第55話 悪と罪、明かされし闇。
「魔王だと!?」
アーシュ君から告げられた意外な“アテ”にカナンさんは驚くように声を荒げた。
仮にも勇者であるアーシュ君が、魔王を頼るなんて異世界の人であるカナンさんにとっては言語道断だからだろうか。
「…ねぇカナンさん、魔王ってどんな人なの?」
「魔王ヴァルガーンは数百年前に突如降臨し、この世界にモンスターを放ったとされる存在です…しかし、そんな者に頼るとは!」
「…それだけ?」
私のなんだか拍子抜けしてそう言った。
なんか魔王って聞くと、凄く悪い人のイメージがあったけど…もちろん世界中にモンスターを放った事は悪い事なんだけど、数百年前から居たのだとしたらもうちょっと悪い事をしててもおかしくないと思うんだけど。
「えっ…まぁ…あくまで私の知る限りの話ですが」
「…魔王は存在そのものが悪であり、例え何もせずに城の中で引き篭もっていようと、存在しているだけで罪なんだ」
アーシュ君は“気に食わない”というような表情で、カナンさんの話に付け足すようにそう告げた。
「そうだ!魔王の手を借りようなど、悪魔と契約を交わすのと同義!例え姫様が許可したとしても、私は断固拒否するぞ!」
「…存在してるだけで罪だなんて、なんか可哀想だよ」
カナンさんの魔王とは絶対に協力したくないという意志を嵐のような勢いで聞かされる中、まるて私の内心を代弁するかのようにナギノくんがわざとなのか少し大きい声でそう言った。
「ああ…だがアイツは望んで魔王をやってんだ」
「…アーシュ君、なんでそんな事知ってるの?」
「そりゃ数年間も一緒に過ごしてりゃな」
「数年間一緒にって…君と魔王って敵同士なんじゃないの?」
「ああ、だがその数年間は俺が魔王を殺す事を躊躇してた期間でもあるんだ…勇者が魔王を殺すのに10年も掛かる訳ねぇだろ」
「アーシュ君…」
そう告げるアーシュの表情はとても悲しそうで…私を含めその場に居た人達は皆、気まずさで黙り込んだ。それはあのカナンさんでさえもだった。
…そう。普通に考えれば選定の剣を手にした勇者が、魔王との戦いで苦戦を強いられる事はあるとしても流石に10年も掛かる訳がないのだ。
どんな経緯かはわからないけど、アーシュ君が魔王の事情を知って、勇者としての役目を果たす事…すなわち、魔王を倒す事を躊躇していた。数年間共に過ごして、当然そこには絆だって生まれていただろう…でも最終的に、アーシュ君は魔王を倒す事を決断した。
その時のアーシュ君の気持ちは、私達にはきっと計り知れないほどのものだっただろう。
「…悪ぃ、全部忘れてくれ。とりあえず魔王って選択肢はナシって事で」
「でも本当は会いたいんじゃないの?」
「一緒に過ごした数年間の記憶はコンティニューした俺にしかない…顔が瓜二つな別人と会うのと同じだから、今アイツに会いに行っても俺が虚しいだけだ」
アーシュ君は微笑んで私にそう告げた。でもその表情は誰でもわかるような作り笑いで、それがあまりにも無理矢理過ぎて逆に“会いたい”という本心が滲み出ていた。
…そんな表情をされて、“じゃあ魔王って選択肢はやめよう”とは中々言い出せなかった。かと言って“魔王に会いに行こう”とも言い出せないのだけど。
ぐぅ〜。
声も出せないほど気まずい空気の中、まるでそんな雰囲気をぶち壊すかのようにお腹が鳴り、私は恥ずかしくなって咄嗟にお腹を手で覆った。
「…ごめん、今は私のお腹が空しいみたい」
「そういえば俺達、朝から何も食ってなかったな…そりゃ腹も空くわな」
恥ずかしくてその場に蹲る私を見て、アーシュ君は鼻で笑うように言う。でも馬鹿にされているような気は全くせず、寧ろアーシュ君の表情は強張ったものではなく、自然な笑顔になっていた。
「じゃあ僕は食べ物を取ってくるよ!野菜苦手な人、居ないよね?」
「私は大丈夫だよ」
「俺も大丈夫だ」
「…私も平気だが、皆が食事している間にこの街を調査させてもらうぞ」
「なんだよ、まさか総団長サマは野菜が食えねぇのか?」
「違う!この街を調査するのは騎士団としての役目だからであって、決して野菜が嫌いな訳ではない!」
アーシュ君の冗談を真に受けたカナンさんはそんな怒声をアーシュ君に浴びせると、そのまま街の奥へと歩いて行ってしまった。
…本当に野菜が嫌いじゃなかったとしても、そんな態度で返したら勘違いされても仕方ないね。
「…まぁ、一応あの人の分も持ってくるね」
謎の怒りを露わにして歩いていくカナンさんを見送った後、ナギノくんは私達にそう告げて何処かへ走って行ってしまった。
「…二人になっちゃったね」
「そうだな。何か俺達だけサボってるみたいだよな」
「実際サボってるようなものだけどね」
「まぁな…じゃあ今後について俺達だけで軽く話し合っておくか」
アーシュ君の提案に私は無言で頷いて、その場に座り込んだ。
「とは言ってもなー、正直ナギノくんに頑張ってもらうしかないよね」
「ああ…また新たにモンスターテイマー探すってのも面倒くせぇ上に途方も無ぇからな」
「しかもお兄ちゃんも行方不明だし…」
「あーそうだ、完全に忘れてた…マジでやる事多過ぎだろ俺達!」
アーシュ君はそう言うと、まるで全てを諦めたかのようにその場に寝転がった。
もちろん諦めてはいないだろうし、正直そこまでやる事が多い訳では無いけど、一つ一つが大変なので投げ出したくなる気持ちはわからなくはない。
仮にも勇者であるアーシュ君、騎士団総団長のカナンさん、ドラゴンテイマーのナギノくん…私を除いてそれぞれ強い力を持っていたとしても、やはり不安は拭えない。
お兄ちゃんは何処に居るのか…あまり言いたくないけどそもそも生きているのか、ナギノくんは努力するとは言ったけど、そもそもスライムを操れるようになるのはいつなのか…寧ろ考えれば考えるほど、不安が大きくなる。
…こういう時は、敢えて考えないように現実逃避するのが良いのである。
「そういえばアーシュ君、ちょっと気になったんだけど」
「なんだフェリィ?」
「魔王…えーっと、ヴァルガーンさんってどんな人だったの?」
私は気まずくなるのをわかっている筈なのに、この無性に湧いてくる好奇心のあまり口走ってしまう。
だって気になるよ。言い方は悪いけど戦いにおいて血気盛んなあのアーシュ君が、倒すべき魔王であるにも関わらず倒す事を躊躇してしまう程の人物が、どんなだったのかなんて。
「…魔王に“さん”付けするヤツ、初めて見たぞ」
「だって、本当は魔王なんて呼ばれるほど悪い人じゃないんでしょ?」
「…ああ。凄ぇ優しいヤツだったよ、人々の平和の為に自らが人類悪になっちまう程にな」
「ごめん、まず人類悪ってなに?」
「簡単に言うと“人類共通の敵”って事だ」
「そんな…でも人類悪になる事が、人々の平和にどう繋がるの?」
「…ヒーローものってのは、とんでもなく悪いヤツをぶっ倒せばハッピーエンドになるだろ」
「うん…でも必ずしもハッピーエンドになるとは限らなくない?」
「主人公はその“とんでもなく悪いヤツ”と一人で戦った訳じゃない…当然、色んな仲間と手を取り合って、協力を経て勝ち取った…だからハッピーエンドなんだ」
「…じゃあヴァルガーンさんは、自分がその“とんでもなく悪いヤツ”を演じる事で、人々が自分を倒そうと協力し合うように促そうとしてるってこと?」
「概ねそんな感じだ…だが人間の適応能力は凄まじく、この世界にモンスターを放とうが、それから数百年も経てばそれも人間にとって生活の一部と化してしまう。だからアイツはただ存在するだけの悪に成り果ててしまったんだ」
アーシュ君の話に、私は無言で俯く。確かに“モンスターを世界に放った”とか、“人間に直接危害を加えた”とか、それだけ聞くと悪いように思えるけど、今を生きる現代人にとってそれらは結局、数百年前に起こった過去でしかない。
…結局、ヴァルガーンさんはただ悪事を働いただけの魔王という名のオブジェになっただけという。
「…まぁそんな話は聞きたくないよな。フェリィが聞きたいのは、ヴァルガーンがどんな人物だったかって話だよな」
「うん、一応優しい人だっていうのは今聞いたけど」
「ああ。ヴァルガーンの本名はマルールって言って、魔王の力を持ってるだけのごく普通の女だった…まぁ魔王の力持ってる時点で普通じゃねぇんだがな」
「えっ!?魔王って女の人なの!?」
私は驚きの事実に思わず立ち上がる。
ヴァルガーンなんていう厳つい名前な上に数百年も生きているって話だから、てっきり髭とか凄く伸びていて白髪だらけの怖いおじさんを想像してた。
「俺も驚いたよ?最初に戦った時は、禍々しい鎧を纏ってて、兜を取った時に女の顔があるんだぜ?」
「…可愛かった?」
「どんな質問だよそれ。相手は仮にも魔王だぞ?」
「仮にも魔王でも女の子だし」
「何百年も生きてっから女の“子”じゃねぇけど…アイツは不老不死だから顔は老けてるどころか寧ろ幼女まであったな」
「えぇ〜!何かギャップ感じちゃうね!」
「まぁな…顔はロリなのに声とお姉さんっていう、人によっては癖に刺さるからなあれは」
「なにそれ、本当にギャップ萌えしちゃうじゃん!」
そうして私はアーシュ君の口から魔王ヴァルガーン改め、マルールちゃんについて色々な話を聞いた。
幼女の可愛らしい見た目に反して声は割と低めで、性格はちょっと天然だけど優しいお姉さんという感じらしい。色んな属性を兼ね備えてて本当にギャップ萌え。
それからマルールちゃんと過ごした日々の話は、魔王と勇者一行の過ごした日常とは思えないほど平和的で、心が温まるような内容だった。
でもマルールちゃんとの日常の結末を知っているから、その話が温かければ温かいほど余計に虚しくなってくる。
「…何で倒しちゃったの」
私は気まずくて目を合わせずにアーシュ君に問いかける。
確かにマルールちゃんは“魔王ヴァルガーン”であり、勇者という身であるアーシュ君は遅かれ早かれ魔王を倒さなくちゃいけなかったのだとしても、それだけ平和な日々を送っていて、裏切られた訳でも仲間を殺されてしまった訳でもないのに、数年間共に過ごしたマルールちゃんをどうして倒してしまったのか。
「…まぁ、そんな疑問が出てくんのも当然だよな。俺だって殺したくなかったさ…でも、マルールと世界を救うには殺すしかなかったんだ」
「救うって…?」
「そもそもマルールが魔王になったのは、グラトニーっつー悪魔との契約による代償らしい…世界平和を願ったら、魔王という肩書きを背負わされたんだとか」
「じゃあ数百年前のモンスターを放ったっていうのは…マルールちゃんが望んでやった訳じゃないって事?」
「ああ。それだけじゃない…もっと厄介なのが、魔王の力の暴走による厄災だ」
「厄災…?」
「マルールは過去に一度だけ力が暴走してこの世界に厄災を齎し、文明を壊滅させた事があるらしい」
「えっ!?文明を壊滅って…」
私は魔王が女の子だと知った時よりも驚いて、またもや立ち上がる。厄災とはいえど、そんな文明が滅ぶだとかそんなスケールだとは思っていなかったし、仮に起こったとしてもアーシュ君と同じく勇者の剣を持った人が…あ、でもマルールちゃんが生きてる時点でそれは無いのか。
という事は、この世界は一度滅んでいるのと同じという事になるんだ…。
「世界滅亡か本来倒すべき魔王か…どっちを取るかなんて、勇者の立場だったら選ぶまでも無いだろ?」
「そう、だね…」
頭を高さを合わせるために苦笑しながら立ち上がるアーシュ君の発言に、私はただただ気まずそうに頷くだけだった。
“世界滅亡か倒すべき魔王か”なんて、勇者の立場とか関係無しにほぼ一択みたいな選択肢じゃないか。そりゃ誰だって“魔王を倒すしかない”ってなるよ。
…ていうか、やっぱり気まずくなった。何で私、あんな質問しちゃったんだろ…途中で止める事だってできたのに、何で止めなかったんだろう。
「自分の力が暴走して世界を滅亡させてしまって、それから数百年間、いつまた自分の力が暴走して世界を滅亡させてしまうのか…ビクビク怯えながら生きてきたんだ…そりゃさぞかし辛かったろうに…マルールはただ平和を願っただけだったのにな」
「うん…酷いよ、そんなの」
「だから俺は、マルールと契約を交わして、そんな酷な運命を辿らせた悪魔を絶対に許さねぇ…!」
「私も許せないよ…そんな酷い悪魔、見つけたら絶対に懲らしめっ…うっ…」
私がそう言った途端、何も思い出していないにも関わらず突如頭がズキズキと痛み始める。あの時みたいにその場に倒れて気を失う程ではないけど、それでも痛い事に変わりはない。
「大丈夫か、フェリィ…!?悪いな、ずっと暗い話しちまって」
「ううん、全然平気。こんなの指でつつかれたくらいだよ」
「二人ともー!」
丁度頭の痛みが引いた頃、大声で私達を呼ぶナギノくんの声が聞こえてくる。その手には沢山の野菜達がゴロゴロと抱えられていた。
「お、やっとか…随分遅かったな」
「ごめんごめん、量多い方が良いかなって思って沢山取ってきたんだ」
「…ちょっと待て、まさか生で食うのか?」
ナギノくんの手には様々な野菜達があるものの、それを調理する包丁や鍋などの入れ物が無かったからか、アーシュ君がそんな問いをする。
「えっ、そうだよ。野菜は手を加えない素材本来の味を楽しむ物でしょ?そうだよねフェリノート」
「えっ、あ…まぁうん、そうだね。変に熱加えるよりかは、野菜のシャキシャキ感の方が良いっていうか」
「いやそういう楽しみ方もあるだろうけどよ…流石に調理した方が良いんじゃねぇか?ほら、菌とか虫とかいるかもしれねーし!」
「…まさか貴様、生野菜は食えないお子様なのか?」
何故か野菜をそのまま齧る事を拒むアーシュ君の背後から、いつの間にか調査から戻ってきたカナンさんがさっきの仕返しをするように微笑しながら言った。
「テメェいつの間に!てか別に食えねぇ訳じゃねぇよ!それで腹壊したら戦いに支障が出て面倒くせぇからだよ!」
「言い訳か?」
「うるせぇ!大体テメェだって食えねぇくせに!」
アーシュ君にそう言われると、カナンさんはムッとしてナギノくんから野菜を取り、敢えてなのか無表情でそのまま齧って咀嚼して飲み込んでみせた。
「…戦いにおいて野宿は避けられん。そんな状況で好き嫌いなどすれば、力が付かずに敗北する」
「た、たかが野菜だろ」
「“腹が減っては戦はできぬ”という言葉があるように、食事は勝敗どころか生死までも決める大事なものなんだ…男が好む肉も大事だが、野菜は栄養価が高く」
「わかった、わかったから!!く、食えば良いんだろ!!」
カナンさんの話を大声で止め、やけくそになったアーシュ君はナギノくんから野菜を奪うように取る。
アーシュ君はカナンさんと同じように無表情で食べてみせようとするが、やっぱり生野菜は嫌いなのか踏みとどまって野菜を凝視するだけであった。
「…そんなに生が嫌なら、炎属性の魔術で加熱すれば良いんじゃないの?」
「あ、そうだな!フェリィ天才かよ!マジでサンキュ!」
アーシュ君はこれ以上無いくらいに嬉しそうな表情でそう言って、手に持っていた野菜を炎魔術で加熱してぱくぱく食べ始めた。
「…ほう?やはり生野菜は食べられないのだな」
「あ」
加熱した事によって生では無くなった野菜を食べる姿を見て、カナンさんは腕を組んでニヤニヤと笑いながらそう言い、アーシュ君は皮肉にも自分の行動が“生野菜は食べられない”という事を証明してしまった事に気付く。
「うわ…嵌められた…」
「違うよ!私はただ提案しただけで、別に嵌めようだなんて…!」
「いやそれはわかってる…フェリィは優しいヤツだからな」
「そ、そうかな…私はただ謙虚なだけだよ…あ、そうだ!カナンさん、調査の結果はどうだったの?」
アーシュ君に純粋に褒められ、私は何故か照れ隠しに話題を変え、カナンさんに調査の結果を聞いてみる事にした。もしかしたら、私がこのゴーストタウンに対して感じている謎の“懐かしさ”の正体がわかるかもしれないから。
「まだ全てを探索出来た訳ではありませんが、この街の最奥に大きな研究施設のような建物がありました。迷彩魔術が施されていた形跡がありましたので、恐らくここで暮らしていた者達も研究施設の存在には気が付かなかったでしょう…そこの地下室兼実験室にこのような物が」
そう言って、カナンさんはその研究施設で見つけたというノートのような物を私達に見せつけた。その日記が汚れ具合がとてつもない事から、それがかなり前の代物だという事がわかる。
「それは?」
「研究日記です。中身を拝見したところ、どうやら“頭脳”に関する研究をしていたそうです」
「頭脳…なんかヤバそうな研究だな、脳を弄ったりとかか?」
「概ね正解だ。この研究に伴った被害者には“皆グリモワール・レヴォル賞の受賞者”という共通点があり、いわゆる“天才”と呼ばれる者達の頭脳をある一人の少女の脳に一纏めにし、異世界転生者に対抗する人間兵器を生み出そうとしていたようだ」
「幾ら異世界転生者を恐れてるからって、人間がやる事じゃねぇだろそれ…!」
「ああ…明らかに人間の域を逸脱している」
研究日記の内容に対して明らかに人間のやる事ではないと怒りを露わにするアーシュ君に、流石のカナンさんも同意見なようで静かに怒りを燃やしている。というかこの現代においてこの研究を良しと思う人間は居ないだろう。
…でもなんだろう、天才という言葉はともかく、グリモワールなんとか賞という言葉は、何処かで聞いた事があるような…不思議と馴染みがある。これも、私の中にある存在しない記憶の一部なのだろうか?
「…ねぇ、その被害者の少女って」
「…?」
カナンさんは私の質問に何故か答えようとせず、不思議そうな顔で私を見つめ返すだけだった。
「どうしたのカナンさん?」
「…あ、いえ…あまりにも酷な内容なので、疲れて少し考えを放棄してしまいました…お気になさらず」
「そ、そう…?」
カナンさんは微笑みながら私にそう言った。
確かに研究に関しては酷い内容だし、日記を直接読んでるからこの中では一番研究の事情を把握しているとはいえ、あの表情はどう考えても疲れてボーッとしていたようには見えない。
…私、ただ気になる事を聞いただけなんだけどなぁ。
「この研究において、天才達の頭脳を取り入れ、人間兵器として運用される予定であった最大の被害者の少女…名を“ルィリア・シェミディア”。かつて悪魔と契約を交わしてグリモワール・レヴォル賞を不正受賞した後、パンデミックを起こした大罪人です」