。瞳の色も違ければ、髪の色も異なっている…王家の血を受け継ぐ者は皆、生まれつき統一の明るい髪色をしているが、シンは王家の髪色とは対となるような真っ黒だ。
何かまずい事を言ってしまったと感じたのか、アーシュはその後は何も言わずに黙り込んだ。
「…なぁ、フェリィってもしかして、記憶喪失なんじゃねぇのか?」
少しの沈黙の後、アーシュが突然そんな事を言い出す。
「突然何を言い出すんだ、貴様?」
「いやまぁ…俺が小説とか漫画とかで“記憶喪失のキャラが失くした重要な記憶に関係するものを見て頭を痛める”っつー描写を見た事があったから、もしかしたらって思っただけだ」
「確かに前世の記憶は無いと言っていたが、もしそうだとすれば姫様はルィリアと接点があるという事になるが?」
「でも確かに、フェリノートはルィリアの名前を聞いて頭を痛めたように見えたよ」
「うむ…」
二人の発言に、私は言葉を詰まらせる。
…そう言われると、ルィリアの名を言った後に姫様が頭痛に襲われた事が偶然では無いように思える。だがもし二人の発言が本当だったとすれば、私が知る限り最初の頭痛は馬車を目にした時に起こった。普通の馬車が失った重要な記憶に繋がるものだとは思えないのだが。
まぁ確かに馬車は一般人が移動に利用するというよりかは、金持ちの観光客が街並みを観光する為や、国王様などの王族の者達が人目がつかないよう密かに利用するものだから、そんな貴重な体験を出来たという点では“重要な記憶”なのかもしれない…だが姫様は王族の人間、馬車を利用するなど茶飯事のはず。
「…ククッ、後少し」
再び訪れた少しの沈黙の後、突然不気味な笑い声が部屋中に響く。だがこの声はアーシュでもナギノでも、当然私でもない…となるとこの声の正体は。
「姫様…」
「あ、あれ…私、何を…?」
そう言いながら、姫様は目を覚ました。どうやらもう頭痛は治っているようだが、先ほどの言葉…“後少し”というのはどういう事なのだろうか?
非常に気になるが、問わない方が良いだろう…その方が姫様を刺激させずに済む。何がキッカケで姫様が頭痛に襲われるのかはわからないが、アーシュの言っていたようにこれは単なる偏頭痛や持病とは違う“何か”を感じる。
…何がかはわからないが、姫様が徐々に変わってきているような気がする。性格というか、口調というか。
中でも一番謎だったのは、姫様がやたらルィリアが被害者となったあの研究について聞いてきた事だな…確かに人の道を踏み外している極悪非道な研究ではあったが、だからと言ってあそこまで感情移入するものなのか?
あれは姫様の優しさと捉えるべきか、それとも…。